第63話
『覇王様、転生します。~俺はただ平穏に暮らしたいんだ!~』もよかったらよろしくお願いします!
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「ッ!命!?」
地面に倒れ伏す命を見た冥は、かなり慌てた様子で彼女の元に駆け出した。
少し遅れて、そのすぐ後を祢音と炎理も追いかける。
冥は駆け寄ってすぐに倒れる命を抱き起し、彼女の意識を確認した。
「命!命!」
「……っ」
「よ、よかった……息はしてる」
微かに聞こえる呼吸音で命がただ気絶しているだけだと分かると、冥は安堵の息を吐く。
後から追ってきた炎理がボロボロで倒れ伏す命の姿を見て、堪らず怒声を張り上げた。
「おい!鳴雷!テメェ、命ちゃんに何しやがったッ!」
「おいおい、いきなりやってきてそれは言いがかりが過ぎるんじゃねぇか、スペア共?俺様がそのチビをやったて証拠はあんのか?」
「どこからどう見ても、テメェしか下手人はいねぇだろうがッ!」
飄々とした態度で弁明を口にする景虎に炎理は怒りのボルテージを上げる。
先ほど聞こえた強力な雷鳴。生徒であれほどの雷の魔法を使えるのはこの学園でも鳴雷家の人間くらいのものだろう。加えて、明らかに模擬戦をしていたであろう現場に、隠そうともせず肩に担いだ巨大なハルバード型のMAW。状況証拠は十分すぎるほどに整っている。
だが、それでも景虎は小ばかにしたような態度を崩さないどころか、むしろより煽るように炎理に言葉を投げかけた。
「……はぁ、雑魚はいちいち吼えてねぇと生きられねぇから、うぜぇんだよなぁ」
「な、んだとッ!テメェ!」
「――で?とさか頭?俺様がそこのチビをやったとして、それに何か問題でもあるのか?」
「は?大ありだろうがっ!命ちゃんをここまで傷つけやがって!」
「だからどうした?模擬戦をしていたんだ。これくらいのことは付き物だろう?」
「ッ!」
自分が犯人だと認めたどころか、開き直るようにそう言ってくる景虎に炎理は二の句を告げれず、固まる。言い返せないのではなく、腕がプルプルと小刻みに震えているところを見ると、ただ単純に景虎の言葉に怒りが込み上げて収まりきらないだけのように見えた。
「ククッ!なんなら、俺様とここで一発おっぱじめてみるか?そのチビの仇を取るために?」
景虎は怒りに震える炎理の様子を的確に見抜き、さらに挑発をかます。
しかし、それに待ったをかけるように授業をしていた担当の教師が恐る恐るといった調子で鳴雷の会話に口を挟んだ。
「な、鳴雷君!さ、さすがにそんな勝手は!」
「あ?俺様よりも雑魚い先公が口出しすんじゃねぇよ」
「ッ!」
けれど、すぐさま一睨みされ、おずおずと引き下がる。
周りの生徒達は先生としてそれはどうなんだと思わなくもなかったが、誰一人景虎に口答えなどできるはずもなく、結果押し黙る形に。
そして、そんな中でここまで挑発されて、あまり気が長くはない炎理に我慢が利くとは思えなかった。
「――ああ、いいぜッ!そんなに
「おいっ!炎理!」
祢音の静止の声も聞かず、炎理は篭手型のMAWを展開し、地を蹴って駆け出した。
獲物がかかったとばかりに景虎は口唇を盛大に歪める。
半身になって己のMAWを構えて待ち受ける景虎と、駆け出す速度も利用して腰を捻り大振りに力を溜める炎理。
二人の距離は一瞬で縮まり、そうしてお互いのMAWが交差して、激しい衝突をした。
彼等の足元の地面が小さく窪み、衝撃が辺りに伝播する。
力と力の拮抗――だが、それも一瞬の出来事。
すぐに力関係がはっきりと表れるように炎理は押しつぶされるかのように抑え込まれる。
「カハハハッ!!!」
「ぐっ!」
景虎の凶悪な高笑いが響く反面、炎理は苦しそうに顔を歪めた。
(こんなものか……)
そして、景虎は冷めたような目つきで炎理を一瞥した後、力を解放し、手に持つハルバード型MAWを豪快に振り切きった。
「かはッッッ!!!」
その力に耐えられなくなった炎理は後ろに仰け反るように盛大に吹き飛ばされる。
地面を転がるように再度距離を離された炎理。
痛みに耐える彼を景虎は見下ろすように嘲笑した。
「軽いッ!軽いなッッ!!とさか頭!!」
「ッ!」
「そんなんで、そこのチビの仇を取ろうとしたってのか?――クハハ!百万年早ぇよ!!」
アリアからの技術を教わった炎理は、ここ最近飛躍的にその実力を伸ばしていた。元々直線的で短絡的な面の強かった炎理はあまり細かな技術を得意とはしていなかったが、反面ここ一瞬での爆発力には定評があり、その方面での技術力は着実にスキルアップしている。
しかし、それにもかかわらず、今の一瞬の攻防で景虎に完膚なきまで圧倒された。
傲慢でいけ好かない性格をしていても、やはりその実力は魔天八家の一角に連なる者だということなのだろう。
「てんで歯ごたえなくて、つまらねぇぞ!――おい!次は誰だ!?スペア共!?お前等も俺と戦るか!?」
命を支える冥と傍らで眠るように気絶する彼女に自らの
「お前はどうだ、無道!?こう見えて、俺様はお前への評価が高いんだぜ?入学早々、内部生を返り討ちにするなんて普通じゃあ、早々できねぇからな!俺様は一度お前と戦ってみてぇと思ってたんだ!だからさ!来いよ!お前もそのチビの仇を取りてぇだろ!?」
「……」
MAWの切っ先を向け、名指しで祢音を呼ぶ景虎。
祢音は命にその場での治癒を施しながら、一瞥を向ける。
「――お、れ、を無視してんじゃねぇ!!!」
だが、そんな時、祢音が返事をする前、完全に蚊帳の外へと吹き飛ばされていた炎理が立ち上がって、またも攻勢を景虎に仕掛けた。
その両の手からは燃えさかる炎が逆巻き、勢いよく周囲の空気を熱している。
明らかに炎理は本気でキレていた。命を傷つけられただけでなく、自分自身もここまで馬鹿にされたのだ。短気な炎理だからこそ、憤怒してもおかしくはなかった。
「ああ?チッ、お前の力量はもうわかったってぇのに……」
景虎は自分に突進してくる炎理を見て、目を眇めながら舌打ちした。炎理に対応するようにMAWからは雷撃がバチバチと迸り始めている。
「俺様から吹っ掛けたとはいえ、雑魚の相手はやっぱりめんどいな……」
「雑魚かどうかはこの一撃を食らってから判断しなっ!」
再度両者の距離が縮まり、先ほどの再現が起こりそうになった――その時。
「はぁ、遅いから何してるのかと思ったら……」
「「ッ!?」」
唐突に、二人の間に割って入る影が一つ。
その人物は片側で自らのMAWで景虎の一撃を防ぎ、もう片側では水の被膜を纏った手で炎理の拳を受け止めていた。いつも通りのくたびれた表情と怠そうな空気を纏い、颯爽と現れたのは祢音達の担任ーー村雨兵吾その人である。
「勘弁してくれよ、お前等。こんなところで何してんだよ?」
「せ、先生」
いけないことをしているのを親に見つかった子供のように、炎理は気まずげな表情を浮かべた。
「こちとらホームルームをさっさと終わらして帰りたいってのに、生徒三人が授業終わりに行方不明になったとか言われて、めんどいけど探しに来てみれば……」
「あん?誰かと思えば、村雨の先公じゃねぇか」
「おいおい、鳴雷。いくら俺がだらしないとはいえ、教師を呼び捨てにするなよ……」
「はんっ!俺様に名前を呼ばれるだけ感謝しな?俺様は俺様が認めた奴以外は名前を呼ばない主義だからな」
「いやいや、だからって呼び捨てにする理由にはならないだろうが……」
生徒だろうが、教師にだろうが、いつなん時も変わらぬ景虎のその態度を見て、兵吾はため息を吐く。
相変わらず、自分本位な奴だ、と。
結局、どうせ何を言っても聞かないだろうと考え、兵吾は注意を諦めた。
「――それよりも、この喧嘩騒ぎはなんだ?」
「……ッ!」
どこか気怠げな雰囲気が一転、殺伐とした気配を漂わせ、ギロリと兵吾の目が炎理に向く。
答えあぐねていた炎理に変わり、景虎が意気揚々と口を開いた。
「そいつがいきなり俺様に仕掛けてきたのさ。俺様は何もしていないというのに」
「……火野、本当か?」
「違うッ!俺はただ命ちゃんを傷つけたそいつをぶん殴るためにッ!」
「――魔法まで使ったと?」
「ッ!それは……ッ!」
兵吾の指摘に炎理は答えが詰まり、返事が遅れる。
すると、途端景虎は口元を吊り上げ、面白おかしく騒ぎ立てた。
「ほんと困るぜぇ!いきなり魔法を使って飛び掛かってくるもんだから、俺様ビビっちまったよ!」
「ッ!テメェ!ふざけんな!やる気満々って調子で構えてたじゃねぇか!」
「おいおい、嘘は駄目だぜ?とさか頭?俺はただお前の魔法に対処するために、戦々恐々とした気持ちで待ち構えてただけだってのによぉ?」
「こ、このッ!どの口でッ!」
景虎の性格を知っている者なら誰もが嘘だと分かるような言葉を、彼は平気で並びたてながら、炎理を煽る。その下手な演技に、炎理は再度ヒートアップしそうになる感情を抑えながらも、しかし、外面に漏れ出る
「……はぁ、そこまでにしろ。大体事情は分かった」
「お!さすが村雨の先公!どっちが悪いのか理解してくれたか?」「ッ!」
景虎は嬉々としてニヤリと笑い、炎理は苦虫を噛み唾したかのように表情を歪めるが……。
「ああ、お前等二人ともが悪い」
「……は?おいおい、ちゃんと話聞いてたか?どう考えても一方的に悪いのはこのとさか頭だろうが?」
「はぁ……鳴雷。俺がお前の性格を知らないとでも思ったか?何年前からお前を知っていると思ってる?どうせお前が火野を煽りに煽って、怒らせたんだろ?火野は仲間思いで短気な奴だからな。――鳴雷……あんまふざけるのも大概にしとけよ?そろそろ俺もキレるぞ?」
「……ッ!チッ!」
兵吾に鋭い眼光で睨まれながら図星を指された景虎は、つまらなそうに一つ舌打ちを返した。
「火野も、お前のその人を思い遣れる気持ちは魅力だが、反面その短気は欠点だぞ。魔法師にとって冷静さは欠かせない要素だからな。そこは反省しろよ」
「……うす」
炎理も軽く窘められるように、兵吾に叱られる。
結局、その後、兵吾がその場全てを取りまとめて、この騒動は事なきを得た。
いらない仕事が増えたと兵吾が嘆いていたとか、いなかったとか。
◇
そこは放課後の保健室。
気絶していた命が目を覚ましたのは、それから一時間後のことであった。
「……うぅ」
おぼろげな視界の中、命の目には三人の友人達が映る。
「起きたか、命」「命!」「命ちゃん!大丈夫か!」
三人が三人共心配そうな声を上げて自分を見つめてくる中、命は胡乱げな声を上げた。
「……私、は……」
「命は今の今まで気絶していたのよ?その直前のことは覚えてる?」
「……気絶……確か、模擬戦で……そうだ、負けた」
命は冥の言葉で不明瞭だった記憶を思い出す。
「……負けた。少しは強く、なったと思ったのに」
「だ、大丈夫だ命ちゃん!自慢じゃないが、俺も突っ掛かって返り討ちにあったからな!」
「炎理、お前……」
ショックを受けている命に炎理が新鮮な自虐ネタを引っ張って励まそうとする。
祢音は炎理の友人を励ますため自らの犠牲をも厭わないその高い志に、目を瞠った。
「……返り討ち?……炎理何したの?」
「あ、まぁ、ちょっとな……」
「このニワトリは、気絶した命を見て考えなしに鳴雷に挑んだのよ」
言葉を濁す炎理の代わりに、冥が端的に命の疑問に応えた。
「……虎に?」
「ええ、そうよ……って虎?もしかして鳴雷のこと?」
「……ん、幼馴染だから」
「「「え?」」」
意外な事実が発覚し、祢音達が驚愕に包まれる。
そんな中、炎理は命と景虎が幼馴染だと知って、より一層の怒りを燃やした。
「――てことはあいつ幼馴染にあんな攻撃を加えたのか!ふざけやがって!」
「……虎を、あまり悪く言わないで」
「な、なんで命ちゃんがあいつを庇うんだよ?」
「……虎は確かに意地悪で性格が悪い。強い人と弱い人の差別も激しい。でも、ああ見えて優しいところもある……それに、今日の模擬戦は、私が頼んだことだから……」
「頼んだことって?」
「……本気で戦ってって」
その命の言葉に祢音が疑問を呈した。
「なんでまたそんなことを?」
「……せっかく祢音のおかげで止まっていた成長が進みだした。……だから、どのくらい成長したのか見たかった」
「成長を見たかったって……俺等との鍛錬では駄目だったのか?」
「……祢音達だときっと遠慮する。……だから、私に遠慮せず攻撃できる人じゃないと駄目だった」
命の理由を聞いて、祢音は一理あると考えた。
確かに炎理や冥では命相手にするとき、必ず遠慮が出るだろう。二人はどこか命をマスコットのように猫可愛がっている傾向があるから。
冥が大きく息を吐いた。
「はぁぁぁ……そういう理由があったのね」
「……心配かけた」
「ほんとよ、もう!できればこれっきりにしてほしいわ……命の倒れている姿を見た時は本当に心臓が止まりかけたんだから!」
「……ごめんね」
「大事がなかったらそれでいいわよ」
二人は嬉しそうに微笑み合って、仲を確かめ合う。
傍らに立つ男二人はそれからしばらく空気になった。
◇
一日の終幕。夜空に月がかかり、地を淡い光が照らす刻限。
そこは周囲を塀で囲まれた、伝統的な高級日本家屋のある一室。
「何の用でしょうか?父上」
部屋を訪れたのは、透き通るような蒼穹の髪と瞳を持った一人の美青年だった。
発した声音は怜悧で冷たく機械の様で、そのどこか感情が欠落した物言いは人間味を感じさせない。
「来たか……とりあえず座れ」
そんな青年に返事を返したのはこの部屋の、いや、この家の主である男。座っているだけにも関わらず、その雰囲気はまるで冷たい刀の刃を思わせるような鋭い威圧感があった。雰囲気同様、鋭い眼光を青年に向けながら、命令するように口を開く。
男の言う通り、青年は畳の上に腰を下ろすとそのまま正座の姿勢になった。
青年が正座したのを見ると、男はゆっくりと呼んだ経緯を話し出す。
「正式に決まった」
主語も目的語も何もない漠然とした言葉。
もし横で話を聞いていた人がいれば、頭に疑問符が浮かび上がることだろう。
だが、男の目の前に座る青年はしっかりと理解しているのか、無表情で小さく頷いた。
「……そうですか」
「妹のことだというのに、随分と冷めてるな」
「それは父上に言われることではありませんよ。……それにこれはいつまでも足踏みしているあの娘の自業自得。もう三年も期間を与えたんです。この家に生まれたからには何かしらの使命を持つのが定め。これがあの娘の定めなのでしょう」
「ふっ、それもそうだな」
男は青年の言葉に小さく笑みを零した。
自分の息子なだけあり、随分と冷酷で無慈悲な判断を下すものだ。
しかし、次期当主として、家を第一に見るその姿勢は間違いではない。
きっとこいつは俺を超える歴代最強の当主となるだろうな、と男は密かに思った。
「それで父上。日にちはいつ頃に?」
「ああ、予定としては再来週となった」
「そうですか。では、それまでに僕があの娘を連れ帰ってこさせればいいということですね?」
「そうしてくれ。頼むぞ、
「わかりました」
霧刃と呼ばれた青年は月明かりに照らされるその和室で、表情をピクリとも変えず静かに頷いた。
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