第3話 ホテル・プロスパーの楊さん

 

 赤道直下の陽光と樹々は開放的な雰囲気を醸し出す。しかし、通りは何故だか陰惨な印象を与える。不思議だが、こんなに暑く、身体全体が弛緩しておかしくないのに、肩も首も強張り、寒気で震えそうだった。

 

 誰もが口を開かない。さっきの緊張が身体から抜けないのだ。ちょっとでも間違えていたら、言葉の通じぬあの兵隊たちに暴行されていた。ぼくは思っていたし、あとの3人もそう感じているはずだった。

 

 ホテル・プロスパーの雇われ支配人は楊という中国人だった。彼はにこやかに迎えてくれたが、その瞬間瞬間に怯えたような表情を見せた。それはおそらく本人も気付かないうちに、身に付いたもののようにぼくには感じられた。この国の持つ恐怖支配への防御本能が、隠しきれずに外に出てしまっているのだろう。

 

 ぼくの特殊能力は中国語の四声にも発揮されたようで、ニイハオと言うとキョトンとした表情になった。ネイティブとそん色ない発音だったからだ。

 

 楊さんは中国語でべらべらと話してきたが、当然ぼくには分からない。首を振って、今度は英語で、中国語が分からないと言った。そして照れ笑いで、オンリー ニイハオと付け足した。

 

 楊さんは、ほんの少しずれたアクセントで、失礼しましたと言った。元々予約で、我々が日本人だと知っている。今度は日本語で、旅の疲れを労う言葉をかけてきた。

 

 楊さんの説明では、2年ほど東京に住んでいたということだ。ぼくたちは、言葉が通じることに一様にホッとした。ついさっき空港で、言葉が通じないことの怖さを体験したばかりだったからだ。意思の疎通ができることは、気分的にとても楽だった。

 

 楊さんは世界を放浪し、3年前にジランジアに住み着いたということだった。怖いし、宿泊代はすべて軍にむしり取られるし、なにひとついいことはない。いいことがないどころか、命の心配をしなければならない始末だ。しかしどうしてもオンリーワンの生き方をしたくて、この場に留まっているという。たしかに、こんな国で無給労働する人間など、他にいないだろう。

 

 現在、ジランジアの通貨は紙きれ同然だった。すさまじいインフレで札の金額欄に「0」を付け足していったのだが、あまりに「0」が並んでわけが分からないほどになっている。もう新たに刷るのはやめて、ドルとユーロとゼグニアの通貨だけでまわしているという。もっとも、この国の中で金を使えるところはほとんどなかった。

 

 部屋で少し眠ったぼくたちは、夜、楊さんが兼任で務めるバーに夕飯を食べに行った。楊さんと仲よくなり、この国の情報をいろいろと聞き出したかったからだ。

 

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