第59話

 

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 勝敗は決した。

 すると、観戦者の間からもどよめきの声が上がる。


 一年のそれも外部生が内部生を打ち破っての勝利だ。

 ここ何年もなかった出来事に試合を見に来ていた学生達が驚愕の感情を表に出すのも仕方のないことであった。


「参ったわ」


 そんな中、最後に息が詰まるような打撃を受けた千早はこの少しの時間で回復したのか、立ち上がって冥に近寄ってきた。

 後輩に負けたというのに、彼女の顔には清々しそうな笑顔が浮かんでいる。

 

 冥は千早から唐突に差し出された手に少し困惑を見せるが、すぐに握り返し礼を述べた。


「……何とか勝てましたが、こちらこそ本当にギリギリでした」

「ふふ、そう言ってもらえると、少しは上級生の威厳が保てるかな?……それよりも暗条さん一つ聞いてもいい?」

「?……ええ、どうぞ」

「一体どうやって生身で私の炎熱壁を越えたの?」


 千早は先ほどまでの戦闘を振り返りながら、冥に尋ねた。


 冥が火炎流星弾をその身を削ってまで魔法で防ぎ、接近してきたことは素直に感嘆できる行為だと思う。

 ただ、自分の最後の砦の魔法であった炎熱壁をその身一つで突破してきたことだけは、衝撃と同時に未だに千早の中では疑問だった。

 

「……私は別に生身だったわけではないですよ、先輩。きちんとあの時魔法を発動していました」


 冥の言葉に千早が怪訝な顔を見せる。


「嘘はダメよ?あの時――あなたが炎熱壁に突っ込む時、魔法の発動兆候は全く感じなかった。あなたは確かに身体強化のみの生身のはずだったわ」

「それはそうです……あの時には、私はすでに魔法を発動し終えていたんですから」

「え?」


 そういって、冥は両の手でそれぞれ極簡単な詠唱も魔法名もない別種・・の魔法を二つ同時に発動して見せた。

 右の手には小さく浮かぶ黒い小球、左の手には小さく渦巻く黒い風。

 

 それを見た千早は小さく目を見開き、唖然とした様子で呟いた。


「並列行使ッ!?」

 

 並列行使――それは違う種類の魔法を同時にいくつも発動する魔法行使方法。

 言葉で表せば簡単に見えるが、知識として知るのと実際に試すのとではギャップが存在するように、考えるよりもこの技術は高難度である。

 右手で文字を書きながら、左手でボールをジャグリングするといった、左右別々で違う事柄を処理しないといけないようなイメージを持ってくれれば分かりやすいだろう。

 

 あの時、冥は暗黒の波動で千早の火炎流星弾を相殺すると共に、一緒に全身を纏うように展開した暗黒盾も発動していたのだ。

 なぜ、難度の高い並列行使をわざわざ行ったのかと言えば、千早に対する不意を突くためである。

 

 千早の攻防一体の魔法は確かに脅威だった。

 だが、そこに穴がないと言えばそんなことはない。


 冥が避けまわる際に見つけた小さな綻び。

 直列行使によって、千早が火炎流星弾に魔法を繋げるとき、炎熱壁の防御はわずかに減少する。炎熱壁を削って散らした火の粉を土台に、より強力な魔法を発動しているのだから、元となる魔法の力が弱まるのも当然のことである。

 その為、千早は毎回火炎流星弾の雨が止む前には炎熱壁を再生させる必要があった。

 

 冥はそこに気づいたからこそ、あんな無茶をしてまで接近を選んだ。

 さらには一発勝負が決め手の中、細心の注意を払い、直前に魔法の発動兆候を読まれて、最後の最後に対策を取られないためにも、冥は並列行使を試した。アリアから教わった技術のおかげでつい最近に成功したばかりの並列行使を。

 まだ成功確率もそんなに高くないにもかかわらず、本番で成功させることができたのは彼女の努力の賜物なのかもしれない。


「ふふふ、まさか一年生のそれも外部から入学してきた子が並列行使を使うなんて……これは完敗だわ。……一体今年の外部生はどうなっているのよ?並列行使を扱うあなたみたいな子もいれば、確か入学早々内部生をコテンパンに倒した子もいたわよね?」

「そうですね……結構噂になってましたからね、彼」

「彼?もしかして知り合い?」

「ええ、まぁ……」

「へぇ!いいねいいね!青春だねぇ!」


 ほんのわずかな冥の感情の揺らぎを察して、千早がにんまりとした笑顔を浮かべる。

 冥は何か嫌な予感を感じて、気圧されながら小さく後退った。


 その後、ステージを降りてからも二人の感想戦はしばらく続いたという。




 ◇




 そこは立候補者が決闘を終えた後、集まる控室。

 

 先ほど以上に疲れた様子の表情を見せる冥と、なぜか決闘を終えたばかりとは思えないような元気でつやつやとした姿を見せる千早が横並びに座っている。


 決闘後少し仲が良くなった二人は第二戦を巨大モニターにて観戦していた。

 

 画面越しにはステージに上る二人の男子生徒が映し出されている。

 二人の胸元辺りには一人が緑を、もう一人が赤を基調とした色合いのジャボが巻いてあった。

 

 この学園では一年が青、二年が赤、三年が緑といった具合にリボンやネクタイの色で学年を区別している。

 だから、あの場にいる二人は三学年と二学年の生徒ということになる。


「あ、神宮じゃん」


 千早は画面の中の一人が知った顔だったのか、ポツリとその人物の名前を零した。

 

 その呟きを捕らえた冥は、どこかで聞いた覚えのある名前だと思い、首を捻ってモニターを凝視した。

 しばらく画面の中を見ていると、唐突にある記憶が蘇る。


 それは襲撃事件のあった前日に行われた予選のこと。

 確か自分と同じグループで勝ち上がったもう一人がそんな名前をしていたと。


 前の予選の時は自分のことで掛かりっきりでしっかりと他の立候補者の戦いは見れていなかったが、今いる同じグループだった神宮という先輩の力は少しだけ覚えている。

 彼は自分だったらそれなりに苦戦するだろう相手を涼し気な顔で破っていた。

 それを見た時から、冥は神宮という男を警戒リストの一人に入れていた。


(この決闘で勝った方が次の私の相手……)


 すでに次戦に向けての決意を新たにする冥。

 

 そんな折、横にいた千早が妙なことを口走った。


「あ~良かったね、暗条さん。今回の風紀委員の一枠は暗条さんで決まりだよ」

「えっ?それは一体どういう……?」

「うん……まぁ、その内分かるよ」

 

 そう言って、千早はモニターへと視線を移す。

 冥は彼女の言葉にどこか懐疑的な視線を向けながらも、今はそれを置いといて、次の相手の研究のためにもこの第二戦の決闘をしっかりと見なければと思い、自分もモニターへと意識を集中させた。


 審判の合図により戦いが始まる。

 そして、冥は圧倒的蹂躙劇をその目にすることになった。


 合図と同時に画面の中の二人はMAWを展開する。

 三学年の方は弓型の武装を構えるが、神宮という名の学生は無手のままであった。


 その顔には余裕の色が浮かび、さらには挑発するかのように汚れ一つない純白の髪をかきあげては、先輩であるはずの相手に指を向けてくいくいと曲げる仕草を見せる。

 

 無論のこと、その立候補者の男は顔を赤く染め上げ、怒りを露わにした。

 途端、先制攻撃を仕掛けるように相手は弦を引き絞り、魔法で作った膨大な水の矢弾を討ち放つ。


 それは先ほどの決闘での千早の火炎流星弾にも負けない物量攻撃。

 

 神宮は避ける素振りも防ぐ素振りも見せない。

 ただ突っ立ているだけの案山子のようだ。


 ――しかし、全く身動きをしなかったにもかかわらず、決闘相手の男の攻撃は神宮に届く前にすべてが一瞬の内に何かによって打ち払われた。


『ッ!?』


 画面越しに男の息を呑む声が伝わってくる。


 観戦していた冥も何が起きたのか把握できなかった。


「お~相変わらずえげつない技術……」


 だが、冥と違い千早は何が起きたのかを理解しているようであった。


 思わず、冥は彼女に尋ねる。


「先輩はあの先輩が何をしたのか分かったのですか?」

「あ~まぁ、見えたわけじゃないが、あいつが何をしたのかくらいは分かってるよ」

「お、教えてください!」

「お、おお……随分と食い気味にくるね……」

「私はどうしても風紀委員になりたいので!」

「……ん~そこまで気にしなくても平気だと思うけど……まぁ、別にいいよ。てかそもそも、私神宮のことあんま好きじゃないから、あいつの手の内とか暗条さんにいくらでも教えてあげるよ」


 そういって、いたずらっ子のような笑みを浮かべた千早。

 

 ちょうどその時、タイミングよく神宮がモニターにでかでかと映し出される。

 すると、彼はカメラが自分に向いたことに気がついたのか、決闘相手から視線を外し、カメラ目線でポーズを取り始めた。

 

 髪をかき上げ、胸元を緩めては肌を晒す。

 さらには決め顔を作り、ウィンクまでする始末。

 しかし、顔の造りはお世辞にも整っているとは言えないので、何とも残念な光景になっている。


 それでも神宮は懲りずにモデルか!とツッコミを入れたくなるようなポーズを幾通りも披露していった。

 それはもう決闘のことなど忘れているかのように……。


 色々と見ている方は堪ったものじゃない。

 はっきり言って、ただただ果てしなくうざい。

 

 千早は気味悪そうに顔を歪め、思わず冥も真顔になった。


「うっ、やば、鳥肌が。……あいつのああいうナルシな所が大嫌いなんだよね、ほんと」

「……」


 一応、まだ試合は続いている。

 決闘相手もしきりに攻撃を行っているが、全て神宮には届かないのだ。

 なんかものすごく不憫な光景で居た堪れなくなる。


「はぁ、暗条さん。あいつの奇行は無視していいから、手元を見てみな」

「はぁ……」


 少しだけどうでもよくなり始めた冥だったが、やはり勝率を少しでも上げたいために素直に千早の教授を受ける。

 そうして、冥は気がついた。


「え、あれって……糸?」

「へぇ、さすが、よくすぐに気がついたね――そうだよ、神宮の使う武装は鋼糸という珍しいMAW。ピアノでも奏でるようにあの十本の指を動かしながら、あいつは相手を翻弄していくのさ。そう、ああいう風に」


 千早が示す通り、画面の中で神宮はただ防いでいるだけにもかかわらず、明確に疲れているのは決闘相手の男の方であった。

 神宮のバカっぽい行動に怒りを見せ、テンポも考えずに魔法を繰り返しては一つも届かず、ただいたずらに消耗している。

 まるですべてが神宮の掌の上で踊っているかのような試合運び。

 

 だからか、当然のように決闘相手の男は限界を迎えた。

 ハイペースすぎる心想因子オドの消費のせいで、ついに疲れがピークに達し、カクンと膝を落とすようにふらつく。


 その一瞬を神宮はすぐさま見抜き、直後、彼は腕を広げて指をピンと張り詰めるように伸ばし、この決闘で初めて魔法を発動した。


『美の極致にして頂!今日も世界の中心にして王者!有象無象よ僕にひれ伏せ!《光糸の斬撃サンレットリデューレ》!』


 …………詠唱?

 いや、もうただのナルシスト語りな気もするが、それとは裏腹に発動した魔法は強力の一言。


 ――光の中級攻撃魔法・第五位階 《光糸の斬撃サンレットリデューレ》。

 

 広げた手を重ね合わせ十の鋼糸を一つに纏め上げた途端、そこから極光が伸び、周囲を照らし出した。

 天井に突き出すように出来上がったそれは、もはや巨大な光の剣。

 

 先ほどの変な詠唱に引き気味だった観客や冥達もその幻想的な光景に見惚れるように動きを止める。

 決闘相手もただただ唖然と中空に伸びる光の剣に魅入り、固まっていた。


 そんな中、神宮は不敵に相手立候補者に声をかける。


『ふふ、降参したらどうです?さすがに今これを受けたら死ぬ可能性もありますよ?』

『………………クソッ!分かった、降参する』

『お利巧さん、それでいいんですよ』


 決闘相手の男はこの状況の不利を悟って、心底悔しそうなそぶりを見せながらも素直に神宮の言葉に従い、降参を宣言した。


 その瞬間、ブザー音が響き決闘が終了する。


 勝者はもちろん画面越しで今周囲に投げキッスを送っている男――神宮翔也。

 敗者である三学年の男はただただ項垂れるように頭を下げていた。


 明暗の別れるその構図を見て、冥がポツリと漏らす。


「……強いですね」

「それは当然よ。あんな変人でも、一応は私達の学年の実力トップなんだから。弱いはずないわよ」

「……」


 冥は千早の言葉を聞いて、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


 正直、今の決闘を見た後で神宮に対する勝ち筋が全く見えなかったのだ。

 いくら頭でシミュレーションを行っても、まるで勝利するビジョンが見えない。

 これでは風紀委員に成れないと、冥は焦った。


 そんな冥の様子に察しの良さですぐに気がついた千早は不安を顔に出す彼女に声をかける。


「そんな心配しなくても、暗条さんは必ず風紀委員に成れるわよ」

「さっきもそんなことを言ってましたけど、それは一体どういう……?」

「ふふ、まぁ、あなたは運がいいってことよ。なにせ次の相手が極度のナルシストで変に紳士ぶった行動を取りたがる変人――神宮翔也なんだからね」

「はぁ……」


 何か確信しているかのように断言する千早に、冥は訝しげな視線を向けて空返事をするしかなかった。


 だが、その言葉通り、次の日の決闘は冥の不戦勝で勝ち上がりが決まる。

 

 冥は図らずも風紀委員の席を獲得したのであった。



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