第5話

そして、秋になろうとしたとき、急に殿がきて言った。

「明日、京にいく。着いて来い!」


秋の京都は紅葉が綺麗で素敵だった。

そこには、能の舞台とシックなお茶室、そして邸宅ができていた。

「今日からここで暮らせ。ここは俺が京都で生活する拠点とする。別邸だ。何人かの世話人を付ける。おまえがここの主人だ。

後、預かっていたものを返すぞ。」

それは初めてあった時にきていた。祖母からもらった総絞りの振り袖が掛けてあった。


ここの別邸で過ごす京都での四季折々の時間は楽しかった。

近くの川には、桜の木が土手沿いに並んでいて春はとても綺麗だった。

殿は忙しそうで城や戦、京都等いろんなところを転々していたが、別邸にいるときはお客様を招待してお茶会を開いたり、能を舞ったりした。

京都での迎賓館のような感じだった。


別邸にきて何回目かの初夏、青々とした庭の木々に囲まれた能の舞台。夜に篝火を焚いて殿が歌いながら舞っている。

声が低くく、今まで見た中で一番だと思う。

「そろそろ俺に惚れたか?」

惚れたかはわからないけど2人で過ごす時間が当たり前になっていた。

「そうね。でもこうやってこれからも一緒いたいとは思うわ。」

「それが好きとはどうちがいがあるんだ?」

そういわれたら、そうね。でもすごい自信家だって思う。


京でも2人でお忍びで出かけた。

お茶菓子に出すために、殿と買い物した。

一番のお気に入りは金平糖。次に落雁。

その日は沢山人が出ていた。いつもの金平糖のお店で買い物した後、ふと見かけないお店があってフラフラしてたら殿とはぐれてしまった。

(しまった。私迷子になってしまった。)

殿から離れるとすごい心細い。

歩いていたら夜になり花街みたいなとこにでてしまった。

女の人が男の人に身体を売っている姿が見える。

知らない人から話かけられるけど、何を言っているのかわからない。肩を触ったりお尻を触ろうとされて、気持ち悪いし、怖い。走ってにげた。

涙がでそう。

男の子がよってきた。腕を掴まれて、グイグイ連れて行かれる。そしたらそこは殿の別邸だった。

殿が飛び出してきて

「リコ探していたんだぞ、俺のそばを離れるな!」

言葉とは裏腹に心配そうな顔で近づいてきた。ほっとして涙が出てきて、ワンワン泣いた。泣き止むまでずっと頭をなてでくれた。

「この子がここに連れてきてくれたのか?」

後から聞いたら、庭師の下働きしてるらしい。別邸でわたしに会ったことがあったから連れてきてくれた。

その夜、そっと部屋に殿がきた。

「本当によかった。もう会えないかと思ったぞ。」と抱きすくめられた。いつもの俺様じゃなく本当に心配させてたんだね。

「私、今日殿とはぐれてわかったことがあるの。変な人に肩やお尻さわられて気持ちわるかった。こんなことはやっぱり殿としか嫌だなって」

やっとわかったか?みたいな自信ありげな顔するのかと思ったらちがった。せつなそうに私を見る顔はいつもとは違って、ギャプに更に好きになる。

「俺が触られて嫌なとこ、かき消していく。ずっと俺のそばにいてくれ。」

と深いキス。とうとうその夜一線を越えてしまった。


朝、横をみると相変わらずのイケメンな顔があった。

(そっか昨日とうとう、殿とイタしてしまった。)

でも満たされていた。でも気だるくまだ身体の芯に残っている。

(そういえば殿はいくつになったんだろう。初めて出会ってから3年くらいたったはず。)

急に不安になった。いつの間にか目の前の人を失うのが怖くなって涙がでる。

『何泣いてる?身体でもつらいか?』

『ううん。何でもない。』

涙を隠そうと反対側に寝返りしたら後ろから抱きすくめられた。

『今日一度出かけるが夜またくる。』

そう言ってから起き上がり部屋から出て行った。


それから、いつものように過ごして夕方、殿は腹心のみ連れてやってきた。

殿は昨日のように一緒にならんでお酒を飲んでいた。

その時、家来が入ってきた。

『本能寺が明智の謀反で囲まれており、火が放たれています。』

急いでその方角を見ると火が高く立ち上っていた。

(本能寺の変?歴史は変えてはいけないって昔の本に書いてあった。でも、私には死ぬってわかってて彼を行かせるわけには行かない。)

『何?すぐいく!』

『お待ち下さい。行ってはなりません。』

『おまえは何を言ってるんだ。』

『城にもどって体制を立て直したほうがいいです。さあ、土手沿いから安土へ抜けて下さい。』

2人の腹心達にも説得され、土手に向かう。

いつも見慣れた土手が違うような気がした。でも、そんなことに構っていられなかった。

『さあお行き下さい。』

『リコ一緒に行こう。』

『それはできません。私と殿がいないとわかれば敵は後を追ってきます。

大丈夫です。私は安土から殿がいらっしゃるのを待っています。さあ、早く!』

殿はうなづいて土手の桜並木へ向かって言った。そして見えなくなるまで見送った。

なぜか無性に胸騒ぎと違和感が拭えなかった。


しかし、安土からの兵は来なく、その日を境に殿は行方がわからなくなった。

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