第7話 奇

 さて、たしかマダムはこちらの方に逃げていったはず。どこにいるのかしら。既に多くの人々が非常口から逃げたようだ。辺りには人の気配が全くしない。迷路のような廊下をひたすら走って部屋に入ってはマダムを捜索。繰り返していくうちに未だ捜索していない最後の部屋に辿り着く。ここに居なかったらマダムは既に外へ脱出できている。それはそれで良いけれど、フルフォード家も馬鹿じゃない。入念に準備をしているはず。客が非常口から逃げることなど、予測されている。これだけ静かなのだ、従者を連れていない階級の低い連中は逃げ切れず、と言ったところだろうか。マダムは今日、従者を連れてきていない。今日に限って!どんな事情があるのかは知らないが、不幸に不幸が重なった気分だ。困ったな・・・。天井を突き破って逃げても良いけど、

 ゆっくりと部屋の中に入り、試しに声をかけてみる。



「マ~ダム♡」

「っ!・・・なんだ、メアリちゃんね。驚かさないでちょうだい。」



 マダムは部屋ど真ん中に設置してある大きな机のテーブルクロスの下から顔を見せた。・・・そんなところに隠れてるのかよ・・・。内心苦笑いをしてしまう。私より先に敵が侵入してきたら即刻死んでたよ、このオバサン。敵が馬鹿じゃなければの話だけど。



「こんなところで何をしてらっしゃるのですか~♡」

「隠れているに決まってるじゃない!」



 『メアリちゃんもこっちに来なさい!』と静かな声、だけど大きな声でマダムは手招きをしながら言った。仕方なく近寄る。・・・いや、待てよ。

 途端に動きを止めたあたしを不審に思ったマダムは首を傾げる。『メアリちゃん、早く!』という声を無視し、目を閉じて神経を一点に集中させる。足音が聞こえるのだ。おそらく1人。こちらへ向かってきている。それが敵だとして、マダムを抱えて逃げ切れる確率はおそらく40%も満たない。腕時計を見やる。まだ、時間じゃない。心の中で舌打ちをしつつも、マダムに笑顔で声をかけた。



「絶対に、ここから出ないでくださいね。あとで迎えに来ます。」



 テーブルクロスを下ろし、マダムを隠すと私は部屋を出る。扉を閉めて、足音のする方へ向かう。マダムのいた部屋の付近に居ては不審に思われてしまう。・・・あたしがリーダーと別行動している時点で怪しいんだけどさ。まさか、アイツの執事クソジジイが会場にいるなんて誰も予想つかないじゃん?フルフォード家が関与しているのはあたしでも察しがついた。リーダーを撃ち抜いた銃、あんな銃を所持できるのは国王の右腕であるフルフォード家しかいない。きっと、ストークスの上司であるあの男に何かふっかけたのだろう。そして私を・・・・・・



「ソフィアお嬢様。お迎えにあがりました。旦那様がお待ちです。」

「人違いです♡」

「さようでございましたか。旦那様が『少々手荒でも構わない』とおっしゃっていましたので、死なない程度に殺させていただきます。」

「殺せるもんなら殺してみなよ♡ヨボヨボクソジジイ♡」

「随分とお口がお下品になってしまわれましたね。教育を施さねば。」



 ふむ、どう立ち回るものか。今、あたしの身体の状態は100%が全力であるならば、どうやっても20%の力しか出せない状態。つまり、あたしの全力は20%ってこと。一日のうち、不定期にやってくるこの状態はどうやっても避けられない呪いのようなもの。いつこの症状が来るか予想することさえできないから、対策のしようがない。でも、この症状になるとき、あたしの目の色が少し薄くなるらしい。Kさんがあたしの身体を調べてくれたりして、今はおおよそこの時間に来るだろうという予測が立てられるようになったものの・・・・・・不便なことに変わりはない。



 ジジイの蹴りを必死に避けるのが精一杯だ。こうしているのも時間の問題だろう。



「おや。軽口を叩いていたわりには反撃してこないのですか?」

「ジジイに触れたらあたしまで老けそう♡」

「まだまだ私も若いですよ。」

「戯け♡」



 壁を上手く使って空中を舞うように避ける。空中に移動した瞬間に距離を詰めてくる男。やはり早い。避けきれず蹴りをくらう。なんとか受け身をとり、ダメージを軽減させるが・・・。重いな。おそらくあと30分。30分経てば回復するはずだ。ここからは完璧にアドリブでやるしかない。さぁ、どうやって持ちこたえようか。

 目を閉じ、聴覚に神経を集中させる。どんな音でも聞き逃さない。仮面をつけた状態だから、私がこうして目を閉じているのも気付かれていないはず。安易に動けなくなるけど、あのジジイの蹴りをまともにくらってくたばるよりマシだ。



「さて、お嬢様。次はもっと強い蹴りをいれますぞ。」

「最初から本気出せよ♡」

「・・・では、お言葉に甘えて」



 ・・・来た!

右足から踏み出しこの足音のリズムなら、あたしとの距離およそ3メートル地点で左足で踏み切るはず。風の軌道、鼻にかかる匂いの方向、これは回し蹴りをしてくる型・・・!

身体を反り、両手を地面につける反動で足蹴りを食らわす。やっとまともなのが入った。



「ぐッ・・・」



 拳に入る力が緩んだ音が聞こえる。今がチャンスだ。鳩尾に勢いよく肘を入れ、そのままアッパーカットを食らわす。ジジイは倒れる、この間にポケットからリーダーに貰ったお守りの砂時計を取り出す。その中にある砂を辺りに撒き散らす。この音でより音を明確に拾おうという魂胆だ。



「流石はフルフォード家次期当主の妹君。一筋縄ではいかないようです。」



 パンパン、と両手を叩くクソジジイの音に反応して前方・後方から足音が多数聞こえる。んー、どうしよっか。こんな数、困ったことないんだけどなぁ。今回ばかりはちょっと厄介かも。あと25分。



「数で勝負しましょう。どうやら貴方は今、私は今、お嬢様の攻撃を受けているのにも関わらず、まともに喋ることが出来ている。つまり、そういうことです。」

「安易な考えね♡」

「そして、スペシャルゲストをお招き致しました。」



 カツカツ、とヒールで歩く音が聞こえる。嗚呼、一番会いたくない愚者が歩いてくる。今更怒りや憎しみなど湧き上がりもしないけれど、出来れば見たくない存在。



「やあ、久しぶり。ソフィー。愛しい我が妹よ」



 目を閉じていても、彼が満面の笑みを浮かべてこちらを見ているのは分かる。そして、下品な声をあげて歩いてくる巨体の正体は、先ほどオークション会場であたしたちの大事なお客さんを殺戮した連中だと気付く。前と後ろと囲まれてしまった。



「僕の隷たち。彼女を捕らえてくれ。」



 彼の声に反応して、一斉に私の方へ走り込んでくる。回避するために空中へ飛ぶが、ジャンプ力が足りず、天井に飾られたシャンデリアに手が届かなかった。重力には逆らうことが出来ず、そのまま巨体の群がる場所へ落下する。身体を全力でひねり、かかと落としを食らわすが、巨体に足を捕まれてしまった。



「やるじゃないか!お前!あとで存分に可愛がってやろう」



 楽しそうな伯爵の声が響き渡る。私は両腕を異形な男らに掴まれてしまう。もはや抵抗は無駄。さらさらする気がおきない。



「どうやら私が仲介しなくとも事は済みましたね。」

「嗚呼。やはり、彼らは使える。・・・それにしてもブロワール。出来ることならお前の力のみで捕らえて欲しかった。彼らの汚い手で触らせたくないよ、僕の可愛い妹を。」

「申し訳ございません、坊ちゃん」

「まぁいい」



 伯爵さん(笑)がこちらへ寄ってくる。もう二度と見ることもないだろうと思って顔が目の前にある気分はというと、手足が使えないなら噛み殺したい気分だ、とでも言えば良いのだろうか。



「改めて、おかえり。ソフィー。今頃君の相方も、ご友人も僕の隷たちに殺されているだろう。お前はここに帰ってくるしかないのだよ。」

「人違いです♡」

「しらを切るつもりか?この状況で?」

「ペッ」



 伯爵(笑)の顔にありったけの唾を吐く。そして、ケラケラと笑ってみせる。嗚呼、全身に力が漲ってきた。楽しくなってきた。最高に愉快だ。リーダーが死ぬ訳ないのだ。Kさんが死ぬ訳ないのだ。面白いなぁ。楽しい。全身に血が全力で巡っているのが伝わってくる。



「僕がその気になれば、今ここでキミの身体をいじってやっても良いのだぞ!!嗚呼、長年僕に愛を注いで貰えないで寂しかったんだね。分かるよ・・・。それじゃあ今ここで、僕からのいたみを与えてあげる。受け取ってね、ソフィー。」



愛?いたみ

何それ。



「フフフ・・・アハハはハハはハハはハハ!!」



そりゃあ、今からアンタが受けるんだよ。








さぁ、














「「ショウタイムの始まりだ」」




 

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