第5話 遇
『メアリ、人の心をたった〝一秒〟で支配出来る簡単なツールはなんだと思う?』
『・・・分からない。』
『それはね、愛だよ』
『愛?』
『愛と言うのはね、枯れた薔薇が水を吸って再び返り咲くように、人間にとって美しくなるための絶対的栄養素なのさ。』
リーダーがあたしに出会って初めて教えてくれたことは〝愛〟だった。彼が常識人ではないことはすぐに分かったし、自衛のために私を買ったのも知っている。それでも友好関係を築き上げるために、と前置きを置いてあたしにくれた一輪の薔薇は愛そのものだった。あたしには愛とは何か、未だに理解することは出来ないけれど、その薔薇が愛であることは理解できた。
リン・ストークスは愛に飢えていた。父と母を通り魔に殺害され、警察が彼女を保護したときにはもう、手に負えない程の精神疾患を抱えていた。病院に入院し、治療を続けていくうちに劇的な回復を遂げた。彼女に一番有効だった治療法とはそれすなわち〝愛〟だった。彼女の担当医は小児性愛者で、目が死んでいる彼女を見て興奮するほどの
担当医の名はシャロン・ダンクワースといった。シャロンは時間をかけて、まるでペットのハムスターを自分に懐かせるかのように、自分が次なる愛の供給源であることを彼女の深層心理に刷り込んでいった。親近感を持たせるために、話すときはいつも彼女の身長に合わせてしゃがんで見せた。敬語は使わない。ゆっくりと心地の良い声音で、包み込むような優しさ。すぐにでも彼女を抱きしめたい衝動を必死に抑え、空っぽな彼女の愛の受け皿を自分で埋めていった。
ある時、病院の中庭で転倒し、膝小僧に傷をつけてしまった。シャロンは激怒した。彼女のことを思って激怒したのではなく、自分のために激怒した。白くて綺麗な肌に未来永劫、その傷が残ってしまうことを恐れたからだ。中古の商品なんて誰も欲しがらない。物欲がそそるのはいつだって新品。リンはそれからシャロンに怒られないように〝痛み〟から避けてきたのだ。
ようやくリンが熟れたときシャロンは手を出した。今までの欲という欲を解放した。リンは困惑した。でも、『これが本当の愛なのだよ』というシャロンの言葉に安堵しつつも、受け止めた。
この話の一番面白いと思うところはね、彼女の両親を殺した通り魔はシャロン・ダンクワース本人で、リンを手に入れるためだけに両親を殺し、彼女を自分の物にしたというところなんだけど、もっと面白い展開があってね、
そのシャロン・ダンクワースを殺したのはリン・ストークス本人で、彼女は当時の記憶丸ごと忘れているんだよ。
「あたらしいじぶん・・・わたしあかちゃんなの・・・はやくごしゅじんさまに・・・あいたいな・・・ばぶー・・・あたらしいななななななナナナなななまえ・・・ほしいな・・・」
こうして隣にいるリン・ストークスを見ると心なしか笑えてくる。あたしたちに捕らわれる前の彼女に、まさかそんな背景があるなんて思わなかったでしょ?でもそれはね、例の一部の記憶が欠如しているからなの。彼女も所詮は都合の良い生き物、人間らしく生きている生命体。でもね、完全に忘れるなんて出来ないのよ。だってこうして彼女は今も無意識に愛を欲している。愛が枯渇する原因は自分にあるのにね。
首枷に繋がれる鎖を引き、舞台袖に到着する。リーダーはとてもご機嫌だ。リーダーが嬉しいならあたしも嬉しい。
「メアリ、本当にキミはいつも僕の予想を大いに裏切って最高に良質な商品に仕上げてくれるね。心から感謝するよ。」
「うん!♡」
リーダーがマイクを片手に、大きく息を吸う。
「大変長らくお待たせ致しました。お次は我々〝Crown〟が、皆様をおもてなしする番。こちら、一級品をご用意致しました。篤とご覧あれ!」
リーダーの合図でともにステージの方へ駆け足で向かう。拍手喝采が飛び交い、スポットライトはあたしたちを照らすために大忙しだ。観客に向かって笑顔で手を振る。最前席に座るVIP達はまだまだ本気を出していないはずだ。さぁ、金という金を捥ぎ取らなければ!
「僕の隣にいる彼女。肌は白く、傷一つありません!」
嫌らしい手つきで彼女の肩から手首にかけて撫でる。紳士どもの唾を飲み込む音がここまで聞こえる。
「更に更に~!おめめが・・・オッドアイなんです!」
私の声に合わせて、彼女にかぶせていた布袋を外す。先ほど色素を強める施術を行ったばかりなので少しばかり瞼が腫れぼったいが、Mr.Kの薬のおかげでそれも目立ちはしていない様子。女性陣の反応も良好だ。
「オッドアイが産まれる確率は1万人に1人と言われています!これは中々・・・値段が跳ね上がるのではと予想致します。」
最前から二列目、ちょうどMr.Kの隣にいるいつもの婦人が興奮してしまったのか、既に立ち上がってしまっている始末だ。お客さんの感嘆のため息や、財布の中身を確認する者、共に金を出し合って買い取ろうと相談し始める者まで出てきた。これまた大変な競りになりそうだ。
「気になるお値段の方・・・そうですね、珍しいということもあるので、1000万からで。」
リーダーが1000万という言葉を最後に、観客席からは多くの札があげられた。1050・・・1200・・・1800・・・段々と札に書かれた値段は上がっていく。
「5億!!5億を出すわ!!!」
「ほう!マダム!これは大きく出ましたね。・・・他に、5億以上出すという者はいますかな?」
リーダーが観客に向かって問う。しかし、皆札を下げるばかりだ。
「それでは購入者はマダムにけって___」
刹那、銃声音が響き渡り、リーダーは最後まで言い終わらずに突然倒れた。倒れた瞬間、リーダーの腹部が破裂するようにぐちゃぐちゃになった。返り血が私の頬へ飛び、観客からは悲鳴があがる。
「見つけたぞ・・・!ストークス・・・!」
会場の出入り口Aに立つ男の影。そして、その後ろから続々と会場に侵入してくる図体の大きい男共。銃を持っていたり、剣を手にしていたりと武器は様々だ。逃げ惑うお客さんを蹂躙していく。おかげで会場は大混乱。非常口に向かって逃げ込むお客さん達の姿を横目にリーダーの肩をトントンとたたく。
「リーダー、半分つになれる?♡」
「メアリ・・・この状況で僕に頼るなんて・・・キミらしくない・・・ああそうか・・・この時間、キミは動けないんだったね・・・うう・・・善処するよ・・・」
Mr.Kが席から立ち上がり、大きく飛躍、そして私の隣に着地する。
「みっともない芝居は止めなさい、クローネ。非常事態だ。」
「アハハ。過労死させるつもりかい?何の
リーダーの下半身と上半身が真っ二つに分かれる。下半身からは上半身が再生されはじめ、上半身からは下半身がヌチャヌチャと汚い音を立てながら再生し始める。
「それじゃあもう1人の僕?大事なマダムへの贈り物を宜しくね」
「仕方なく任されてやるよ、もう1人の僕?」
適当に会話を交わすと、放心状態のリン・ストークスを抱え、リーダーの分身は闇へ消えていった。
「マダムは?」
「ちゃんと逃げられたみたい♡非常口から出て行ったのを見たよ♡」
「メアリ、マダムの護衛にまわりなさい。彼女は僕の
「了解♡」
あの異形な男たちは見たことがある。まだ開発段階だったはず・・・。それが、ついに完成した?リーダーを特殊な銃弾で狙撃し、リーダーが倒れた瞬間に出入り口Aから登場したあの男の背後には、間違いなくフルフォード家がいることだろう。
「クソ兄貴」
非常口に急いで向かう際に、転がっている何人かのお客さんだった死体を見て、資金源が消えたことを悔いた。
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