第21話 チョコなき世界の両親
ジランジアに行くことを決めたぼくは、まず、親に伝えた。いくらこの世界の親だとは言っても、現実世界と変わらない人物なのだ。
ぼくは、大学の卒業前にバックパッカーとしてアフリカ旅行をしたいと言った。その反応がどうなのか、ぼくはとても気に病んでいたが、意外にも両親ともに笑顔を見せた。
親たちにとっては、社会に出て行くのをいやがっている子どもに映っていたのだ。たしかに就職を先送りにして旅行に出るのは抵抗があるが、それでも、前向きな気持ちになってくれるのはうれしいということだった。このまま部屋にじっとこもっていることに比べたら、はるかにいいという。資金を出すとまで言ってくれた。
「大丈夫、大丈夫。旅行のお金は出してくれる人がいるからさ」
ぼくはそう言って両親からの資金援助を断ったが、これがまた面倒だった。なんで他人のお前に大金を出すやつがいるのかと、怪しまれたのだ。
「お前を利用して麻薬でも密売させようということなんじゃないのか?」
父親が憤慨して言う。親の安全な金で旅行しろというのだ。金をもらうのがイヤなら、貸すことにしていずれ就職してから返してくれればいいという。
「だから危ない人じゃないって」
ぼくが言っても、親は信じない。説得するためには、実名を出すしかなかった。
「田名瀬食品の社長だよ。それで、旅行から帰ってきたら就職させてくれてもいいっていうんだ」
その説明で、親はようやく納得した。現実世界となんら変わらない親身な態度に、ぼくは心からすまないと思った。こんな捨て鉢にならず、この世界で普通に暮らしていけば何ひとつ問題が起きないのだ。もしぼくがジランジアで事件に巻き込まれたら、この人たちは体調を崩すくらいに心配するだろう。
でもぼくは、行くと決めてしまった。すべての原因はチョコレート中毒なのだ。チョコなき世界に来てしまい、そのチョコ中毒になってしまった。だからおとなしく暮らせと言われても無理なのだ。だから、この、チョコなき世界でたまたまぼくの親となってしまった2人の善良な人には悪いけど、ぼくは現実世界と、チョコなき世界とのギャップを埋める行動を取ることが生きるうえでの必須条件なのだ。
「おれたちは、いつでもお前を応援してるからな」
その言葉に、ぼくはその夜ずっと涙が止まらなかった。
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