第14話 素

 倉庫の棚に置かれた数多くの武器を見ては感嘆のため息をつくクローネ・フォン・ケーニヒス。おそらく彼は今、回顧に必死なのだろう。彼はとあるスナイパーライフルの銃身バレルを人差し指でまるで子供の頭をゆっくり撫でるように触れた。



「懐かしいな。それはSVLK-14Sモデルか。ロシアの殺戮兵器を真似て作ったものだ。」

「2.5万ユーロはかかる代物、だったかな。僕が射撃場で叩きだしたスコアは、4500メートル先にある的の・・・・・・ど真ん中。」



 ダーツを投げるような仕草を見せ、こちらにドヤ顔を決めてくる彼。確かに、クローネがまだ10歳になって間もない頃。彼はとある施設で射撃を行う訓練に参加した。彼は他の生徒に比べれば特別筋肉質な訳でもなく、体術成績も良かった訳でもなかった。しかし、初めて本物の銃を手にした彼はただ無表情で、誰よりも先に的へ銃口を向け、発砲したのだそうだ。教官のメモにはそう記述されていた。ちなみに、軽い訓練の後に初めて行った射撃試験で高スコアを叩きだしたのは紛れもなく、彼だ。教官が指導しているはずなのに、逆に教育されてしまったと、職員室で苦笑いを浮かべていた。



「射撃のスコアだけはお前が群を抜いて一番だったそうだな。」

「それほどでも~♪」



 ケラケラと笑う彼からは、今しがた説明した話が嘘にすら思えてしまうかもしれないが、実話なのだ。それはそうとして、これほどまでに悠長にしている時間はあるのだろうか。少し現実逃避をしてしまったようだ。私らしくない。今考えるべきことは、これからのことである。



「過去の思い出に浸っている場合じゃないぞ、クローネ。これからどうする。問題は山積みだ。」



 先ほどからずっと腕を組み、顎に手を当てて一つ一つのライフルを眺めている様子のクローネに声をかける。本当に彼は今後のことを真剣に考えているのだろうか。時折心配になるのだ。彼の心はまだ、だ。



「フフフ、ハハハハハ!」



 急に腹を抱えて笑い出した。こういう所が子供なのだと、私は言っている。言葉のキャッチボールがまるで出来ていないではないか。一方的に大笑いされても、私は彼が何を思っているのか判断のつけようがないし、どう声をかけてやれば良いのか、実際に今、困っている。彼の様子をただこうして見守るのが最善の方法なのだろうが。

 5分ほど踊るようにケラケラと笑い、目尻に涙を浮かべている様子のクローネを凝視ししながら待っていてやると、ピタリと動きを止め、近くの椅子に腰掛けた。足を組み、前髪を掻き乱し、頭を抱えた。



「何がどうなってオークション会場がめちゃめちゃにされたんだい計画はめちゃくちゃだマダムに嫌われる可能性だってある彼女はゲストだ絶対に他グループに渡すわけにはいかないフルフォード家のせいで全部が台無しなんだけど僕は彼を絶対に許さない絶対にねだって僕の資金源を切るような真似をしたしねあの気持ち悪いデブマッチョバリアントは新規の客を殺してしまうし折角新規の取り入れにも力を注いでいたのにどうしてくれるんだよ全くそこんとこ責任とれよマジで僕の腹は刑事のせいで穴をあけられた僕だって不死身とはいえ痛覚だって人並みいや人並み以上に敏感なんだよ?あのとき悲鳴をあげて大泣きしたいくらい痛かったのにまじでむかつくんだけどなんなのあれはまあ別にそこは僕の問題だから僕が我慢すればいいだけだし?僕の寛大な心で我慢するとして?あそこにいた会場の全員が混乱に陥った点が一番大問題なわけで次から僕らに対する信頼は0スタートになるどうしてくれるんだよ警備を増やすしかあるまいそこにかける経費が無駄だだからこそ地下に会場を設置したのだなのにどうしてバレた?意味が不明だ全くもって意味が不明だバレるはずがないのにまさかフルフォード家が金で情報を買ったとしか思えない違うかいMr.K君はどう思うんだその方法でしか情報の経路が見当たらないそうだきっとそうだまだ生きているのか情報提供者はその前にアルヴァ・フルフォードとかいう生意気坊ちゃんが行動に移さなければこうならなかったあの刑事は戦力外だったから百歩譲って許してやるとしてあいつは一体全体なんなんだよ!!」



 私が聞き取れたのはこれくらいなのだが、もしかしたらもっと愚痴を吐いているかもしれない。凄い喧噪で愚痴ったのをこれで理解していただけると助かるのだが読者は伝わっただろうか。稀に見るクローネの素。きっとメアリの前ではこんな弱った彼を見せることはできないだろう。弱った……というのは違うな。古い皮を剥ぐ行為……とでも修正しておくべきだろうな。



「後で精神安定剤を投与しようか、クローネ。」

「ああ……心配をかけたね、Mr.K。それは君の判断に委ねる。何と言っても僕は医療に関する知識が乏しい。……それよりも、僕とチェスをしてくれないか。」



 書斎に戻り、書斎机の上から3つ目の引出からチェス盤とチェスの駒を取り出す。そして、武器庫にてクローネとチェス大会。……なんという絵面だ。殺戮兵器に囲まれ戦争チェスか。いつ死んでもおかしくないな。



「……チェックだ」



 駒を所定の位置に置いている最中、彼はそう告げた。もう一度確認の為言っておくが、まだ、ゲームを始めていない。



「ほう、それはどういう意味かね?」

「『チェック』だよ、Mr.K。チェックを言わなければいけないルールなどないが、言ってはいけないルールもない。なれば、言うとベストなタイミングもあるだろうがそれは常識である。常識を超えろと、院で教わった。」


 少し鼻声のような、上擦るような声で小さく囁いた。彼の目線はただクイーンを見つめているだけで、前髪が邪魔して表情をうかがうことはできなかった。


「……そうだったな」

「うん。始めようか」



 彼との実に奇妙なチェスが始まった。彼の幼き頃も、こうしてボードゲーム・カードゲームを手合せしてきたつもりだが、何年ぶりになるのだろうか。私はクローネ・フォン・ケーニヒスという不思議な存在が好きだ。だからこそ、この遊戯に付き合う。今宵はどんな話を聞かせてくれるのか、心なしか華やぐ心を抱いている私がいた。

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