第8話 カカオ豆の存在
「それができれば、莫大な利益をあげることができる」
ぼくは想像した。あのチョコレートを、世界でただ一社、独占で販売するのだ。もちろん後追いで、どんどんチョコを作る会社が出てくるだろう。現実世界で、あれほど世の中に普及している食べ物なのだ。いっときならともかく、抑えられるわけがない。特許なんか意味をなさないだろう。世界中で模倣されてしまったら、一つ一つに対応していくことなど不可能なのだ。それでも、最初は一社での独占だろうし、そのわずかな時だけでも、ものすごい利益になるはずだった。
「しかし、この世界でチョコを売ろうと考えたのは、君に会ったからではないんだ」
「えっ?」
「実はチョコを作り出して販売することは、だいぶ以前に思いついたことだ」
社長は言ったあと、大判の紙を持ち出してきた。
「これがアフリカの赤道周辺の地図だ。異世界のものだから、ガーナもコートジボワールもないけどな」
社長は太字のペンで、ぐるっと湖を囲む。
「これがヴォルタ湖。ヴォルタ川を堰き止めて作った、世界最大の人造湖だ。この湖のあるところが、ガーナだった」
「そうなんですか。ガーナという国名は有名ですが、どこにあるのかも知りませんでした」
「うん。まぁそうだよな。私もうろ覚えだよ。でも最大の人造湖がガーナ国内にあることだけは知っていた。それがこの異世界でも、名前が変わっていなかったんだ。それでガーナの場所がだいたい分かった。ガーナの左側がコートジボワールだということも、知っていた。私の知識もその程度だな」
「コートジボワールはガーナのとなりなんですか?」
「となりだった、と言うべきかな。この世界では両国ともないからね」
「それで、ここの、湖の近くの国が、ジランジアなんですか?」
「そう。ヴォルタ湖の左側の小国だよ」
そう言って、また赤丸で囲んだ。
「どうしてここに、ぼくを派遣しようと思ったんですか?」
ここでようやく、最初の質問に戻った。
「さっき、チョコの製品化を試みたことがあると言っただろ?」
「はい」
「それに向けて、この周辺のいくつかの国に行ったことがあるんだ」
「やはり、カカオ豆をさがすためにですか?」
「そう。チョコレートには欠かせない原材料だからね。日本で情報を集めるだけではイマイチ分からなかったので、実際に行ってみたんだ」
そう言いながら。今度は湖の右側を丸で囲んだ。
「行ったのはここ、ゼグニアとビマイだ。なんでここを選んだのかというと、わりと安定した政情だったからだ」
「というと、ジランジアは安定していないと……」
「待って。それはあとで話す。それでこの2ヵ国を調査したんだけど、実はカカオ豆がなかったんだ」
「ええっ?」
「そしてもう一つ、このとなりにモンタビアという国があるんだけど、ここに住んでいる知人がいてね、カカオ豆を絵に描いてこういうものをさがしてほしいって言ったんだけど、やはり見つからなかった。その他にも、いろんな伝手から情報を集めたんだ。東南アジアや南米ならアフリカよりは情報が集めやすいから、その辺りでも集めてみた。でも世界のどこにも、カカオ豆は見つからなかったんだ」
社長の表情から、快活さが抜けていった。
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