第9話 田名瀬のおじさん

 

 まさか、田名瀬のおじさんの会社がこんなにも大きなものとは思わなかった。

 

「へぇ~」

 

 ため息交じりの、感嘆の声が出た。スーパーマーケット程度の大きさの工場だと思っていたのだ。

 

 話をよく聞いておけばよかった。ぼくは遅まきながら後悔した。普段着でいいという田名瀬の言葉を真に受けて、ラフな格好で来てしまったのだ。相手も作業着で出てくると想定していたのだ。やぁどうもどうも、なんて軽く言いながら。そして立ち話程度に説明を受けて、社長直々に現場を案内されると思っていたのだ。

 

 しかしこの規模では、事務系の部署もしっかりとあって、その奥に社長室があることだろう。秘書なんかがいて、お茶を運んでくるだろう。ソファーに座らされ、スーツ姿の社長から説明されることだろう。

 

 困った。しかし今さら躊躇したって仕方がない。なるようになれだ。相手は異世界のお偉いさんなのだ。ふんぎりを付けたぼくは、正門を入って受付に来所の目的を告げた。

 

 社長室に通される。少しお待ちくださいと年配の女性が言って、部屋を出て行く。ソファーの座り心地はよく、自分のベッドよりスプリングが利いている感じだった。

 

 そしてノックの音がして、今度は若い女性がコーヒーを運んでくる。コーヒーを敵対視しているぼくは、お茶か紅茶に代えてくれと言いそうになった。

 

 3分ほど待つと、社長がやってきた。すらりと背の高い、小太りの田名瀬とは似ても似つかない男。待たせてすみませんでしたと、年下のぼくに丁寧な詫びを入れた。

 

 立ち上がって挨拶をする。そのとき、向かい合ったのだが、ぼくはなにかを感じた。そのなにかが、具体的にまったく分からない。しかし感じたのだ。

 

 社長は、業務内容や社員数、規模や支社などをざっと説明する。本当にざっとだ。早口で。そして前に乗り出して机に両肘を付き、合わせた手にあごを付けて、目を細めてぼくの顔をじっと見た。

 

「時間が無駄になるともったいないから、ズバリ聞きたいんだけど、君は就職先が見つからないんじゃなくて、就職する気がないんじゃないのかな。それだと、会社の説明が意味なくなっちゃうからね」

 

 そのストレートな言葉に、ぼくはおどろいて言葉に詰まってしまった。社長は返答できないぼくを気長に待ち、ようやく落ち着いたぼくは、はいと言って頷いた。

 

「そうか。君を見たときにそう感じたんだ。正直に言ってくれてありがとう」

 

「いえ。逆に、時間を割いてもらったのに申し訳ございません。田名瀬、……君に話をきめられて、断りづらくなってしまったもので」

 

 なんとなくこの人には、いろんなことを正直に話した方がいいな。そんな思いがあった。

 

 


 

 

 

 

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