第24話 似た者同士


 翌日、祢音の目覚めの気分は最悪と言ってよかった。アリアに無理矢理襲われて起こされた時とはまた違った、倦怠感が体を重くしている。何よりあまり寝れた気分ではない。


 昨日、約十年ぶりくらいに再会した実の姉と妹。


 一方的に切り捨てるように、彼女らに見切りをつけ、生徒会室を出ていった後、祢音はクラブ活動見学をする気分ではなくなり、そのまま学生寮に戻った。


(炎理と命には悪いことをしちまったな……)


 あの後、携帯情報端末で二人に先に帰る旨のメールを送ったが、それでもいきなりだった為、戸惑いを与えたかもしれない。


 起き上がった祢音は自分の姿を見て、ため息を吐く。


 着替えないままでベッドに倒れこんだせいで、制服にかなりしわができていた。着衣の乱れは心の乱れとはよく言ったものだ。


(あそこまで感情を表に出したのはいつ以来だろうか。もしかしたら初めてのことかもしれないな。実際、強くはなったけど、心はまだガキのままだ……)


 内心で自嘲するように笑う祢音。


 最後に二人に憎悪の感情を露わにしたことを後悔しているのだ。祢音が思うに、あれは子供が癇癪を起したような行為だった。紅音の言葉が癇に障ったからと言って、迅動を使ってまで殺意を剥き出しにする必要はなかった。


 俺はもう昔とは違うという実力のアピールも込めた忠告だったが、さすがに幼稚すぎる行動だったと、部屋に戻った時に反省したのだ。


 そんな暗い気持ちを一掃するためにも、祢音は制服を脱いで、シャワールームに入る。この憂鬱とした気分をシャワーの水とともに排水溝に流し込みたかった。


 それから祢音が学園へ行く仕度をし終えるまで、いつもより五分ほど時間がかかった。きっちりとした祢音にしては珍しいことだ。


 それは学生寮のフロントで先に待っていた炎理からも言われたことだった。


「珍しいな?祢音が時間通りに来ないなんて。やっぱ昨日なんかあったのか?」

「……まぁ、ちょっとな」

「……何かあったかは聞かないでおくわ!ただ!友達なんだから、困ったら相談しろよ!」


 本当に友達想いな男だ。これで、短気な性格を直し、女の尻を追いかけなければ、絶対にモテるようになるはずなのに……残念でならない。


 その炎理の温かい言葉や気遣いに祢音は感謝するのだった。


「はは、ありがとな」

「気にすんな!」




 ♦




 武蔵学園の授業で魔法を取り扱った科目は全部で七つ。魔法史、基礎戦闘訓練、応用戦闘訓練、基礎魔法修練、応用魔法修練、魔法系統学、魔法工学の計七科目。そこに通常の高等学校で取り扱う一般科目である語学、数学、国語、社会学、化学、物理学の計六科目を入れ、カリキュラムが組まれている。魔法系統学と魔法工学は選択科目であり、さらには語学も習得したい言語を自分で選択できる形式だ。


 現在の時刻は昼休みを終え、五限目に突入していた。


 金曜日の一年Ⅴ組の五限目と六限目の授業は基礎戦闘訓練の時間。


 高等部の一学年時は主に基礎戦闘訓練と基礎魔法修練、二学年時に応用戦闘訓練と応用魔法修練、三学年時には実戦といったカリキュラムになっている。


 Ⅴ組からⅧ組の基礎戦闘訓練の担当教師は紅脇厚盛べにわきあつもりという人物。


 担任であるはずの村雨兵吾は応用戦闘訓練の担当なため、主に戦闘訓練は上級生に教えているのだ。


 紅脇はとにかく熱く、やる気に満ち溢れた教師だ。熱血タイプと言ってもいい。完全に兵吾とは真逆の人種だった。


「おぉっっっしぃぃぃ!!!今日もやってきますかぁぁぁ!!!まずはぁぁぁ!!!怪我をしない様に軽いストレッチからぁぁぁ!!!」


 エコーがかかったかのような大声が実技棟の第三演習室に轟く。広さは百人が詰め寄っても余裕があるはずなのに、演習室全体に響く程大きな声なのだから、声量がおかしい。


 間近で聞いていた生徒の一人が耳を塞ぐようにして、しゃがみこんだ。


「せ、先生!こ、声が大きいです!」

「おっっ!!ハッハッハ!!それはすまんかったぁぁ!!」


 一人の生徒があまり出さないだろう大声で抗議する。それを聞いた紅脇は幾分かトーンを落として、謝罪した。


 が、実際はそんなに変わってない。


「まだ大きいです!」

「おっ!そうかっ!すまんなっ!」


 さらに少し下がるが、まだ大きい。


「まだです!」

「むっ!まだかっ!?」


 まだ大きい。


「まだっ!」

「むむっ!まだなのかっ!?」


 まだ大き――(以下略)


 これがあと数回は続くが、実はこれ以上抗議しても紅脇の声量は変わらないと何回かの基礎戦闘訓練の授業で学習した生徒達は最後は諦めたように肩を落とす。


 基本ここまでが、最近の基礎戦闘訓練でデフォルトみたいな感じになっていた。そして、この後に悟ったように柔軟を始める生徒達も最近はよく見る光景だ。


「紅脇先生のやる気と熱意を一割でも村雨先生に分けてやれば、もう少しはあの先生も真面目になると思うんだけどな~」


 いつものやり取りを見て、身も蓋もないことを炎理が呟く。これまた毎回のことだった。


 それから、数分経ち。


 紅脇は独特のエコーがかかった大声で生徒達に呼びかけた。


「おぉっっしぃ!ストレッチも終わったことだぁ!そろそろ始めるかぁ!」


 魔法で軽い怪我程度ならすぐに治る時代だが、それでも前時代的な本格的な運動の前の準備体操というものは今も残っている。魔法師学校の教師の中ではそういうのを毛嫌いして、やらないという教師もいるが、紅脇は逆で、そういう受け継がれている伝統を守っているタイプの教師だった。


「前回はぁ!二人一組になって身体強化のみでの格闘訓練を行ったがぁ!今回はぁ!MAWも解禁するぅ!」


 基礎戦闘訓練では身体強化や格闘術、武器術の技術底上げが主な目標となっている。魔法を織り交ぜた戦闘が有りになるのは、基本、応用戦闘訓練に入ってからだ。つまり二学年からになる。


 だが、稀に――


「無道ぅ!お前はぁ!また俺とだぁ!」


 ――周りから飛びぬけている生徒がいる場合、彼らは教師に戦闘訓練を施されることがある。その場合、先取りで身体強化やMAW、魔法とすべてありの実戦に近い訓練が施されるのだ。


 祢音もそんなうちの一人だった。


 すでに教員の間でも、入学してすぐに魔法決闘マギア・デュエルで外部生が内部生に勝ったことは知られている。それが祢音と碓氷だということも。


 さらには、一回目の基礎戦闘訓練で紅脇は祢音の戦闘能力をまざまざと見せられている。その為、奇数人数の関係もあり、毎回の基礎戦闘訓練で祢音は紅脇と戦うことになっていた。


「やっぱ無道ってすげぇよなぁ」

「それはそうよ!だって入学試験で教師を倒したのよ?すごくないわけないでしょ!」

「それに、イケメンだし!私達のクラスでも一、二を争う美男だよね!」

「強くて、かっこいいとか……天はなんで俺じゃなく、あいつに二物を与えてしまったんだ!」

「僻みは止めなよ、男子~。小っちゃいぞ~」


 指名される祢音を嫉妬半分羨望半分で見つめるクラスメイト達。これも基礎戦闘訓練ではお馴染みになってしまった光景だ。


 そんな中、紅脇に待ったをかける人物が一人。


「先生、少しよろしいでしょうか?」

「おっ!どうしたぁ!暗条ぅ!」


 挙手して発言したのは冥だった。


 冥は許可を求めるように紅脇にそう言うと、続けるように、


「無道君と一度戦ってみたいのですが、ダメでしょうか?」


 と祢音と戦闘訓練をしたいという意思を紅脇に伝えた。


 それを聞いた紅脇は一瞬黙考するも、すぐに祢音の意思を確認するように問う。


「ふむぅ!……無道はどうだっ?」

「俺は別にいいが……」

「うむっ!そうかぁ!じゃあ、いいぞぉ!」


 


 祢音と冥の戦闘訓練は承諾され、最終的にはクラスで一番最後に行われることになった。その理由というのも、単純にクラスで一位、二位を争う実力の持ち主である二人の戦いの後じゃあ、やりにくいという批判からだ。


 冥は祢音に続いて、クラスでも二番目には高い戦闘能力の持ち主。身体強化の技術もさることながら、格闘術にも優れ、今のところⅤ組の生徒のほとんどに負けなしだった。


 ガキンッ!という音が第三演習場の中央から響いてくる。そこでは二人の生徒が自身のMAWをぶつけ合うようにして、鍔迫り合いを繰り広げていた。


 祢音は現在、脇に反れて、他のクラスメイト達の戦闘訓練を見ていた。


 そんな祢音に横で一緒に見ていた炎理が話しかけてくる。


「祢音!あのすかした女、ボッコボコにしろよ!」

「ボッコボコって……負ける気はないけど、そこまで徹底的にやるわけないだろ」

「いや、ダメだっ!あの女には一度現実を知ってもらう必要があるんだっ!」

「熱弁すんなよ……だったら自分でやればいいじゃねーか?」

「い、いや、お、俺は……なぁ?」


 最初の勢いはどこへやら。祢音に指摘されると、口ごもるようにどもる。そんな炎理を見て、まるで話を聞いていたかのように、ベストなタイミングで冥が会話に割って入ってきた。


「ニワトリさんには無理でしょうね。何せこの前の戦闘訓練の時に威勢よく私に挑んだくせに、ボコボコにやられたものね?」

「ぐぬッ!あ、暗条……」


 ここぞとばかりに冷笑を浮かべ、炎理を挑発しに来た冥。いつもは何かと因縁をつけて絡んでくる相手にたまには仕返しがしたくなったのかもしれない。


 この二人の喧嘩はすでに祢音にとっては恒例行事になっている。基本は炎理が冥に絡むことばかりなのだが、たまにこうして冥から炎理を挑発しに来ることもあるのだ。


 結構本気な雰囲気で争っているように見えるが、この二人にとっては一種のコミュニケーションだったりする。喧嘩友達というよりかは、喧嘩知人みたいな関係だ。


「まぁ、このニワトリは別にいいとして……無道君」

「なんだ?」

「手加減は一切無用よ。私の力があなたにどれだけ届いているのか知りたいから、本気でかかってきて頂戴。用はそれだけだから」


 冥の本当の用事はどうやら祢音への宣戦布告だったらしい。炎理への挑発はついでだったのだろう。


 一歩的にそれだけを言うと、冥は祢音の返事も聞かず、二人からさっさと離れてしまった。


 それを見て、炎理は気に入らなそうにぼやく。


「くっそ!やっぱ、すかしてる女だぜ!」


 祢音は去る後姿を見ながら、冥の言葉から伝わってきた感情を考えていた。


(本当に似ている。見返したくて、復讐したくて、力を求めていた昔の俺と……)


 共感できてしまうからこそわかる。彼女はきっと復讐者だ。自分のすべてを賭してでも叶えたい大願があるのだろう。


 今でこそただ憎悪という感情を持つだけになってしまっているが、昔の自分はそれこそ今の冥以上に復讐に取りつかれた鬼だった。


 どんな目的を持っているのかはわからないが、ただ、復讐は良くないと祢音は彼女を諭すつもりはなかった。未だ憎しみを抱き続けている自分がそれを言っても説得力は皆無だからだ。


 むしろ彼女の意思に応えるつもりだった。


 どんな目的にせよ、強くなりたいと願う人間が祢音は嫌いじゃない。


 力が求めるがために、祢音と本気で戦いたい。


 ――なら、自分もそれに応えよう。


 祢音はそう思った。



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