第9話  ジランジア

 

「アフリカの一部分、そして南米、東南アジア。いずれも通りいっぺんだけど、その辺りまで調べて、この世界にカカオ豆はないんだろうなと判断して調査は打ち切ったんだ。私は君のようにチョコが頭から離れなかったわけではなかったからね。それに、新規の商品にかまっていられる時間も、そうそうなかった。社長として、やることが山積みだったからね」

 

「そうですよね」

 

「だから、チョコのことはそこで忘れたんだ。10年ちょっと前だな。でも、あれは5年ほど前だと思うんだけど、ちょっとした噂話を聞いたんだ」

 

「噂話、ですか?」

 

「そう」

 

 そこで社長は、フッと表情を和ませた。

 

「それは、どんな?」

 

「カカオ豆についての噂なんだけど……」

 

「はい」

 

「ジランジアという小国にね、カカオ豆が群生しているっていうんだ」

 

「えっ!!」

 

「単なる雑談なんだけどね」

 

 社長は、フフフッと声に出して笑った。

 

「それは、その噂は、どこで聞いたんですか?」

 

 社長とは対照的に、ぼくは硬い表情で聞く。

 

「いや、それが不思議なことに、覚えてないんだ。業者同士の呑みの席か、あるいはフラッと入った呑み屋で聞いたか。覚えてないくらいだから、呑んでるときだと思うけど、電車の中で近くの人が話してた、とかかもしれない」

 

「でも、ジランジアって国名も明確に覚えてたんですよね?」

 

「明確ではないよ。でも行ったことある国であれば分かるだろうし、頭に残っている語感が、他の国だとかなり違うんだ。消去法でジランジアって感じかな」

 

「行ってみようとは思わなかったんですか?」

 

「いやぁさすがに、噂一つでアフリカまではね。君とちがって、チョコにはそれほど拘っていなかったからねぇ。それとね」

 

 社長は立ち上がり、窓辺に行った。

 

「それと?」

 

「うん。ジランジアが、パッと簡単に出入りできる国じゃないってこともあったな」

 

「と、言いますと?」

 

「強権的な独裁国家なんだ、ジランジアが」

 

 ぼくはそこで言葉が出てこなかった。そのぼくの声に詰まった顔を、日差しをバックに受けた社長が、じっと見おろしていた。

 

 

 


 

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