第62話
基礎戦闘訓練の終了後。
祢音と炎理と冥は並んで、グラウンドから教室への帰路に就いていた。
「くっそぉ……俺だけ補習とか最悪だ!」
実は先の授業で運悪く紅脇に見つかり、そして逃げきれず捕まった炎理。
彼は授業前に紅脇の宣言を思い出して、嘆いていた。
「さすがに先生に見つかったのはドンマイだったな、炎理。悲鳴は俺のところまで届いてたぞ」
「くぅ!その余裕が今はむかつく!そもそもなんで先に逃げたんだよ、祢音!一緒だったら、標的を分散出来て、俺が逃げられたかもしれないのに!」
「いやいや、俺に責任転嫁するなよ……」
この後に待つ紅脇の特別補習が嫌すぎるのか、何とも理不尽な文句をぶつけてくる炎理に祢音は苦笑を浮かべて言葉を返す。
「捕まったのは自分の力量不足のせいでしょ。それをぐちぐちと祢音君に向かって……情けないわよ、ニワトリ」
そんな中、一緒にいた冥が炎理に正論を突きつけた。
「ぐっ!そ、そういうお前はどうだったんだよ!?」
「ふん、私はこれでも三人捕まえて、きっちり仕事を熟したわよ。何もできずに捕まったどこかの間抜けな誰かさんと違ってね」
「こ、このクソアマッ!いつもいつも一言多いんだよ!お前だってあの先生に目をつけられたらどうせ何もできやしないだろうが!」
「あなたと一緒にしないでほしいわね。少なくとも私は見つかっただけで無様に悲鳴を上げて、わざわざ他の攻撃側の人達にも自らの位置を知らせるような愚行は犯さないわよ」
「うぐぐぐっ」
全くもって口喧嘩では敵わない炎理は恨めしそうに冥を睨みつけて唸る。
が、そこでふと炎理は何かに考えついた様子でニヤリと厭らしく笑った。
「そういえば暗条、お前三人はちゃんと捕まえたらしいけど、祢音のことは結局最後まで捕まえられなかったんだよなぁ?」
「……だからなによ?」
炎理の言葉の意図が読み取れず、冥は目を細める。
「ケケケ!――では祢音に逃げられないといいな?」
「ッ!?」
冥に近づいて、祢音に聞こえないような小声で何かを囁き、さっと離れた炎理。
炎理から囁かれた言葉を脳が認識した途端、冥はカッと頬を赤く色付かせた。
「ククッ!」
その冥の変化を見れた炎理は、何とか一矢報いれたと満足そうな様子を見せる。
祢音達の少し先を歩きながら、気分良さげに鼻歌でも歌いそうな気配を漂わせる炎理。
だが、そんなことをしている間に、祢音の横を歩く冥からは黒い瘴気が立ち上り始める。
初めて冥をやり込めたことに、炎理は喜びを見せている場合ではなかった。
暢気にステップなど踏むのではなく、すぐさま逃げに徹するべきだったのだ。
デリカシーのない発言は女を敵に回す。
彼は乙女の逆鱗に触れてしまったのである。
「……ふふ、ふふふ、雄のニワトリって卵も産まない分際のくせに、囀るから鬱陶しいわよね?」
恥ずかしげな様子の一瞬前とは打って変わって、冥はいつの間にか黒睡蓮を展開して、不気味に口元を湾曲させた。
艶やかな黒髪の奥から覗く冥のハイライトが消えた瞳に祢音の顔が少し引き攣る。
「ん?あ、暗条?」
さすがに真後ろから漂ってくる不穏な気配に気がついたのか、炎理が振り返って恐る恐る声をかけるも、彼女の耳には届いた様子はなく、独白が続いた。
「やっぱり私達の安寧のためにもそういう存在は殺処分が一番よね……ねぇ、祢音君もそう思わない?」
「……あ、ああ、うん。で、でも殺しはさすがにやり過ぎじゃないか?」
「ふふ、祢音君は優しいわね。でも平気よ。殺した後はきちんと人間の養分となれるのだから、むしろ光栄なことじゃないかしら?」
「……」
いや、どこの独裁者?と内心で思わなくもなかった祢音。
話が聞こえていた炎理も恐々と一歩二歩後退り始める。
「安心しなさい、ニワトリ。あなたを殺した後はきっちりと解体して業者に卸しておくから」
「待て!暗条!本気で俺のこと別の動物だと思ってないか!?俺は人間だぞ!」
「あら?このニワトリ、人間の言葉を話せるなんてすごいわね。実はオウムだったりするのかしら?」
「いや、だから俺は人間って……ちょっ、暗条!?待て待て待て!!」
「まぁ、それでも方針に変わりはないわ」
ついには黒睡蓮の切っ先を炎理の鼻先に突きつけ、魔法までもを唱えだした冥に、炎理はハンズアップしながら、めちゃくちゃ慌てた様子で静止を求める声を上げた。
けれど、冥は止まる様子もなく、光の消えた瞳でぶつぶつと詠唱を続ける。
「おい、冥――」
さすがにこのままでは本気で冥が炎理を殺処分しかねないと思った祢音は、彼女を止めようと声をかけようとしたところで、しかし、それよりも前に天から降り注いだ強烈な雷撃の衝撃で三人は動きを止めることになった。
ズドンッッ!!
「「「ッ!?」」」
祢音達三人が今いる場所から比較的近くにある位置で発生した雷。
今日の天気は雲一つない晴れ日和だ。
その為、雷が落ちることなどあり得ない。
ということは今の雷は明らかに人為的に起こされた代物だということが分かる。
一寸前までのどこか茶番交じりの雰囲気も消え去り、祢音達三人は顔を合わせ、推測するように話し合う。
「雷?……誰かの魔法か?」
「どこかのクラスが模擬戦の授業でも行ってるんじゃねぇか?」
「……それにしては随分と強力な魔法だったわね。ただの模擬戦でここまで強力な魔法を使うのかしら?今の魔法は下手したら大けがどころか命に係わるレベルよ」
「……じゃあ、魔法演習の授業とかじゃないか?」
「……そうであってほしいな」
祢音はなにやら嫌な予感を感じて、ポツリと呟いた。
「近いし、とりあえず確認してみね?」
「……そうだな、行ってみるか」
どこか興味津々といった様子の炎理の言葉に祢音は頷く。
冥も文句はなかったのか、黙って二人の後についてきた。
そうして、三人が現場に辿り着くと、推測通りまだ授業中だったのか、どこかのクラスの生徒達と担任教師、さらには先ほど落ちた雷が気になったのか、野次馬根性よろしく部外者達が集まっていた。
祢音達もその輪に加わるように入り込むと、他の者達が見つめている先に視線を向ける。
円形になるように周囲に散る生徒達の中央、そこには二人の生徒がいた。
祢音達から見て奥側に立っていたのは肩にハルバード型のMAWを担ぐ大柄な男子生徒。菖蒲色の髪を天に突き立てるように短く切り揃え、整ってはいるが傲慢の色が常に滲み出ていて、人によっては不愉快を与える顔と、それは以前に祢音達に因縁をつけてきた相手――鳴雷景虎だった。
そして、その対面、つまりは祢音達の手前側にはピクリとも動く気配がない様子で体をうつ伏している女子生徒。桃色のショートカットに、同年代よりもさらに小柄な体躯と、それは祢音達もよく知る人物――白雪命が死んだようにそこに倒れ込んでいた。
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