第4話 ホテル・プロスパーのバー
バーで軽く食事をとっていると、他に客がいないからか、楊さんはカウンター内の灯を落としてぼくたちのテーブルに来た。手にはバーボンの瓶が握られている。おそらく人恋しかったのだろうが、ぼくたちにとっては願ったりかなったりの展開となった。
バーボン代はきっちりとってくれと言うと、楊さんは上機嫌になった。
「観光らしいが、まったくあなたたち、こんな国によく来たもんだ」
楊さんは自分のことを棚に上げて言った。そしてそれぞれのグラスを宙でぶつけた。
ぼくの知っている中国人はみんな声がでかかったが、楊さんは抑揚の効いた低い声だった。しかも、テーブルの中央に顔をせり出すように話す。まるで内緒話をしているような。ここでも、この国の持つ得体の知れない恐怖感を印象付けられた。
「まったく、税関ではひどい目に遭ったもんだよ」
徐原が言うと、楊さんは入り口をちらりと見た。そして、
「兵士たちに、でしょ?」
と言った。自分が言ったあと、もう一度入り口に視線を走らせた。
楊さんがあの連中を兵士と言ったことに、ぼくはなるほどと思った。さっき部屋でみんなと話していたとき、ぼくはやつらを兵隊と言った。しかし兵士という言葉の方が緊迫感を与える。なにか、遊びでない雰囲気を漂わせる。つまり楊さんはぼくたちと比べ物にならないくらい、恐れているということの証なのだ。
楊さんから聞かされたことは、田名瀬食品の社長室で社長から聞かされたこととほぼ合っていた。いや、むしろ、よりすさまじい内容と言えた。その一つが、このホテルの支配人の話だ。
「このホテルは白人が支配人だという情報だったんですが?」
イチカワが言うと、楽しそうに飲んでいた楊さんの顔が一瞬にして曇った。その突然の変わりように、ぼくは最初、楊さんが、日本人の持つ白人優位意識に怒ったのだと思った。白人が支配人のホテルじゃないとイヤなのか、と。
しかし、ちがった。
「そう。ランスという大柄の男だった。2年前までは」
その沈んだ言い方に何かあると感じ、ぼくたちは相槌を入れず、楊さんの次の言葉を待った。
「で、2年前に行方不明になった。それで、ここで働いていた私が支配人になった」
「行方、不明?」
「そうです」
「自国に帰った、とか?」
徐原が言うと、楊さんは俯き加減で首を振った。
「彼はね、ジランジア軍の売上金巻き上げに何度か楯突いたことがあったんですよ。私は何度もたしなめたんですけどね。やつらには何を言っても無駄だって。でもランスは白人だったから、かつてアフリカ全土を統治していたヨーロッパ人として、我慢できなかったんでしょうね。それで突然消えてしまいました」
ぼくたち4人は、視線を落として話す楊さんをじっと見つめた。
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