第10話 想

 さて。どういう訳でメアリがクローネを助けに来ることができたのか。諸君は気になることだろう。僕の絶体絶命のピンチに駆けつけたメアリが、どのように連中を始末したのか、その一部始終を今回はご覧頂こう。目を瞑ってくれ給え。僕が魔法をかけてあげよう。Eins・Zwei・Drei!









「おかえり、ソフィー」



 大声とは違う、でも、あたしに対する怒り・憎しみ・哀れみのこもった声音で彼はポケットからいつもの注射器を手に取り刺しにかかる。もちろんあたしは彼の異形なボディーガード達に抑えつけられているため身動きがとれない。でも、何故だか活力が湧いてくる。まだ動ける時間ではないはずなのに。もはやこれは動けるか否かの問題ではない。あたしが、踊るか踊らないかの問題になる。つまり、ということだ。



「――――――!」



 喩えて言えば、獅子の咆哮。叫びでもない、超音波に近い咆哮。連中は耳を抑えて必死に遮断しようとする。一瞬、抑えつけられていた力が緩んだ。その隙にレッグホルスターに収納していたハンティングナイフを異形なボディーガード共の顔面に



「アババババババババババババババババババババ!」



 奇妙な声をあげてその場を一周、二周とぐるぐる回る様はまるで人形劇マリオネット。とても愉快で、笑いがこみ上げてくる。



「何をしている・・・!早くソフィーを捕らえろ!単細胞共め!」



 クソ兄貴の命令に反応し、ピタッと動きを止める。すると私の方へ振り向き、一斉に勢いよく駆け出した。前後左右12体があたしを囲むように迫ってくるのだ。地獄絵図でしかない。モテ期なのかしら。こんな化け物に好かれる人生なら、今すぐ辞めてやってもいい。でも、あたしが死ぬのはクソ兄貴より後じゃなければいけないと、世の中の摂理で決まっていることなの♡

 襲いかかってきた化け物を一掃し、腰を抜かして座り込んでいるクソ兄貴を睨み付ける。



「まだ・・・動けないはずだ・・・!」

「旦那様、一度下がりましょう。」



 クソ兄貴の執事が彼を抱え込もうとした瞬間、横腹のあたりに蹴りをいれた。執事は数メートル先へと吹っ飛び、壁に衝突する。さぁ、これで邪魔者はいなくなった。



「次は、伯爵の番・・・・・・ですよ?♡」



 クソ兄貴に向かってナイフの切っ先を向ける。サバイバルナイフより、Kさんが手配してくれた日本の刀の方が切れ味抜群でとても好きなんだけど、こればっかりは仕方がない。トドメを刺すことには向いてないが、このハンティングナイフで殺るしかない。

 殺されるかもしれないというのに、彼は動揺している様子を見せない。むしろ、あたしに微笑みかけてきた。とても憎い。その笑顔であたしの身体は、心は、一生治らない傷跡をつけられてしまったというのに。この男と同じ血が流れていると考えるだけで反吐が出る。

 一瞬の間で色々考え込んでしまったのがあたしの落ち度だった。あと0.5秒早く彼の目をナイフで刺してやったら、何も見えない恐怖に陥れ、どこからともなくやってくる痛みに、逃げ惑い、哀れな姿をこれ以上ない大笑いと共に楽しんでやろうと思っていたのに。あの執事が苦し紛れの動きで私に攻撃をしかけてきた。仕方なく反応してやる。



「やはり、お強い。」

「あらあら♡お口から血が出てますよ~♡内蔵まで壊しちゃったかな~??」

「笑止!」



 この執事を殿にし、クソ兄貴が一人で逃げるなんてリスクもあるため、一刻も早くこの厄介な男を始末したかった。あたしが出せる最速のスピードを持って交戦する。レッグホルスターからもう一挺ナイフを手に取り、両手にナイフを持った状態で彼の肩、脚へと切り刻んでいく。やはり、最強の執事とはいえ反応は人間レベル。限界はあるのだ。予測不可能な不規則な動きでどんどん血を流させていく。彼も少し焦っているようだ。1秒前にあたしがいた場所へ攻撃するが、端から見れば虚空を殴っているようにしか思えない。それほど、あたしにとって彼の反応は遅いし、彼にとってあたしの動きは速い。



「仕方ありませんね。」



 執事はポケットから何かを取り出し、地面へと思い切り投げつける。それは煙玉だったらしく、『シュー』という音と共に白煙を放出した。毒煙の可能性も考えたけど、そもそもあたしにはし、そんな小細工を仕込めば近くにいるクソ兄貴にも被害が及ぶ。



「ちッ」



 ただ、このまま逃げられるのも正直納得がいかないので、あたしは膝を折り、地面に両手を当てる。この白煙状態で目視するのは難しい。煙玉から放出する微弱な音で阻害され音も正確に聞き取れない。・・・であるならば、振動を感じ取れば良いのだ。



「見~つけた♡とりあえず、これくらいの力で投げればいいかな!よっこらしょ~!」



 隠れんぼで最後の一人を見つけ出したときのような快感を感じつつも、片手に所持していたナイフを全力で投げつける。『グチャリ』という音は聞こえたので、おそらくヒットした・・・はずだ。クソ兄貴に向かって狙ったが、苦しむような声は聞こえなかった。であるならば、気配を感じ取った執事がその犠牲心(笑)で身代わりになったのかもしれない。彼なら秒速で飛んでくるナイフを喰らっても呻き声を出さないだろう。クソ兄貴に当たらなかったのは気にくわないが、仕方ない。実力は圧倒的にあたしの方が上だけど、実戦経験はそこそこあるっていうことで片付けておこう。・・・ま、次は確実に殺すからそんなことどうでもいいし、ろくな情報にならないけどね♡

 煙が散ったところで、床に水玉模様を描くように滴り落ちていった血の跡を辿る。彼らの後を追いかける訳ではない。どうせ窓から逃げていることだし、労力の無駄遣いってやつ。あたしもさすがにサバイバルナイフだけで真っ向勝負したくない。この際、もっと痛みを感じられる武器をもって万全な状態で殺したい。それに、リーダーに見て欲しいの。あたしがアルヴァ・フルフォードを殺す最高な見世物ショーを。血を嗅いで匂いを覚えたところで、Kさんの足音が聞こえてきた。



「Kさーんだー!やっほ~♡」

「一足遅かったようだ。これを渡しに来た。」



 Kさんがあたしに向かって細長い物を投げた。刀だ。



「持ってたの~!?」

「君は自信家すぎるよ、メアリ。良いことだが、悪いことでもある。舞台上では見栄えが悪いから身につけなくて良いが、せめて控え室には置いておきなさい。」

「心配性だなぁ♡Kさんは♡」

「君がいなくなれば、クローネは誰が守るんだね?」



 リーダーは戦えない訳じゃない。それなりの戦闘訓練は過去に受けてきているとKさんから聞いた。あたしを側に置くのは、自分の体質故に戦えないと偽っているからだ。つまり、あたしを側に置く理由にしている。これを信頼だとかそんなつまらない感情で表現してはいけないとあたしは思ってる。リーダーがくれるのはいつだって・・・。



「・・・」



 Kさんによると、この先でリーダーがリン・ストークスを追っていた探偵さんと交戦しているらしい。とにかくあたし、又はリーダーに合流するため、この迷路のような会場の通路(T字路)を歩いていたところ、目の前の通路でリーダーが走って行ったのを見たんだって。そしたら目が合って彼は口パクでこう言った。『メアリ呼んできて♡』。自分が助けに行ってやっても良いが、『Kさんがメアリを連れてくるまでの時間は稼げる』とリーダーが計算した上での伝言だ、と判断したKさんはあたしを探しにここまで来たっていう訳らしい。

 Kさんがいることだし、わざわざあたしにSOSを出さなくても良いはずなのに。もっと言えば、自分の力で探偵さんをねじ伏せればいいのに。リーダーの体質のことはまだまだ勉強中だから分からないけど、前者の方法でやり過ごせば効率が良いはずだ。それでもあたしを求めるリーダーの行動はまさに、形容し難い1つの愛。リーダーがあたしを求めているのなら、あたしは駆けつける。この命に代えても、リーダーを守る。それが、あたしの存在理由だから。

 ねえ、さっきの質問だけどさ、逆に問いたいよ、Kさん。クローネ・フォン・ケーニヒスが死んだら、あたしは誰を守れば良いの?



「ふふっ」

「何故笑う?」

「ううん~?」



 よくよく考えれば愚問だった。



「愛されてるね♡あたしたち♡」

「フン。とんだ迷惑だな。」



 『行っておいで』と、Kさんは言った。あたしは全力でリーダーの元へ走る。少し、嬉しかった。クソ兄貴のことも、今はどうでもよく思える。それもこれも、全部リーダーのおかげ。リーダーがいたから今のあたしが生きてる。リーダーと一緒ならずっと笑っていられる。彼が心の底から微笑みかけてくれなくても、偽りの愛だって構わないの。大事なのはあたしが思い続けることだから。お返しを貰うために思い続けるのだなんて、寂しがり屋のすること。あたしはもう一人じゃない。













「クローネ、貴方はあたしの救世主メシアよ。」

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