第3話 チョコの国
人が何を食べたいかが分かる。そのような能力を持っているのなら、食品関連の仕事に使わない手はない。きっと大きな武器になるはずだ。社長は飲食店の経営をまず考えたが、いっそのこと食品会社を作ってみようと決意した。なにしろ、一度死んだ身なのだ。小さく動いたってしょうがない。ドーンと動いて、ダメだったときはもう1回死ねばいいだけの話なのだ。
社長はそれから、時間を作っては人混みにじっと立ち、多くの人間が欲している飲食物をリサーチした。人は不思議と、食品の嗜好が共通する。それは暑い夏や凍える冬など季節からくるもの。それに正月のおせちやクリスマスのケーキなど慣習によるもの。そういった明確な理由があるものがほとんどである。しかしそれとは別に、なんら理由なく大勢の嗜好が重なるときがある。いわゆる流行、ブームというやつだ。それは理屈では解明できないものだ。
しかし流行は厳然として世の中にある。社長はそれを、特殊能力によっていち早くつかむことができた。だから先回りして、流行の兆しがある商品を売り出せたのだ。
社長はそうして、業績を伸ばしていった。
「だから今でもね、ひとりフラッと出かけて、人でにぎわう場所をあてもなくうろつくんだ。そうやって、今でも密かに世間の動向を探ってるんだ」
社長はグラスを手に、話す。余裕のある笑顔で。
なるほど、とぼくは思った。社長と会ったときから余裕ある人物に感じるのは、こういった背景があったからなのか。つまりは特殊能力によって、会社の業績が安定していてることが確定しているからだ。
「それでね、君と会ったときにおどろいたんだ。この世界にないはずのチョコレートを欲していたんだからね」
ぼくは最初に会ったときの奇妙なやりとりを思い出した。社長は申し訳程度に会社のことを説明すると、ぼくに就職する気なんてないだろうと言った。そうか、と思った。あのときすでに、現実世界からやってきたことを見抜いていたのか。そうだよな。社長と会ったとき、ぼくは会社のことなどにまるで興味が持てず、チョコのことをひたすら考えていたのだから。
「君は今でもチョコのことを考え続けだね」
社長が言った。特殊能力で見抜かれていては、ごまかしようがない。
「はい」
ぼくは素直に頷いた。
「でも、そのチョコへの思いを断ち切らないと、この世界で普通に暮らしていけないよね」
「そう、ですね。自分でもそう思っています」
「うん。でも、断ち切れるもんでもないよね」
「はい。断ち切ろうとは思っているのですが、なかなか……」
「じゃあ」
言いながら、社長は正座に座り直した。
「その気持ちを抑えつけるんじゃなくて、もっと突っ走ったらどうだろう」
「もっと、突っ走る、ですか?」
ぼくは社長が何を言っているのか分からなかった」
「チョコの本場に行ってみないか?」
「本場って?」
ますます訳が分からない。
「つまり、現実の世界で原産国だった国にだよ。私がすべて費用を出すから、行ってみないか? そしてそこにカカオ豆があるのか、あるとしたらどういった扱いをされているのか、見てこないか? 私は君を、言ってみればチョコの国に派遣したいんだよ」
社長はそう言って、ぼくに頭を下げた。
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