第5話 もう、現実世界でいいじゃないか!
ぼくが早く戻ってきたので、夕飯もそれにつれて早めだった。
初夏の日は長く、西日の差す部屋で母親と向き合う。夕飯をキッチンで食べる習慣も現実世界と同じだし、一人っ子だということも、帰宅の不規則な父親を待たないで食べることも、すべて同じ。塩分強めの味付けまで同じだった。
母親が、いや、母親と寸分も違わない女性が、ぼくのコップに麦茶を足す。それを見て、今ごろ現実世界では真の母親が悲しんでいるだろうと思い、ぼくは涙が溢れそうになった。ごめん、バカな死に方をして!
でも、とぼくは思いなおした。これ、現実世界かもしれないのだ。電車の中で思ったみたいに。
なにしろ、なにもかもが一緒なのだ。今、麦茶を足したその仕草も現実世界とまったく変わらない。現実世界であれば、泣くなんてバカバカしい。
夕飯を食べ終えて、ぼくはしばらく待つ。
「なに?」
「えっ、いや、なんか甘いもんないかと思って」
「今日おつかい行ってないから、ないわよ」
このぶっきらぼうな言い方も、記憶の中の母親の言い方そのままだ。やはりこれは現実世界なのだ! ぼくは、さっき泣かないで、ホントによかったと思った。
そのまま部屋に戻ったが、夜、やっぱりなにか甘いものがほしくて、ぼくは部屋着から簡単に着替えてコンビニに向かった。
異世界にコンビニがあるというのも、想像しえなかったことだ。ご丁寧にも、現実世界にもたくさんある、既存の店舗。しらける。とってもしらける。あの、自分の死体を見ていたとき、もし異世界に行けたなら、もう死にもの狂いでガンバって成り上がっていこうと誓っていた。レベルを上げるために、とことんガンバりぬく。でもこの異世界、そんな気がちっとも起こらない。やる気がこれっぽっちもわいてこない。あまりにも日常だから……。
―― よし!!
もう、分かった。ぼくは心の中で区切りをつけた。ここを異世界だと思うことはやめよう。そう疑問を持っている限りは、もやもやして、残りの人生を中途半端にすごしてしまう。現実世界から逸脱したところを見つけようと、そればかりに神経を集中して、そのまま時間が経ってしまう。現実世界とまったく同じなら、現実世界だってことでいいじゃないか。現実世界で暮らしてるんだと思っちゃっていいじゃないか!! ぼくはそう決心して、スイーツ売り場へと向かっていった。
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