第23話 憎しみ湧き立つ再会Ⅱ


 祢音が元家族である姉妹の二人を認識した瞬間、心の内に湧きだしたのは深い憎悪であった。自身の制御を離れ、内で暴れるその感情に、祢音は何とか拳を固く握りしめ、表面上は冷静な姿を見せる。


 それはここで爆発させていいものではない。憎悪によって感情の制御が利かなくなっている今の祢音でも何とかその位の分別を弁えるくらいの頭は残されていた。


 祢音の眼前にいる二人はというと、紅音は故意的に表情を消し、その心は伺い知れず、朱音はなぜか敵意を隠そうともせず睨みつけてきていた。


 対面した瞬間に何処か険呑な雰囲気に包まれた生徒会室。何故か一触即発の空気に横で紫苑がおろおろと焦る素振りを見せる。


 その様子を見た紅音は悪いことをしたかなと内心苦笑して、紫苑に話しかけた。


「悪いわね、紫苑。少し、三人だけで話をさせてもらえないかしら?」

「えっと……大丈夫よね?」

「ええ、危ないようなことは絶対にしないわ。もし危なくなっても、私が止めるから。紫苑なら私の実力を知っているでしょ?」

「……そうね、わかったわ。ほんと気を付けてよね?」

「ええ、ありがと」


 紫苑は紅音の実力に全幅の信頼を寄せている。だからこそ、少し心配しながらも、そう感謝を告げる紅音を最後に横目で伺い、紫苑は生徒会室を出ていった。


 残されたのは血の繋がった三人の兄妹達。


 祢音は成長した二人に視線を向ける。


 祢音にとって眼前の姉妹を褒めるのは癪だが、客観的に見ても、女性らしく綺麗に成長していた。


 姉である紅音は焔魔家の特徴である赤より濃い紅色の髪を肩の長さまで切りそろえたショートヘアーに祢音とどこか似通った顔立ち。身長も伸びていて、テレビに登場するモデルと言われても違和感のないスタイル抜群の美人に育っていた。


 妹である朱音は姉と同じ紅色の髪を左右で二つに結んだ、ツインテールスタイルの髪型。さらには、男と女という違いから誤差などはあるが、祢音とほぼ瓜二つの顔立ちをしていた。髪色や髪型、体格などが違わなければ、見分けがつかないかもしれない。それほどまでに二人は似通っていた。


 紫苑が祢音に抱いた既視感もこれが原因だ。朱音と知り合いだったからこそ、ほぼ瓜二つな顔立ちの祢音に、彼女は初対面の印象を受けなかった。ただ、すぐに朱音に似ていると気づけなかったのは、髪色や髪型、性別などの外見的特徴に誤差があったからだろう。


 対面する三人の間に沈黙が続く。それを最初に壊したのは、やはりというか、年長である、姉の紅音だった。


「久しぶりね……祢音」


 言葉からは正確な感情を測れないが、その声音からは少しだけ親しみの熱がこもっているように祢音は感じた。だから、余計その熱に憎悪を刺激される。


 ――……俺を突き放して、見捨てたお前がなんでそんな感情を俺に向けてくるッ!


 と、心の奥深く、祢音の本心は憎しみを募らせる。


 しかし、そんなことはおくびにも出さず、ただ冷たく紅音をあしらった。


「……俺としては会いたくなかったよ」

「ッ!?」


 表面上は冷静に見える祢音だが、その声や言葉からは強く暗い”想い”が滲み出ていた。撥ね付けるようなその言葉に紅音は気づかれないように小さく唇を噛み締める。


 袮音の態度が気に入らなかったのか、やり取りを横で見ていたもう一人の血の繋がった妹が割って入るように、怒鳴りつけてきた。


「無能の分際で何よその口の利き方ッ!」


 姉である紅音を袖にされたことで妹の朱音が猛ったのだ。さらに、続けるように祢音を糾弾する。


「そもそもなんであんたがこの学園にいるのよッ!?色なしで、無能のはずでしょ!!」

「この学園にいるのはもちろん入学試験に合格したからだが?」

「それがありえないって言ってるのよ!!」

「俺だってもう子供の時とは違う。強くなった」

「ふざけないでッ!色なしが!魔法が使えない無能が!強くなれるはずないでしょ!!」

「それはお前の価値観だろ?実際に今、俺は合格してここにいる。自身の価値観を俺に押し付けるのはやめろ」


 何故か仇を見つめるような目つきで吠える朱音に、祢音は淡々と感情を覗かせず、対応していた。それはまるで決められた動作を覚えこまされた機械のように。


 憤然と燃える怒りを祢音に向け、今にも物理的に衝突しそうな雰囲気を醸し出した朱音にまずいと感じた紅音が、すぐさま窘めるように動く。


「朱音!止めなさい!」

「なんでよ!姉様!だってこいつのせいでっ!」

「私は止めろと言っているの!わからない?」

「うっ……ごめんなさい」


 紅音から強い一喝を受け、朱音は怯えるように小声で謝り、大人しくなった。叱られて、肩を竦めるように縮こまっている姿は少し犬を連想させる。


 落ち着いた朱音にほっと安堵した紅音は祢音に話しかけた。


「大きくなったわね、祢音」

「……十年くらい経ってるからな」

「そうね……どうやら、相当強くなったようね。確かに碓氷家の嫡男を倒しただけのことはあるわ」


 まだ精度は低いが、紅音も兵吾や祢音と同様に、相手の力量を測る目を持っていた。そのおかげで、前に立つ祢音の力も漠然とだが、理解したのだ。


 紅音に叱られて、しょんぼりと肩を落としていた朱音が、驚いたように顔を上げる。


「うそッ!?こいつが魔法決闘マギア・デュエルで碓氷才牙を倒したっていう外部生だったの!?」

「ええ、そうよ。紫苑が審判をしていたらしいから間違いないわ」


 信じられないとばかりに目を大きく見開く朱音。その向けてくる視線は魔法が使えない祢音がいったいどうやって内部生の中でも優秀な碓氷を倒したのかという疑問で満たされていた。


 だが、祢音はそんなこと知らんとばかりに二人にドライな対応で問い返す。


「……そんなことを話したいがために生徒会長を使ってまで俺を呼び出したのか?」

「違うわ。ただ、会って確かめたかったの。本物の祢音かどうか。私の弟かどうかを」

「……今更会って、俺に何の用がある?」


 単純な疑問だった。なぜ自分を拒絶したにもかかわらず、今更自分に会おうとするのか。捨てられる直前、縋る自分をあれほど強く拒んだくせに……。


「……あなたに謝りたかった。色なしと分かった直後に、周りと同じようにあなたをいない者として・・・・・・・扱ったこと・・・・・、ずっと謝りたかった。謝って……そして、できればまた家族として一緒に暮らしたい」

「は?」「姉様!?」


 紅音の語った願望混じりの内容。祢音と朱音は二人して、思わず呆気にとられる。反応はやはり双子なだけあるのか、祢音としては面白くないだろうが、全く一緒のタイミングだった。


 朱音は姉の口から出た言葉にありえないとばかりに憤然と食って掛かる。


「なぜですかッ!?なぜ姉様が謝るんですかッ!?こいつのせいで姉様はどれだけ苦労してきたのか忘れたのですかッ!こいつが色なしなんかに生まれるから!姉様はッ!私はッ!」

「朱音!私は止めなさいと言ったでしょ!それに、祢音だって色なしに生まれたくて生まれてきたわけじゃないわ!」

「止めない!約束も破って、私達の前からいなくなった・・・・・・!姉様にものすごく苦労を押し付けた!私達の期待を裏切った!全部こいつが色なしだから!」

「……朱音」


 すべて吐き出すかのように、朱音は姉に自身の感情を露わにさせる。紅音はその姿を見て、悲しそうに表情を歪めた。


 そんな姉妹が言い合いをしている前で祢音は固まったように動かない。二人の話している内容も耳に入ってこない。まるで祢音の周りの空間だけ切り離されたかのように。


 紅音の宣った願い。その願いは祢音からしたら、絵空事のような代物。自分勝手で相手を慮っていない、完全に一人よがりの考え。


 紅音の願いを咀嚼して、意味を理解した瞬間、蓋をしていたはずのヘドロのようにへばりついていた悪感情が心を侵食するように、祢音の内を満たし始めた。


 ――……ふざけるなよッ!今更どの面下げて謝りたいだとッ!?果ては一緒にまた暮らしたいッ!?あれほど強く自分を拒んだくせに!あれほど強く自分を蔑んでいたくせに!

 

 ――……心想因子オド量が尋常ではなく多いという理由から、勝手に期待を寄せて!


 ――……色なしと分かった瞬間に、手のひらを返すようにそれが失望に変わって!


 ――……無能と判断された時から、分家連中にはおもちゃのようにもて遊ばれて!


 ――……誰も助けてくれず、最後にはゴミのように捨てられた!


 祢音の内に逆巻くように渦巻く憎しみの炎。走馬灯のように昔の嫌な記憶が回想され、次第に酸素がくべられ、火が大きくなるように、昔の記憶が祢音の憎しみの炎を大きく加速させる。


 そして――


「ふざけるなよッ!!!」


 ――血が滴るほど強く握りしめていた拳でどうにか抑えていた憎悪の感情がついに爆発した。


 朱音の怒りを塗りつぶすように、はるかに強い憤怒が生徒会室を満たす。怒り任せに叫んでいたはずの朱音やそれを窘めていた紅音の動きが止まるほどその怒気は強く、憎しみに満ち溢れ、加えて、悲し気だった。


「……祢、音?」


 呆然とした調子で紅音が呟く。


「謝りたい?謝って、一緒にまた家族として暮らしたい?ふざけるのも大概にしとけよッ!お前らが俺にしたこと忘れたとは言わせねぇ!」


 強すぎる負の感情を乗せた怒りを向けられ、紅音も朱音も固まってしまう。祢音の想像以上の恨みを感じて、二人とも言葉を失ってしまったのだ。


「勝手に期待しといて!勝手に失望して!最後には俺を拒んで、ゴミのように捨てた・・・くせに!今更謝罪も家族に戻ることもあるわけねぇだろ!」


 祢音がここまで相手に当たるように自分の感情を吐露するのは珍しいことだった。ここまで強い感情の発露は今まで一度も見せたことがない。それはアリアと暮らしていた時もだ。


「ね、祢音……わ、私は……」

「……」


 紅音は何か言い繕おうとするが、出てくるのは戸惑う声だけ。朱音は強い負の感情に当てられ、未だ再起出来てはいない。


「正直――」


 そんな姉妹に祢音は怒りを携えたまま、前振りを置くかのように、そう言うと、一瞬で後ろに回り込み、二人の後ろ首を掴むように触れた。


「「!?」」


 三メートルは離れて、向かい合っていたにもかかわらず、祢音の初動をまるで見抜けなかった二人は戦慄したように震える。そんな彼女らに祢音は後ろ首に手を置いたまま、


「――俺はこのままお前ら姉妹を殺したい。それくらい俺の憎悪は本物だと今、気が付かされたよ。……でも、殺すことはしない。それをすれば俺の大切な人がきっと悲しむ。それに、この学園でできた友人達も悲しませちまうことになる。……だから、もう俺には関わらないでくれ」

「「……」」


 間近で響く血の繋がった実の弟からの殺意に溢れた声音は、紅音の心に鋭い痛みを与える。朱音の方は、今の挙動だけで、自分と祢音の力の差を感じてしまい、あり得べからざる事実にショックを受けていた。


 姉妹に向けて、一方的にそれだけ言うと、祢音は手を放し、そのまま二人の間を通って、生徒会室から出ていく。


 その後ろ姿を、紅音は悲しみの籠った複雑な視線で見送り、朱音はさらに敵意を募らせた視線を向け、射殺すように見つめていた。



 

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