第2話 狂

「やぁ、迷い込んだ子猫ちゃん。ただで返すと思うかい?・・・逃がさないよ」



 私は、連続誘拐事件を秘密裏に追っていた。この事件の被害者の傾向は全く一致しないというところが特徴的だ。昨日は10歳の男の子を攫ったかと思えば今日は68歳女性の著名人を攫うというように、全く被害者に共通点が見当たらない。この事件の犯人を探り当てれば一儲けできるのでは、と目を付けた上司がこの事件について秘密裏に調査しようということになったのだ。「警察より早く!」が上司の口癖だった。

 探偵社といえども私は個人経営の探偵社で勤めていて、そこでやっと首謀者と思しき人物の追跡調査に成功。しかしそう上手くはいかなかった。私の追跡はバレていたらしく捕まってしまったのだ。最後に彼の声を聞いたのは、確か路地裏だった。



「(・・・ここは・・・)」



 ぼやける視界の中、唯一はっきり見えたのは私を囲む鉄格子だった。手足には鉄枷が装着されており、身動きがとりにくい状況だ。



「おやおや!♡目が覚めたんだねぇ!♡」



 鉄格子からこちらを覗き見るのはツインテールの女の子だった。カラフルでピエロのような配色のロリータワンピースをひらひらとさせている。確か首謀者は2人である可能性が高いというデータはあったけど…この子が?まさか。まだ幼いように見える。



「大丈夫だよ。怖がらないで。出してあげる!♡」



 少女は難なく鉄格子の中から私を出してくれた。少し動きにくいところを少女がサポートしてくれた。



「さ、ここに座って~♡喉乾いてる?汗かいた?う~んでも匂いは汗臭くはないか…。でも念のためあとで香水かけようね!♡」



 身振り手振りをしながら少女は一方的に話しかけては時節ケラケラと笑う。私は今、身体検査をされているのだろうか。確かに私は貴方達(この少女が首謀者とは限らないのだが…)を追っていて、そちら側からしたら怪しい人物であるに違いないから、その行為の意図は汲み取れる。だが、といった彼女の意図は汲み取れない。



「貴方は…?ここはどこ…?」

「あたし?あたしはメアリ!リーダーの相方だよ~♡」



 ジャンプしたりポーズを決めたりとコミカルな動きを見せる。仮面を装着しているので、彼女の素顔が窺えないのが惜しい。しかし、見ることができたところで私が生きて帰ることができるとは言いきれないのだけれど。そして少女は私に近づき、頬をなでたり、前髪をかき上げたりしはじめる。この子は一体何を…?



「えぇ!キミ、よく見たらオッドアイなんだねぇ!でも…もうちょっと色素強く出したくない?これじゃあ遠くにいる紳士淑女の皆様お客さんに見えないよ!」

「お客さん…?それってどういう…」

「…やぁ、子猫ちゃん。おはよう。」



 私が少女に問いかけようとした刹那、突然男が現れた。長身で青紫色のショートヘア。スーツベストを着用。でも、私が追っていた人とは明らかに顔の形と声音が違う。彼は一体…?でも、私のことをと呼んでいる点については私が追っていた人物と一致している。双子の片割れか何か…?いや、今はそう考え込んでいる暇はない。彼が私たちが追っている重要参考人に関係することは明らかなのだから。



「リーダー!♡見て見て♡この子ね、オッドアイなの!」

「ほう?どれ、見せてごらん」



 顎をクイッと上に持ち上げられ、私の顔を凝視される。彼の仮面の奥から鋭い視線を感じる。口角こそ上げて笑って見せているが、この人は…きっと激怒している。



「綺麗だね。その眼球をくり抜いてマダムに1億で取引したいくらいだ。」

「な…!」

「でもそれを含めて子猫ちゃんの魅力だ。眼球1つすら、誰かに手渡してしまうのが惜しい。…そうだメアリ。この子の魅力をもっと引き出してあげなさい。キミの器用な手なら、出来るだろう?」

「もちろんだよ~!♡任せて!♡」



 メアリと名乗る少女はぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んでいる。この人たちの言っていることが理解できない。何度も脳内で彼らの会話をリピートさせる。段々理解してきてしまっている私は現実を否定し始める。まさか…まさか………!

彼は私の肩に手を置いて、耳元で囁いた。



「君はオークションに出品する大事な商品だ。迷い込んでしまった野良猫は誰かに飼われるべきだろう?」



 心臓がドクンと跳ね上がる。噂では聞いていた。人間を売買する悪徳商法が存在すると…!でも誰も信じなかった。そんなの、モラル欠如以外の何物でもない!



「ああ、そうだ、君に装着されたGPSは壊しておいた。逆探させてもらったから、あとでキミのお仲間さんを海に放り投げる…いや、僕の友人のワンコロに喰わせてやるのも悪くないな。」



 彼は壊れたGPSをお手玉のように宙へ投げてはキャッチする。



「貴方達…狂ってるわ…!」

「あぁ、そんなこと、今に始まったことじゃないさ。」



 フフッと笑う彼の背中に、憎しみの念をぶつけることしかできなかった。絶対に、絶対にここから逃げ出さないといけない。この人たちを、このままにすることは許されない…!これ以上、被害者を出さないためにも…!



「さて~!痛くないからこのお注射だけちゃんと刺させてね!♡」

「まッ…」



 『待って。』

 そう断る間もなく私の腕に刺された注射の容器に、液体がなくなるのを見つめることしかできなかった。次第に意識が遠のいていく。嗚呼、神様。悪を滅ぼすことが正しいのであれば、なぜ、私に味方をしてくれないのでしょうか。

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