第4話 おじさんの会社に行ってみろ

 

 石見知子は美味しそうにニューヨーク・チーズケーキを食べている。ぼくもおごってもらって、それに添えてオレンジジュース。本来ならコーヒーなのだろうけど、現在コーヒーは愛すべきチョコレートのライバルということで、なんとなく飲む気がしなかった。

 

「なぁルカっち」

 

 目の前に座る田名瀬が、真面目な表情で言ってくる。どうせ言うことは決まっている。

 

「就職、大丈夫か? けっこう重く圧し掛かってんじゃないのか?」

 

 授業をすっぽかし続けのぼくのことを、就職活動の悩みからと勝手に決めつけているのだ。ぼくはいつもの如く、受け流す。

 

「まぁちっとは真面目に聞けよ。なぁ。おれのおじさんのとこ、一回行ってみろって。行って断ったって構わねぇから。ルカっち考えすぎなんじゃねぇの。だって就活自体してねぇだろ」

 

 そうか、ぼくはまだ就活に動き出してすらいないのか。かれらの言葉で自分自身の動向を聞くのが、不思議な感覚だった。

 

「いきなり務めてる会社辞めて、会社作って大成功させた人なんだぜ。勤める勤めないは別にして、いい刺激受けるだろうからさ」

 

 うるさいなぁというのが、ぼくの正直な気持ちだった。ぼくが授業もいい加減にぼんやりしているのは、チョコに募る思いからなのだ。見当違いなのだ。

 

「じつは次の日曜にルカっちが行くからって、もう伝えちゃってあるんだ。こうでもしないと、お前行かないだろうからな。なぁ、とにかく行って来いよ。場所だって遠くないんだし」

 

 現実世界の田名瀬はおせっかいな男だったが、この世界の田名瀬は輪をかけておせっかいなようだった。勝手に予定を決められて腹が立ったが、でも、とぼくは思いなおした。田名瀬の説明では、そのおじさんの会社は世界中の食材を扱っているという。もしかして、チョコレートについてなにか知っているかもしれない。ぼくは田名瀬のおじさんに聞いてみたくなった。

 

「分かった。行ってみるよ」

 

「ホントか! 絶対損はないからって。じゃあ絶対行くからって、おじさんに伝えちゃうから、ルカっち必ず行けよ」

 

 ぼくは田名瀬が安心するように、深く頷いた。そして心の中で、必ず行くよ、行って就職のことなんか尋ねないで、チョコのことを聞くよ、と思った。

 

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