第8話 笑

 画面の向こうの皆様。ご機嫌よう。さわやかな秋晴れの日が続いておりますが、いかがお過ごしですか?さて、時は金なりと言いますが今季はスポーツの秋となりました。そう、スポーツの秋でございます。私、クローネ・フォン・ケーニヒス。ちょいとばかり長距離走に力を入れようと思いまして、只今マラソンに励んでおります。ええ、止まったら殺される地獄の走れ走れ大会でございます。



「いやいや!まだ追いかけてくるのかい?!」

「地獄の果てまで追いかけてやる・・・!」

「ヒィ~~!」



 迷路のような会場内を走り回る。この建物は郊外で一番大きな会場。多くのVIPが訪れるため、来客用の控え室が多い。一般客には設けられていないのだが、今宵予定されていた仮面舞踏会マスカレイドがある日には殿方奥様方は大抵高級な差し入れを大量に持ってくる。そのため、こちら側からもほんのお礼として部屋を貸してやっている。化粧直しに必死な方もおられるようで。



「・・・いい加減に止まれ!撃つぞ!!」



 探偵さん(笑)が声を張り上げた次の瞬間、銃声音が鳴り響いた。銃弾は僕の脇の下スレスレに通過し、壁へ衝突。いやいや、僕が死ぬケースなんて万に一つも考えていないがしかし、痛覚は人並み故、人並み以上にデリケート故、もうこれ以上痛めつけないで欲しいものだな?!まだ僕は彼に一撃もいれていないのに!一方的で無慈悲すぎる暴力!いけない!全く許せないな!警察に110番しなければならない案件だ!



「いやいや、お兄さん、もう撃ってますよ、それ!」

「貴様が止まればいい話だ!」



 スライドという部分を前後させ、弾倉マガジンから銃弾を銃身内にセットする。・・・はずだ。普通の拳銃ならばな。しかし、その様子も見せずに引き金を引いた。僕は完璧に油断していた。いや、普通は先ほど説明した方法で撃つのだよ。だがな、何故だか二発目連続で撃てちゃったのだよ。そのタマは僕の太ももにクリーンヒットしたわけ。タマらないね?タマだけに(笑)タマに当たらなくて良かった!



「ぐッ」

「・・・よし!」



 撃たれた足を引きずる。何が「よし!」だ。良いことは全くない!やばいぞ、実にやばい!最近の若者の言葉を借りよう。まぢヤバいって!



「なッ・・・!」

「フン。行き止まりのようだな。これで終わりだよ、クローネ君?」



 銃口を向けられる。その銃口の中を見つめる。これが殺される前に見る最後の景色。そう思うと泣けてくる。とりあえず時間を稼がなければならない。せめて、僕の撃たれた場所の自己治療が終わるまで。そして、メアリたちとの思い出を振り返る時間を稼ぐためにね・・・。



「い、いやぁ、参りましたよ~。メアリが動けない今を狙うなんて。・・・お宅、やりますねぇ!」

「あぁ。君は、俺の部下を傷つけた。絶対に俺の手で殺す。」



 その目には確かに殺意が宿っていた。殺意は人をいとも簡単に危険な道へと堕とす。そこに常識などあらず、ただただ、目の前にあるものを終わらすことだけに生きている、いわば人間の成れの果て。そうなってしまってはどうしようもない。本来であるならば、悪を正すために職務を全うする立場にある彼がこうやって殺しにかかることが正義と言うのであれば、僕が鼻で笑ってやろう。彼の目を見て、それを正義と言えるか?彼は今、彼の中で生きている。僕たちと同じ世界線には生きていないのだよ。つまり、僕が彼にしたいことはただ一つ。



「プッ・・・ぐははははははは!あはははははは!ぶはははははははははは!!!イヒヒ、イヒヒ、アハハハハハ!えへぇ、えへぇ、あっは、はははははは!」



 腹を抱えてゲラゲラと笑ってやることだ。涙が止まらない。面白い、面白すぎる。僕をこんなにも笑わせたのは彼が初めてだ。芸人、そう、芸人を始めるべきだ!彼なら必ず売れる!宣言しよう。僕は彼をお笑い芸人としてプロデュースしても良い!あの真面目な顔を見てみよう。笑えてくるだろう!



「何がおかしい。」

「探偵さん。何を勘違いしていらっしゃる。リン・ストークスは死にました。」

「・・・は?」

「聞こえませんでした?。」



 『そう、少なくとも、貴方の知っている彼女はこの世界にいない。』と小さく囁き、ニヤリと笑う。いつ見ても、怒りや悲しみ、苦しみといった感情が混ざり合う人間の表情を見るのは楽しい。どうやったらそんな表情になるのだ?表情筋を鍛えれば良いのだろうか。僕に唯一出来ないことを彼はやってのけるので、つい誘い出してしまう。僕は人間のそういう表情を見るのが好きだ。僕が今、死ぬのであれば、彼のそんな顔が見れて幸せだ。人間っていうのは、僕の言葉一つでころころと転がってしまうような生き物。手軽で、実に可愛いだろう?ペットにしたくなる。



「・・・殺した、だと?」

「えぇ?何のために僕を追っていました?あれれ?分からなくなってきましたね?もうこの世にいない人のために走ってたんですか?その行動、誰に伝わって、誰に感謝されるんですか?当の本人はもういないんですよ?連れ去られたお姫様に感謝されるような輝かしい未来は訪れない!」

「・・・」

「The end!どちらかというと、追い詰められているのは貴方だ。ざぁんねぇんでしたぁ?」



 ただ、僕が反省すべき点は、人間は怒らせると怖いという点だ。痛みを知って僕は知る。思い返してみれば僕は行き止まり状態。逃げる道なんてない。脚を撃たれ、まともに走れない。こんな状態で、ただ人間の絶望的表情が見たいという刹那な快楽に溺れるために煽ってしまった僕が戦犯だ。



「クソ野郎・・・!!!」



 3度目、4度目、5度目と連続で銃声が鳴り響く。それは僕の右肩、左横腹、右膝、と的確に命中する。心臓だけは残されるなんて。慈悲がある。じっくりと痛みを味わって死ねというのか。なるほど、賢い選択だ。怒り狂ってただ思考力を失うだけの無能ではないらしい。



「もう一度言ってみろ!その時は、お前の命が散るぞ!!」



 あまりの痛さにらしくない、悲痛の声を漏らす。血が噴き出し、思わず体勢を崩す。失血死してしまうのではないか。頭がクラクラとする。こうなった以上、生き残れる最終手段は、コレだ。



「やめてぐれェ・・・!命だけは、勘弁してくれ・・・!頼む!金は払う!僕がしたことも謝る!だから・・・だからせめて、命だけは・・・・・・!」



 必死に命乞いをする、だ。それ一択しかないだろう。



「死を持って償え」

「そ、そんな・・・・・・!ちょ、ちょっと待ってくれ!」



 引き金トリガーを引こうとする彼の行動を必死に阻止する。



「最後に、言い残しておきたい言葉がある。」

「・・・・・・聞いてやる」



 懺悔の祈りを捧げるわけでもない。ただ、僕がこの世に最後に残しておきたい言葉は、メアリ。彼女への愛の言葉。両手を合わせ、指を絡める。神に祈るよう、天を仰ぐ。



「メアリ、君は僕の救世主セイヴァーだ。」



 瞬間、グチャリと気味の悪い音が前方から聞こえた。それは何かを差し込む音だった。



「・・・な・・・に・・・!」



 は、それはもう小さな手で握っていた刀を彼の背中に突き刺していた。腹部から鋭い切っ先がこんにちはと挨拶してくるのは気のせいだろうか。勢いよく刀を引っこ抜き、返り血が顔にかかる。探偵さん(笑)は倒れた。



「うえ~汚い返り血♡」

「随分と早いご登場だね、メアリ。」

「リーダー、欲が先走ったでしょ♡もう少しで本当に殺されるところだった♡」

「ハハッ、ついついやってしまうのだよ。」



 身体に撃ち込まれた銃弾を一つずつ身体から取り出して、キスをする。リン・ストークスへの思いが詰まった愛のある銃弾だった。しかし、その愛は僕を殺すことが出来なかった。なんて喜劇tragedy



「・・・お前は・・・動けないんじゃなかったのか・・・!話と違う・・・!」



 倒れている彼の口から疑問の声があがる。そりゃそうだ。メアリは本来、その体質故に、今の時間帯は動けない時間なのだ。



「その質問には私が答えよう。」

「あ♡Kさんだ~!」



 どうやら、彼の方も片付いたようだ。凜々しくこちらへ歩み寄る。



「彼女に毎日飲ませていた薬品が効いたようだ。折角お前の身体を見てやっているのだ。彼女の身体も定期的に見ている。」

「・・・追加料金は払いませんよ、Mr.K?」

「これは私の善意だよ。気にすることはない。」



 なんと、Mr.Kが言うにはメアリに毎日飲ませていたお薬が効果を発揮し、少しばかり動けない時間が減ったそうな。なんとまぁ、タイミングの宜しいことで。



「お前は・・・何者だ・・・!」

「まぁだ生きてたの、探偵さん?」



 誰かさんのせいで穴ぼこだらけの僕の身体も、どうやら回復してきたようだ。じりじりと細胞が繋がり合い肉壁が形成され、空けられた穴は塞がっていく。



「これから死ぬ輩に答える必要はない」

「探偵さん。僕、楽しかったよ?また遊ぼう。」



 僕の言葉を最後に、メアリがとどめを刺す。



「さて。僕にはまだやるべきことがたくさんある。行こうか、メアリ。Mr.K」

「うん♡」

At King's Pleasureおおせのままに



 僕は頂点に立たねばならない。全ての視線を集めなければならない。そのために地下で動く。王冠はもう僕の物だ。さぁ、まだまだ今宵は始まったばかり。このようなイレギュラー如きに、我らが朽ち果てる訳がないのだ。



「リーダー、楽しそう♡」

「ああ、すごく楽しいよ」



 こんなに胸躍るのは久しぶりだ。幼少期を思い返しながら、僕はスキップした。












































「ショウタイムは終わらない」

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