俺の彼女は絶対に俺を悪く言わない関西人です

ポンポヤージュ66

第1話俺の彼女は絶対に俺を悪く言わない関西人です

「私も好きやで。大事にしてくれるやんなー?」




俺の名前は清水智弘(しみずともひろ)。クラスメイトの立川小雪(たちかわこゆき)に告白し、無事了承してもらった。






「なぁ立川……、一緒に帰らないか?」




「えー、清水君はそのためにわざわざ待ってくれてたん? どーしよっかなー」




付き合ってから既に1週間、そろそろ頃合かと思って下校デートに誘ってみたが、彼女は首をかしげてしまった。




「嘘や嘘! 待っててくれてうれしいでー。一緒に帰ろうやー」




良かった。とは言っても心配はしていない。彼女はとてもいい子で俺を困らせるようなことはしてこない。






さて、立川は話し方で分かるよう関西人である。中学生になるまでは大阪暮らしで、高校進学のタイミングと家族の引越しのタイミングでこっちに住み始めたので、まだ関西弁がかなり強い。




関西人のイメージどおり、おしゃべり好きでたこ焼きが好物ではあるが、関西人にしてはあまり騒がしくなくて女の子らしく、さらっとした癖のない髪をゆるく縛っているのと、めちゃくちゃ可愛い見た目で、高校入学の時点で人気はかなりあった。




なぜそんな彼女と俺が交友を持てたのかというと、まさに初日にきっかけがあった。




現在17歳の俺は高校1年生の途中くらいまで、いわゆる厨ニ病というか、自分に下手な自信があって、それで痛い言動を繰り返した結果、女子から特に毛嫌いされる結果になっていた。




それに気づいた俺は、急いで方向修正を図ったが、何1つ好転しなかった。




高校2年生の始業式、俺が教室で過去の自分を後悔してどんよりしていたときに、声をかけてくれたのが、立川である。




「こんちはー。声かけてもええ?」




「あ、ああ」




「良かったー。私は立川小雪言うねん」




「お、俺は清水智弘」




「清水君かー。よろしゅうなー。クラス分けで友人が偶然皆別のクラスになってもうてなー。同じように1人でおった清水君に声かけてしもうたんやー」




正直嬉しかった。彼女は転校生というわけでもないし、社交的な感じで友人も多いように思えたから、俺のことを知らないわけでもないだろう。それでも久々に女子から悪意のない声をもらえたことで、俺の心はほっこりした。




だが、油断はしない。彼女は社交的だから、友人を多くしたいだけだろうし、俺のこと好きなんじゃないのか? 的な判断をすると痛い目を見る。当時の俺は無駄な警戒をしていた。




それでも彼女は俺にも頻繁に声をかけてくれた。




偶然か否か、どれだけ席替えをしても彼女は俺の前後左右のどこかに席が来て、ちょっと勉強が苦手なのか、俺に質問してくれて、イベントがあると俺を誘ってくれて、とにかく俺に絡んでくれた。




それでも俺は勘違いしないようにした。立川には男子の友人も多かったし、告白されていることも多かったらしい。そういう話を普通に俺にしてくる時点で俺へそういう意識が無いことを感じていた。




でも、とある話を偶然耳に入れてしまって、俺の意識は変わった。




「ねーねー、小雪ちゃんって、彼氏つくらないのー。可愛いのにー」




「けっこう告白はされるんやけどな。自分の中でびびっとこうへんねん」




「まさかと思うけど、清水とかじゃないよねー」




「それはありえないっしょー」




放課後の教室から、女子の会話が聞こえてきて、そこには立川もいた。




内容がどうも俺の悪口にシフトしつつあったので、俺はその場を去ろうと思った。




立川は一切俺の悪口を言うことはなかった。俺がどもっても、笑ってくれて、他の女子が引くような発言も面白いと言ってくれて、ボケも突っ込みもしてくれる。でも俺の噂を知っている以上は、全く何の悪意も無いとは思えない。それを彼女の口から聞きたくは無かった。




「うーん。そんなに清水君ってあかん?」




ところが彼女の第一声には一切の悪口はなかった。




「だってさー。うざいじゃん」




「私同中だけど、昔から調子乗っててすっごくうざかった。その割には話そうとすると挙動不審になるし」




「最近はちょっと反省してたみたいだけど、それでもかっこよくはないし、凡人じゃん」




「小雪は可愛いんだからさ。勘違いさせたりしないで、もっとイケメンを」




「えー、イケメンに何の価値があんのー。人間はブランド物の装飾品とちゃうんやでー。見た目なんて、相当本人が無意識でてきとーにしとらんならきにせーへんわ」




遠回りに俺をイケメンでないとは言っているが、立川は俺のことを一切悪く言わなかった。共感を大事にする女子メンバーの中でそれを言うことがいいことではないはずなのに。




「あいつ性格もいいとは言えないけど?」




「でもおもろいやん。私は自分が話してて楽しい相手がええねん」






俺はその瞬間に、完全に彼女にときめいてしまった。




俺のいないところですら、俺の悪口を言わなかったどころか、女子メンバーとの関係を気にせずに俺のことをむしろ良く言ってくれた。




始業式から8ヶ月経った12月の上旬。彼女に話しかけられてから、ずっとどこかにあった、立川が俺のこと好きなんじゃないのか? という気持ちなどどっかに行ってしまった。普通にもう彼女のことが好きになってしまった。




そこ関係が壊れるかもしれない恐怖心よりも、あふれ出る彼女への好意が強くなりすぎて、その日に告白してしまった。いつでも彼女を堂々と見たくて、そして、彼女に見てほしくて。




「ありがとなー。私も清水君のこと好きやで。一緒にいてくれるとうれしいわー」




正直望み薄だと思っていたこの告白を彼女が受け入れてくれたときは本当に嬉しく、今でも夢かと思っているくらいである。






「清水くんー。ぼーっとしてどないしたんや?」




おっといかんいかん、まだ彼女への恋心を自覚して告白してから1週間、まだ思い出がしっかり残っていて、たまにぼーっとしてしまう。




「あ、ああー、ちょっとぼーっとしてた」




ペチペチ。




「相変わらずおもろいなー。こんな寒いところでぼーっとしてたら凍死してまうでー」




俺の頬を優しく叩き笑顔でそう言ってくれる。俺がぽけーっとしてたのに、一切俺を悪くは言ってこない。






「しっかし寒いなー。大阪やとこんなに雪降らへんし、温暖化ほんとにしとんのかって感じやよねー」




「こっちでもこれだけ降るのは珍しいけどな」




12月の中旬。雪が割と積もって気温以上に寒さを感じるが、横に立川がいるから、それどころではない。むしろ少しあったかいくらいだ。




「立川? 手袋はないのか?」




立川はスカートの下に黒ストッキング、頭に帽子、首にマフラーと完全防備なのに手だけは手袋をしていなかった。




「ああー、これは朝忘れてもうてな。どうも朝は弱いからあかんなー。清水君は?」




「俺も思いっきり忘れた。よくあることだな」




「うんうん、よくあることやー」




否、実は手袋を持っている。立川を誘うのに緊張して完全に失念していただけだ。




だがこれはチャンスではないのか。いわゆる手をつなぐという恋人の階段の一歩目への。俺がつけてない、雪が積もってていつもより寒い。寒がりな彼女が手袋を忘れている。お膳立てがすぎる。




「……………」




「……ん? どしたん? 前見てないと転ぶで?」




手元を見つめていたが、どうやれば自然かがよく分からん。よし、まだ周りに人が多いから、人が減っていく間に考えよう。へたれとか言うな。






さて、人が減ってきた。しかしタイミングがない。




会話は楽しいが、そこから自然に彼女の手に触れるのが難しい。拒否されている可能性もある。彼女の貞操観念がよく分からんし。




「見てー。あそこに猫の家族がおるー。かわええなー」




俺の腕をきゅっとつかんで猫を指差す。可愛いのは立川だ。じゃなくて、このスキンシップ具合だと拒否られている可能性は低そうだ。言い訳が1つ減ってしまったぜ。




「やぁ!」




ぼふん!




「おっとと」




俺の肩に冷たいものが当たった。雪玉のようだ。彼女が俺にぶつけてきたのだ。




「もー、何か今日はぼーっとしすぎやでー。ぼーっとしとっても面白いのは2回までやー」




「ああ、悪い悪い」




いかんいかん、意識が強すぎて立川との始めての下校デートを純粋に楽しめてない。




こういう機会はまだいくらでもあるだろうが、初の下校デートは今日しかない。もうあの曲がり角で俺と立川は帰宅ルートが別れる。今日はやめよう。それがいい。




「あー、清水君の帰る道全然雪荒らされとらへんなー」




曲がり角まで来ると、確かに立川の帰宅する道は足跡とかがたくさんあるのに、俺の道はまだ銀世界状態だ。




「今日はこっちから帰ろうかなー」




「へ? こっちじゃ遠回りだろ?」




「へーきやで、こっちからでも帰れることは帰れるわー」




「そ、そっか」




まさかのチャンスタイム継続。




「おー、手形がくっきりつくでー」




新しい雪に立川が手形をつけたりして遊んでいる。




「大丈夫か? 手が冷たくなるぞ」




やっていることは可愛らしくていいのだが、ちょっと心配になる。




「へーきへーき。死にはせーへんて。うりゃー」




そしてそのまま俺に雪をぶつけてくる。




「清水君大丈夫かー? 女子にショックなこと言われたわけやないよね」




「へ?」




「今日ちょっと上の空になることが多いし、あまり笑っとらへんからなー」




「………………」




そうか、心配かけてたのか。




俺に何かあったんじゃないか心配して……。ちょっとテンションがいつもより高いからどうしたのかと思ったんだが。




それにやっぱり俺のことを悪く言っている女子はいるんだな。それに対して彼女が答えたのなんて、氷山の一角なんだろう。俺は彼女に救われているんだ。




「あー。ようやく笑ってくれたなー。せっかくの楽しい下校なんだから、笑ってよーや。良かったー。元気そうで」




「ありがぼふぉ!」




「わわっ、ごめんなー」




俺がお礼を言おうとすると、顔面が真っ白になった。どうやら立川が投げた雪が顔に直撃したようだ。




「痛くなかったかー?」




彼女が俺の顔と髪についた雪を払ってくれる。




「えーい、ぱっぱっぱっと。血も出とらんし。大丈夫そうやねー」




彼女がぺたぺたと俺の顔を触る。とてもスベスベで白い指の感触が俺の頬に触れて気持ちいいが、とても冷たい。




「手がかじかんどるわー。じんじんしとる」




「ほんとに霜焼けになるぞ。そこまでしてテンションあげなくても俺は大丈夫だし」




立川の手が真っ赤なのを見て注意した。




「分かっとらへんなー。私はすごく楽しいんやで、一緒に清水君とおれて、一緒に下校できて。そりゃテンションも上がるわー」




……、またきゅんときた。立川が可愛くて仕方なかった。あの告白したい気持ちを抑えきれないときと同じような気持ちになった。




ぎゅっ!




そしてもう何も気にしないで手を握った。




小さくて、柔らかくて、すべすべで、でもとても冷たい手だった。




氷みたいに冷たい手を触っているのに、俺はめちゃくちゃ熱いんだけどな。すごく手汗出てるし、寒さとは別の意味で震えてるし。




「…………」




「…………」




この後どうすればいいんだ? 




さっきとは違う意味で思考のまとまりがない。むしろさっきよりもまとまりがない。




そしてなぜ何も話してくれない立川。騒がしくは無いが口から生まれたかのようにいつも何かしゃべっている立川が何もしゃべらないから気まずい。




「…………!?」




ちらっと立川を見ると、いつも笑顔でどこか余裕のある立川が顔を真っ赤にして目線を逸らしていた。




これでは何も言えない。聞こえるのは自分の心臓の音と、つないだ手から伝わる立川の鼓動だけ。




耳がきーんとするほど静かで、まるで世界に2人しかいないよう。




あ、目があった。そして、またすぐに逸らしてしまった。




……うーん。汗がとにかくやばい。1回手を離して仕切りなおすか……。




ぎゅっ!




「へ?」




あ、つい声が出てしまった。俺が手を離そうとしたら、立川がまた握りなおしてきたのだ。




え、どゆこと? 嫌ってことじゃないってことだよな。




「ままー、お兄ちゃんとお姉ちゃんが手をつないでるよー。僕達と一緒だねー」




「ええ、きっと仲がいいのね」






途中男の子とお母さんの親子にすれ違い、ちょっと俺達を見て男の子が指を指してきた。ううん、恥ずかしい……、でも嫌じゃない。そう、俺と立川がカップルである。それを周りから言われることは自覚にもなる。




「……はぁ……ついたな」




途中よく道が分からなくなって、なぜか先に立川の家についてしまった。




なごり惜しいが手を離す。




「……なるほどなー。妙にそわそわしとると思ったら、清水君は私と手をつなぎたかったんやなー」




「えーえーとな、それはな。つまりな、なんでな」




「慌てなくってええって、私も嫌やあらへんかったよ。むしろ嬉しかったわー。彼氏に触れられて嫌なわけけあらへんよ。やっぱおもろいなー」




俺がテンぱっていると、立川が笑顔で俺にそう言ってくる。これは彼氏彼女の関係になる前からの俺と彼女の間柄。




「じゃあなー。結局家まで送ってもらったみたいになってもうてごめんなー」




「いいって、全然気にしてない。むしろ一緒にいれてうれしかった」




「そ、そんなこと言うたら照れるやん。もー、じゃあなー」




ポトッ。




「あ。何か落としたぞ」




立川が身を翻そうとすると、彼女のポケットから何かが落ちる。




「あれ? 手袋……、忘れたんじゃ」




「ひあっ!?」




「ひあ?」




急に高い声が耳に届いたかと思うと、立川が手袋を拾って背中に隠す。






「え、どういうこと?」




「これはな……ちゃうねん」




「へ?」




「ちゃうねんて! じゃあ明日学校でな!」




顔を真っ赤にしたと思うと、立川は家に逃げていってしまった。






「え? あ、ああ……そういうことか」




手袋を持っているのに持っていないと嘘をついたこと。そしてその後のリアクション。そういうことだ。つまり立川も俺と同じ気持ちだったってことか。今日手をつなぐチャンスをうかがっていたのか。






「うわ……あっついなー」




雪が積もる12月。外はとてつもなく寒いはずなのに、俺は着ているものを全て脱ぎ去りたいくらい心から暖かい気持ちになった。

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