第3幕 死ねと言われて死ねるものではない

 どのくらいたったのだろう。深い森の中では太陽の位置すら分からない。そもそもこの世界には太陽にあたるものがあるのか、それすらも分からない。

 気持ち暗くなった気もするし、肌寒くもなってきた。もしかしたら日が暮れかけているんじゃないのか?

 もしひとりぼっちだったら心細くなって、大声で叫んだことだろう。首の僕を大切そうに両手で抱えるフィリアがいなければ。

 玉砂利の道はいつしか広くなり、踏み固められたあぜ道となる。

 南に流れる小川から引いた用水路は少し濁ってはいた。それでも魚がむには丁度良いようだ。魚の影が踊っている。

 用水路に架かる石造りの橋を渡りきると、緩やかな傾斜の道なりに草で編まれた家が張り付くように軒並みを連ねていた。

 村というには少し寂しすぎる。申し訳ないが集落のほうがしっくりくるだろう。

 スロープを進むにつれて傾斜はきつくなり、終点は小高い丘になっている。

 その丘の頂きに木造二階建てのこざっぱりとした館が見えてきた。

 道沿いに建っていた草葺きの家屋とは趣を異にしていた。高貴な人間の住まう屋敷特有の入りずらさがある。

 しかし、首を抱えたフィリアは意にも解さずずんずん屋敷へ踏み込む。

 中は通路が何回も折れ曲がり、ようやく階段へとたどり着いた。あまり人が住まうのに適しているとは思えない。

 階段の先にも小迷宮は続き、フィリアの道案内がなければ迷ってしまいそうだった。今の僕には足がないから、どちらにしろたどり着けなかっただろうけど。

 フィリアは僕を胸に抱きながら、最奥の扉の前までやってきた。左手で僕を胸に強く押し付けて支えながら、右手でトトトントンとリズミカルにノックする。

 扉は迎え入れるように内側から開かれた。

 大きな屋敷に似つかわしくない貧しい身なりの幼女が目の前に立っている。

 とび色の帽子を被り、スモックのような簡素な服を同色で合わせていた。その上から赤茶けたボロ布をマントみたいに羽織って、羊飼いのようななりの幼女の澄んだ空色の目が生首の僕を物珍しそうに見上げている。

 まるで動物園の客寄せパンダだ。

 闇を覗くものはまた闇からも覗かれている。

 こちらも負けじと幼女をまじまじと観察しようじゃないか。

 太陽のような金髪はショートカットに切りそろえられていた。羊飼いにしてはあまりにきれいすぎる。この館だって羊飼いには分不相応。フィリアが扉を施錠するのを待って、大きな体を丸めるようにかしずいていた初老の男が立ち上がった。赤シャツに黒い荒布のズボンをサスペンダーで無理やり上げている、横にも縦にも大きい偉丈夫だ。

 初老の男はまだ幼い羊飼いに党首のような礼をして、代弁し始めた。

「こちらにおわすお方は、かの皇帝ファーディナンド様のご落胤らくいん、皇女ペルディータ様にあらせられる。皇女殿下は暴虐なる毒殺教皇フランシスコにお命を狙われておいでです。そのため羊飼いに身をやつし、辺境サイフ村に疎開されているのです。申し遅れました、ワシは皇帝陛下の直臣プロスペロー大公と申す」

 すべてを理解できたわけではないが、ものものしい雰囲気から他言無用の重大な話であることがうかがえた。

 さて、こういう話を見ず知らずの首にする理由はなんだと思う? 僕はイヤな予感がした。

「皇女殿下をサイフ村に避難させることはできたんだがリゲル城に依然取り残されている皇帝陛下並びに皇妃ミランダもお救いせねばならない。旅の方にこのようなことを頼むのは心苦しいのだが、お二方を助け出してサイフ村まで連れてきてはくれまいか」

 そらきた。

 断りたい。首だけの僕に何ができるって言うんだ。僕は断る方向で伺いを立てた。

「ちょっと僕には肩の荷が重いというか。あ、肩は無いんですけどね。例えば、例えばですよ。断った場合ってどうなっちゃうんですかね」

「皇女殿下が羊飼いのフリをしていることを、万一教皇派の連中に知られぬとも限らん。秘密を守るために死んでもらう」

 そう言うとプロスペロー大公は壁に掛けてあった手斧を手にして、僕の首に突き付けた。

 なんだよそれ。最初から選択の余地がないじゃん。死ねと言われて死ねるものではない。はいはいはい行けばいいんでしょ行けば。大丈夫さ。まさか首だけで行かされるわけがない。どうせ断れないならしこたま恩を着せてやれ。

「ははは。どうせ行くあてもないし行きますよ。プロスペロー大公と共に必ずや皇帝陛下を助け出して御覧に入れましょう」

 僕のやや芝居がかった口ぶりにペルディータが笑っている。プロスペローも僕の返事に満足したのか豪快に笑った。

「ワシは行かんぞ。皇女殿下をお守りせねばならんからな」

「では誰と一緒に?」

 ふとフィリアと目が合い、僕の当然の疑問ににこりと微笑んで応えた。

「皇女殿下の侍女、不肖フィリアがお供します」

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