第3話 失

 定刻になっても帰宅しない俺の部下であるリン・ストークスを心配し、彼女の携帯に何度も電話をかける。しかし、応答するのは留守番電話サービスの女性の声だ。しびれを切らし、PCを開く。万が一の際、お互いの居場所を確認できるようにGPS機能の搭載された小型の機械を持ち歩いている。見た目はスマートフォンと変わりないが、GPS機能に特化されているためその他の機能は使うことができない。その代わり、ほぼ正確な位置を割り出すことが出来る。GPSが壊されたとしても、壊された時間場所まで記憶してくれる優れものだ。PCの起動の遅さに気持ちばかり焦る。あいつが連絡を怠るなど考えられないのだ。が来たのかもしれない。



 ようやくPCが立ち上がり、GPS機能を調べられるソフトを開く。



「あいつの機器の番号は・・・」



 目の前にあるコルクボードにピンで刺されたメモを見て、番号を入力する。読み込み画面に移った。心の中で必死に手を合わせる。頼むから、変なことに巻き込まれているなよ・・・!あの時、アイツが軽く聞き取り調査を行うと言って出かけたのを止めれば良かったのだろうか。いや・・・これも仕事だ。俺が止める理由はどこにもなかった。であるならば、俺が一緒に同行すれば良かったのではないだろうか。手元にあるリストをまとめることなんて家に帰ってからでも出来ることだ。彼女と行動出来るのはこうして2人で仕事を行う時だけ。俺は判断を手抜かったのだ。

 そうこうしているうちに、地図が反映され、とある場所をピンが記した。



「・・・・・・モンクトン通りの裏路地?」



 もう一つ驚いたことがある。その場でGPSが破壊されていたのだ。おそらく、ストークスは誘拐された。胸騒ぎがする。



「クソッ」



 俺は急いでトレンチコートとシルクハットをコートハンガーから外し、手に取る。本当に、手抜かった・・・!GPSが破壊された場所をスマートフォンで撮影し、急ぎ向かう。無事でいてくれ。その言葉で脳内が埋め尽くされた。それ以外、考えられなかった。なぜ、今、俺の頭の中は、ストークスの笑顔で、溢れて、いる?



 ・・・現場に着いた俺の頭の中は真っ白だった。誘拐されたとは到底思えない、「何もなかったですよ?」と言わんばかりの裏路地が俺を迎えた。一歩ずつゆっくりと歩みを進め、暗闇の中を闊歩する。何か、何でも良い!手がかりはないのか!しゃがんで辺りに何か落ちていないか手当たり次第捜索する。何でも良い、何でも良いから!俺に手がかりをくれ!アイツが居なければ俺は・・・!



「おやおや、こんな時間にこんな場所で。何かお探しですかな?」



 背後から声がする。中性的な声音、でも少し低い。振り返るとハーフパンツスタイルの燕尾服の上にフロックコートを着用した少年が立っていた。シャツは立て襟で衿飾りシャボがえらく目立つ。



「失礼ですが・・・貴殿こそ、このような時間に・・・」

「あぁ、私は用があってここへ来た。君が探しているのは、リン・ストークスという女だろう?」



 まさか、彼の口から今まさに捜索中の女の名前が出てくると思わなかった。何か情報を持っているのだろうか。私は食い気味に答えた。



「そうです・・・!何か情報をお持ちなのですか!」

「勿論。私は彼女の誘拐犯を知っているかもしれない。というのも、先ほどここを通りかかったときに、青ざめた民間人がいてね。見過ごすことも出来ず、私は尋ねた。『何があったのか』とね」



 悠々と口を動かしながら、こちらへ一歩一歩近づいてくる。彼は一体・・・何者なのだ?



「そうしたらこう答えた。『人攫いを見てしまいました。』これは大事件だ、なんとかしなければならない。更にその民間人にいくつか質問していくと不思議なことに、私が追っている人物に近い情報が出た。・・・どうだ、私と協力して、誘拐犯を懲らしめ、被害者である君の仲間を取り戻そうじゃないか。」



 俺と少年の距離が零距離になったところで、彼は私に手を差し伸べた。小さな手を握り返すのに少し躊躇した。小さすぎるとは言えない。だが、今は何でも良い、手がかりがほしいのだ。自分の判断ミスで彼女を危険にさらしてしまった。こんなことは二度あってはならない。もし、俺たちが追っていたヤツに遭遇して誘拐されてしまったのであれば、俺の責任だ。幸いなことに、少年の口ぶりと身なりからしてそれなりの教育は施されていると言っても良いだろう。使えるかもしれない。



「是非とも、協力させてください。」

「嬉しいよ。私はアルヴァ・フルフォード伯爵だ。宜しく。」



 手を握り返し、立ち上がる。少年と俺の身長差は30cmほどあった。彼の名はアルヴァ・フルフォード伯爵という。そう、今思い出した。この少年は医薬品の超一流メーカー『ライトリム社』の社長を務める天才実業家だ。この歳で社長など、どれだけ稼げるのか尋ねたいくらいだ。なるほど、身長差など気にならないくらい彼の方が偉大に感じる。否、偉大すぎるのだ。



「伯爵とは露知らず、生意気な発言をし・・・ご無礼をお許しください」

「気にすることではない。この暗闇の中では中々顔をしっかりと確認できないだろう。このような場所で長話をするなど、私こそ無礼なことをしてしまったな。場所を移そう。私の屋敷へ招待するよ。」



 そう言い、ひらりと踵を返す。黙って後ろをついていくと、黒いラセードが通りに止まっていた。



「ブロワール。待たせて悪かった。彼を屋敷に泊める。を取り戻すために彼の力が必要だ。客間を改めて整えるよう、使用人たちに伝えてくれ。」

「かしこまりました。」



 執事と思しき人物がドアを開けてくれる。私は一礼して乗り込んだ。ラセードだと・・・!やはり、高貴なる者が乗る車は高貴なる物だ。何を当たり前なことを言っているのだと思うかもしれないが、実際乗ってみるとそう思ってしまうものだぞ。

私と伯爵、そしてその執事を乗せた車は伯爵の屋敷へと向かった。頼む、ストークス。無事でいてくれ・・・!

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