第五便 変な名前で呼ばないでっ!

 がーーーーーっ!


 自称女神の役立たず!

 って、どこかで聴いてるかも知れないから、うかつなことは言えない。


「〇×△□」

 またメスが何か言った。


『薬を、薬草を城に届けないと』


 あれ、今度は翻訳できる。


『夜明けまでに、薬草を、城に』

「ごめん、何て言ってるかわからない」

 お兄ちゃんが困った顔をしている

「お兄ちゃん!そのメ、じゃなくて馭者の人は、『夜明けまでに薬草をお城に届けないといけない』って言ってるよ!」


 ナビの最大音量でお兄ちゃんに言う。

 ほら。

 褒めて褒めて。


 でもお兄ちゃんは、オレを褒める代わりに、崩れかけた荷物をちらりと見ると、そっちを指さしながらメスに「あれ?」と日本語で訊いた。

メスはこくりと頷く。それからお兄ちゃんが、手ぶりで「この道をまっすぐ?」って感じで訊くと、通じたようでメスはまた頷いた。

それから眉を顰めて絞り出すように言う。


『でも、もう、間に合わない。城まで3馬時。馬車も壊れたのに、とても日の出までには』


 お兄ちゃんがオレを見るから、嫌だけど通訳する。

「3馬時?」

「うん」

「それってどのくらい?」

「え?そう言われても」

 オレの翻訳機能がどうなってるのかはわからない。ただ、言った内容を日本語に変換し、日本語を現地の言葉で発声できるだけだし。

「あの、〝3馬時〟って何ですか?」

 明らかに年下の小娘に敬語。だから客商売は。

 お兄ちゃんに敬語使われたメスは、もう少し何か言おうとして、そのままお兄ちゃんの腕の中で弛緩した。

「お兄ちゃん?」


「ただ気を失ってるだけみたいだ」

 

 何だ、残念。


 とか思ってたら、お兄ちゃんがは、そのメスの首と膝に手を回し、立ち上がった。


 ギャー!


 お姫様抱っこ!!!???


 オレは絶対してもらえない奴!

 どこの馬の骨とも知らないメスの分際で姫様扱いなんて!


 ヒメス、許すまじ!


 そしてそのまま助手席の扉を開けると、馭者を座らせた。メスの軽い体重を助手席のシートに感じる。


 他の女を連れ込むなんて、お兄ちゃん、いい度胸してるね。


「運んであげよう」

「え、このヒメスを?」

「ヒメス?」

「あ、いや、女の子を?」

「彼女もだけど、彼女の言う薬草を」

「え、でも、オレだって荷物満載だよ?」

「あのくらいなら、あおりを切れば積めるだろう」


 ミカン箱くらいの木箱が10箱くらい。


 確かに、そのくらいならあおりを切ってラッシングベルトで固定すれば何とかなる。


「薬を待っている人がいるらしいし、ちょっと重いけど、頑張って」


 お、お兄ちゃんにそう言われた、断れるわけないじゃん。


 お兄ちゃんはヒメスにシートベルトをかけると、馬車に戻った。それから馬の腰辺りを見て、何かをいじると、馬が荷車から解放された。

 そしてもう一頭。

 戒めを解かれた馬はオレ、というか多分ヒメスの方を見た。


「彼女と荷物は俺たちで何とかするから、安心して」


 お兄ちゃんが通じるわけのない言葉を発した。

 馬たちは安心したように去って行った。

 やっぱお兄ちゃん、優しい。


 それからお兄ちゃんは、オレの後ろに回って、幌のカーテンを開けるとあおりを切った。

 ドライブレコーダーに映らないところでも、オレのどこかを開閉したり乗り降り、積み下ろしすれば何となくわかる。

 お兄ちゃんは壊れた荷車から積み荷を移動した。

 二箱ずつ運んで、あっという間に移動完了。お兄ちゃんは、多分ラッシングベルトとプラダンボールで荷物を固定すると、幌のカーテンを閉じた。

「さて、頼むよ、フッフ」

 運転席に座りながらお兄ちゃんが言う。

「フッフ?」

「彼女が君を見て、『フッフ』って言ってただろ?」

「あ」

 その言葉が何を意味するのかわからない。


 でも、お兄ちゃんに名前で呼ばれるのは、嬉しい。


「軽トラックのことをそう言うのかね?さすがに、こんな金髪碧眼の女の子のいる国に赤帽があるも思えないし」


 今はヒメスより名前の方が気になる。


 フッフ。


 ちょっと変な名前だけど。


「かわいらしくていい名前じゃないか」

 お兄ちゃんが助手席のヒメスのシートベルトをかけ、自分もセットした。

「行くよ、フッフ」

 うん、お兄ちゃん。

 お兄ちゃんが行くところなら、どこにでも。

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