第6話 戯

「さて、Mr.K。僕に尽くしてくれよ。動けないメアリをマダムの護衛につかせたのは、ここにいる化け物をKに任せたいからなんだ。僕は戦闘なんて不向きだしね。」

「ああ、分かっているさ。」



 そう会話しながら、クローネに襲おうとする異形な輩を蹴り払う。なるほど、少し重い。筋力増強のヤクでも打ったか?全く、上場企業がそういうことするなんぞ、世の中も治安が宜しくないようで。

 僕はクローネの周りにいる敵を戦闘不能にさせ、出入り口から湧いて出る敵を見てはため息をつく。おいおい、どこにこんな数隠し持っていたんだ・・・?残業代は高くつくぞ、クローネ。

 出入り口Aの方へ大きく跳躍し、クローネの隣を後にする。



「さ~て、とはいえこの状況はマズい。僕もメアリと一緒にマダムの護衛に行けば良かった。やることがないぞ。」

「何を戯けたことを。お前の相手は目の前まで迫っているぞ、よそ見をするな。」

「はぁッ!」

「お」



 正面からクローネに向かって鉄の棒を大きく振るう。



「良い武器持ってるね・・・Mein Lieberマイン・リーバー?」

「俺はそっちの趣味はないぞ。」

「ハハ!つれないお人♡」



 命を狙われているというのに、なんて気持ち悪い会話をしているのだ。オカマになる予定でもあるのか?色んな意味でイタいぞ。

 ついでながら解説させてもらえるなら、ドイツ語でMeinは男性名詞につける所有冠詞だ。君たちが主に扱っている言語、つまり日本語に直すと『愛しい男の』という意味になる。本来、彼が口にすべき言葉はMeineだ。こちらは女性名詞につける所有冠詞。よって、意味は『愛しい女の』という意味になる。英語とは違い、ドイツ語には名詞によって男性名詞・女性名詞・中性名詞と種類があり、面倒なことにそれら種類によって不定冠詞や冠詞、さらに先ほど登場した所有冠詞などを適切な形に直さねばならない。ドイツ語は単語が洒落た反面、面倒な規則がある。ドイツ語で大学デビューしようと思っているちゃらんぽらんがいるのであれば、留意せよ。



「さて、うちのストークスを返して貰おうか。」

「う~ん・・・。やだ!」



 お茶目に可愛い声で返答する。始まった。演芸会ショウタイムが。



「は・・・?」

「彼女は既に取引済みだ。彼女は僕らの商品だ!そんなに欲しいなら5億以上出してもらえる?マダムに交渉しなきゃいけないから、今買うかどうか決めて?」

「アイツは・・・物じゃないぞ・・・!」

「アハハ!人間も所詮人間の道具でしかないよ。キミたちも王様の命令に従って毎日毎日働いちゃって!キミは、犬か!ワンワン!アハハ!探偵さん、ハウス!」



 『我ながら面白いことを言う!ハウス!アハハ!』と腹を抱えてフラフラとステージ上で笑っているクローネを見ると、僕は先刻誰に『尽くしてくれよ』と言われたのか、頭を抱えて考え込みたくなる。そんな彼を幼少期から見ている僕からしたら、あれはもう手遅れなのでどうしようもないのだが・・・。全く、人の心を踏みにじる才能だけはジーニアスだ。彼はその体質上、戦闘向きではない。どちらかというと・・・・・・逃げる方のプロだ。



「貴様・・・絶対に殺す!!!」

「ヒィッ!」



 男がコートの内側に隠していた銃を取り出し、クローネに向けて発砲する。銃声が会場に鳴り響いた。非常口から逃げだそうとした最後の客が青ざめた顔でこちらを向いている。きっと彼はこんなことを考えただろう。『クローネ・フォン・ケーニヒスは死んだ。』

 残念ながら、彼はこんなところで死なない。今しがた私が述べた通り、彼は逃げるプロだからだ。



「ごめんなさいごめんなさい!僕が悪かったよ~う!お願いだから殺さないで~!命だけは~!」

「待て・・・ッ!!!」



 気持ち悪い声を出しながら両手を真上にあげ、ふざけた調子で逃げるクローネの後ろ姿を見届ける。会場にいる異形な輩は一掃できた。しかし、再び呻き声を上げながら立ち上がり始める雑魚どもを見て、本日何度目だろうか、深いため息をつく。連中、思ったよりタフらしい。どこかの誰かさんによく似ている。



「ボク テキ コロス グチャグチャ コロス」

「ぐちゃぐちゃに・・・ねぇ」



 嘘はつかないでほしいものだ。出来やしないことを・・・。

 考え無しにこちらへ襲いかかってくる敵の心臓を抉り取るように両手を勢いよく突っ込む。汚い声を出して倒れる。



「おぉ・・・素晴らしい。実に脂が乗っている心臓だ。こうして抉り取った後も快活に動いている。」



 片手で握り潰し、お次は誰かな、と私を囲むように集まってきたゾンビどもを一瞥する。早く終わらせて、彼らの元へ迎えに行かなければ・・・。死ぬぞ。



















 あの男が。

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