第6話 ジランジアの経済活動
「そんな怖ろしいズワ大佐が行方不明になって、じゃあ、多少はマシになったでしょう?」
イチカワが聞く。
「いえいえ、前よりも暮らしにくくなりましたよ。なにしろナンバー2の裏切りによって、独裁者がさらなる人間不信に陥ったのですから。それからのジランジアは、極度の監視社会です。私服警官の数が急激に増えて、どこに耳があるか分からないですよ」
また楊さんは、チラリと入り口を見る。もうその行為が習慣になっている。哀れと言えば哀れだが、でも、この習慣があるからここまで無傷で来られたということもあるのだろう。
「それから、経済も完全に止まりましたね。ズワがいたころは、経済は多少動いていました。外貨を稼いでグバン大統領に貢いでいたのです。だから破格の出世をしたわけです。それにまぁ、そういった点では、グバンよりも頭がまわったのでしょう。グバンよりも、という程度ですがね」
「そういった点、というのは経済のこと?」
「そうです。少なくともズワは、モノを作って売れば儲かる、ということくらいは分かっていましたから。大統領とちがって」
「なにを輸出していたのですか?」
話が興味深い分野に来たので、ぼくは思わず前にせり出した。
「輸出なんて大げさなものではないですよ。隣国に人海戦術で運んでたって程度です」
「なにを、運んでいたんですか?」
「そうですねぇ、バナナなんかの農産物と、あと木材ですかね。ようは、勝手に育って手がかからないものです」
「その他には?」
「えっ、いやぁ分からないなぁ。なんか変わったものも送られてきてたけど……」
「送られてきたって?」
「あぁ、私、最初はね、となりのゼグニアに住んでたんですよ。そこで貿易商みたいなことをやってました。それで多少はジランジアの事情を知ってたんですよ。で、もうそろそろアフリカから離れようかと思ったところで、せっかくだから物珍しい国を体験してみようと思ってジランジアに来てみたんです。希望どおり、すごい体験をしましたけどね。でも、さすがにもう精神がもたないので、あと1、2年で出ようと思ってるんです」
「今現在は、ジランジアからゼグニアに輸出していないのですか?」
「えっ、今ですか? いや、なんにも送ってないでしょう。だいたい、なにも生産していないですから」
「でも、それまで働いてた人がいるでしょ?」
「ズワ大佐の一件があってすぐ、みんな山へ逃げ込んじゃいましたよ。労働者はズワから賃金を貰っていた一味だと見られましたから。労働者たちは山でイモを育てて原始的な生活をしているらしいですよ」
「じゃあ輸出は止まってしまったのですね」
「おそらくそうですね。貿易の「ぼ」の字もないと思いますよ。経済的には、もうすっかり破滅して、孤立してるでしょう」
「滅茶苦茶ですね」
「そうですよ。街にはあんなごろつき兵士がうようよしてるし、暴行されても、医者もなければ警察も相手にしない」
「さっきも撃たれそうでしたし」
ぼくは、さっきの税関で兵士が威嚇のため背負っていたライフルを手前に持ち換えたことを思い出した。
「いや、撃たれることはありませんよ。ズワ大佐のことがあってから、兵士全員の銃から弾を抜いてますから」
「そうなんですか! じゃあ銃の役目を果たさないじゃないですか?」
「まぁ殴りつけるのに使うんでしょう。いずれにしても、大統領はもうだれも信用していませんよ」
「うーん……」
「それにね」
楊さんはかぶせるように続けた。
「どうせ実弾買う金もないでしょうからね」
楊さんは皮肉な笑みを浮かべた。
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