第七便 ガソリンスタンドがないなんて言わないでっ!
道は大体平坦だった。
野良メスは屍のようだった。
だからオレは、(ほぼ)二人きりで走りながら、お兄ちゃんといろいろと話をした。
デートの予定?
だったら嬉しいけど、もっと差し迫ったこと。
お兄ちゃんの把握してる情報。
お兄ちゃんの話だと、金沢行のカゴ車がまるまる宅配便から漏れてしまったらしく、その中身を積んで、夜の十一時頃出発したらしい。個人あてじゃなくて、いくつかの店舗あての荷物だったみたい。
その後ここに来る前のことは、やっぱりさっき聞いた通り。
タンクトレーラーのジャックナイフで、崖から落ちたところまで。
はっと気づいたら、さっきの場所でハンドルを握ったまま運転席にいた。
エンジンをかけてもかからない。
スマホも役に立たないから、とりあえず車から降りて、荷台を確認。
荷崩れとかはないし、積んだままの状態だから盗まれたりもしていないみたい。
「大体、あの状況で荷崩れしてない時点でおかしいんだよね」
って首を傾げてた。
その後、懐中電灯を持って周囲を探索。
未舗装だけど、さっきお兄ちゃんが言ってたように、明らかに硬いもので押し固められた街道らしきものが近くを走っているけど、とにかく方角がわからない。
月(多分)の動きと光り方を見る限り、馬車が向かっていた方角、つまり、今オレたちが向かっているのが北だろう、ってこと。
もちろん、元の世界と同じ条件なら。
オレが把握している情報
正直、あの自称女神に会うまでの記憶はものすごく曖昧だ。
お兄ちゃんのことも、今みたいにはっきりとは感じていなかった、と思う。
で、こっちに来てからだけど。
いわゆる五感としては、視覚、聴覚、触覚がある。
視覚は、ドライブレコーダーのカメラを通して。
聴覚は、カーナビの音声認識システムを利用しているらしい。
本当は何らかの操作をした時だけ音声認識システムが作動するはずなんだけど、そのあたりは自称女神のご都合主義のようだ。
自称女神、グッジョブ。
触覚については、とにかくオレ本体に乗ったり触ったりすれば、それがどこで、大体どんなことをしているかは認識できるみたい。
荷台やタイヤも含むみたい。
逆に、味覚、臭覚はない。
少なくとも、今は何も感じない。
もっとも、味覚に関しては、そもそもまだ何も食べてないけど。
それから、車の電子機器の状況はわかる。
エンジンやオーツーセンサーなんかの異常があれば、コンピューターに記録されることになってるけど、今のところ異常はない。
メーターや時計なんかの、車に備わった機器の数字は、画面を見なくても把握できる。
それから、ドライブレコーダーやナビの走行記録も正確に辿れる。
ドライブレコーダーは、SDカードの上限で10時間くらい前まで。
ナビにも、お兄ちゃんの言う通りの履歴が残ってるけど、事故から後はない。
今はGPSの電波を拾えないから、同じところに点が重なっているだけ。
そして問題は、エンジンを切ると三感が遮断されるってこと。
意識はあるけど、何も見えないし、何も聴こえない。
多分、何も喋れない。
意識があるのは、多分待機電力のおかげ。
まあ、ドラレコもナビも電源連動だから仕方ないけど、触覚もだめ。
ピー自称女神。
何より心配なのが、ご飯。
つまり、燃料。
燃料は満タン。40リットル。
携行缶でプラス20リットル。
省エネ運転してもらって、リッター15km走ったとしても、900㎞。
900㎞走る前にガソリンスタンドが見つからなければ、オレはもう動けない。
お兄ちゃんに携行缶をもって走ってもらうことはできるかもしれないけど、そもそもガソリンスタンドなんて、あるかどうかも分からない。
自称女神は、「ご飯は工夫しなさい」と丸投げだったし。
一番肝心なところを。
例えどこかで石油が見つかったとしても、ガソリンの精製なんてできるわけないじゃん。
それにお兄ちゃんも、「燃料節約」とか自分で言ってるそばから、見ず知らずの小娘の荷物を運んであげよう、なんて。
お金貰えるかどうかも分からないのに。
そもそも今ある燃料で、野良メスの言ってた目的地に着くの?
ほんと、相変わらず行き当たりばったりで親切にしちゃうんだから。
でも、だから好き。
「無理言ってごめん、フッフ」
お兄ちゃんが言った。
「でも、馬車で行ける距離らしいから、俺たちの感覚だとそれほど遠くないんじゃないかな?」
呑気だなぁ。
でも、その予測は当たっていたみたい。
車内の時計で一時間半、メーター読みで80kmくらい走った。
スピードの割には早い。
まあ、信号ないしね。
そしたら、城門らしきものが月明かりに照らし出された。
「あ、あれかな?」
「そうかもしんないけど、大丈夫?」
「何が?」
「何が、って。オレたちが荷物を積んで来たって伝わるのかな?」
「うーん、人間同士、わかってくれるよ、きっと」
「でも、言葉も通じないでしょ?」
オレがそう言うと、お兄ちゃんがダッシュボードを撫でた。
「頼りにしてるよ、フッフ」
もう、しようがないなぁ、お兄ちゃんは。
DV男にほだされるダメンズ女みたいなことを思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます