第6話

しかし、しばらくたって安土城はなくなった。本能寺からも亡骸はでなかった。

そして、所謂三日天下が終り、豊臣秀吉が天下を平定した。私はその間皆の勧めに応じ尼になった。

京都の邸宅に、豊臣秀吉がきた。

最初からあまりいい印象がない。お茶会にもいかにも田舎の成り上がりみたいな派手な着物を着て、背中を丸くしてお茶を飲む。

所作を教えても全然なおらず、お手上げだった男だ。

「今までどおりここでお茶をして客をもてなせ。おまえに名をやる。千の顔があるリコ。尼になったし、お前は物知りだと信長様にきいた。尼や坊主で知っている人がいるか?」

「一休さん?」

「そんな坊主しらん。しかしその一休とかやらからとって、千李休(センノリキュウ)としろ。」

しばらくして季節がかわり大阪城ができた。

秀吉とねね様に呼ばれていくと、新しくできた茶室に通される。

(なんて悪趣味な。茶室は金箔で全面金色にするなんて。花も日本中から集められたものが大きな壺にざっくり盛ってある。落ち着かない。)

終わってねね様に挨拶した。

ねね様は帰蝶様から以前紹介されていた。秀吉とは全然違い、風流な貴婦人だった。

「リコさん。びっくりされたでしょう。田舎者侍だと思われてもしょうがありません。茶室をあなたに見立てていただきたいと私は進言しましたが、かないませんでした。

私にももう、秀吉はわかりません。」

「しかし、ねね様には恩もございます。私の出来る限りねね様にお仕えしましょう。」

と言って城から下がった。


それからは尼なのでお茶会にも茶色や紺色の着物を中心に出席することが多く、着物のこと、お茶会で使うお茶碗のこと、何から何まで秀吉とか趣味や意見があわなかった。何度か秀吉より怒られ、切られそうになることもあった、その度にねね様がかばってくれることが続いた。

それから私が秀吉の趣味が悪いと言っているような噂が流れた。

京都の邸宅でお茶を習いに来られる人には今までどおり教えていた。

戦国武将や商人、貴族達。教えを請う人にはすべて平等に教えた。

そのことで堪忍袋の尾が切れたのだろう。そして、有力者がみな私の邸宅に行くことが秀吉の癇に障ったようだった。

ある日大阪城に呼び出された。

ねね様は気の毒なくらい蒼白な顔をしていて、事の重大さがよくわかった。

でも考えはかえられないとねね様に話したところ、何度も何度も謝られた。

「ねね様、もう私の殿はおられません。

それは私が禁断である事をおこなったからです。

これが私の罰であると思います。」

その後、秀吉に謀叛を企てたと言われた。


そして千李休は切腹を命じられたのでした。


別邸に勤めていた者はすべて他の勤め先を紹介してもう誰もいない。

夕方から、夜へかわるころ、最後に土手の桜並木に行こうと思った。

祖母にもらった振り袖を着た。

(もうこれが最後だし。)

最後に殿と別れた場所でもある。歩きながらあの日の事を思い出した。私と別れた後、腹心は安土についた。道中殿とはぐれたということだった。

涙が枯れるまで泣いた。

いなくなって、ようやく自分が殿を愛していたことに気づいた。


桜並木をドンドン進むと奥から能の囃子の音がする。その音の方へ行くと

殿?えー信長様?が舞っていた。私に気がつき、こちらに来るんだと差し伸べられた手をとる。体を引き寄せられる。

そして、周りを見渡すと、そこは私がよく知る平成のあの公園の能の舞台だった。

私は安心して気を失ってしまった。

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