第19話 再会Ⅰ


 祢音が兵吾に連れてこられたのは、実技試験の時に使った第三演習室だった。


「先生、俺だけここに連れてきて、一体何をする気だよ」


 未だ兵吾の意図がわからない祢音は、仲間外れにされた感じもあって、若干イラついた態度で兵吾に尋ねた。


 それに対し、兵吾は飄々と応える。


「何って……お前と戦いたいから、またここに連れてきたに決まってんだろ?」

「はぁ!?」


 一体何を言っているんだこのおっさんは!と取り繕うこともなく、驚愕を露わに祢音は叫んだ。


 今は基礎魔法修練の時間であり、基礎戦闘訓練の時間ではない。いろいろと言いたいことはあるが、とりあえず、祢音はこれだけは言っとかなければならないと思い、面と向かって兵吾に宣った。


「あんたマジで教師?」

「ククク!まぁ、そんな反応になるよな!アハハハ!」

「笑い事じゃないだろ……いいのかよ生徒より自分の欲求を優先して」

「大丈夫だ!今回はあっちに風間を向かわせてある!あいつは俺なんかよりよっぽど教えるのがうまいからな!」


 まったく反省の色もなく堂々とした兵吾の姿には、逆に尊敬の念を抱きたくなるような雄々しさがあった。抱く気はないが……。てか抱いてしまったらダメだろう。兵吾と類友など、人間として終わりな気がする。


「てか、風間先生はよく了承したな、このこと。朝、喧嘩的なことしてたはずだろ?」

「あーまぁ、どうしてもお前とりたかったから、少し身を削って、頼んだんだよ。あいつもちょうど授業がなかったぽいし、運がよかった」

「運がよかったって…………なんでそんなに俺と戦いたいんだよ?一度負けたからか?」

「何言ってんだ?強い奴がいたら、戦いたいと思うのは普通だろ?お前も俺と同じ匂いがしたから、わかると思ってたんだけど……違うのか?」

「……」


 一緒にされるのはなんか癪だが、兵吾の言いたいことに共感できてしまう祢音。自分も確かに同じだからわかる。強い者を見たら、戦いたくなってしまうという戦闘狂のさがとでもいうべき性質。祢音にもそういうところが無きにしも非ずだった。


 何も言ってこない祢音に、兵吾は得意げに笑う。


「クク!言い返せないだろ?」

「……まぁ、否定はしない」


 認めた祢音に兵吾はさらに愉快そうに顔を歪めた。見透かされたことに祢音はあまりいい気分じゃない。少し憮然とした態度になってしまう。


 そんな祢音に兵吾は、


「それに、これは一応お前のためでもあるんだぜ?」


 とさらに何か意味深なことを述べてきた。


 言われた内容の意味が分からず、祢音は首を捻って、聞き返す。


「?……どういうことだ?」


 続くようにして、返ってきた兵吾の言葉に、袮音はさっきをはるかに上回るレベルで、愕然とさせられた。


「だって無道、お前、魔法使えない・・・・・・んだろ?」

「なっ!」


 兵吾から断定されるように問われことを脳が処理するのに、祢音は数秒ほどの時間を要した。そして、それが脳に刻み込まれ、言葉として認識した瞬間には驚きで完全に固まってしまう。


 硬直した体に反して、祢音の脳は回転するようにバレた原因を探り始める。


 なぜ兵吾は気付けたのか。自分はあの力を一回しか見せていない。せいぜい、わかったとしても表面的な、それこそ魔法を無効化したことくらいのはずだ。現代の魔法で魔法の無効化は種類は少ないがそれなりに存在する。なのになぜ、自分の根本的な問題である、魔法を使えないことに辿り着いたのか。


 それでは、自分の力のからくりに完全に気づけたと言っているようなものだ!


 固まる祢音の姿を見て、兵吾は自分の予想が当たっていることを確信した。


「やっぱりそうなのか……」


 小さく呟く兵吾に、祢音はハッとなって気がつく。もしかして自分は今、鎌をかけられたのではないかと。


「……まさか半信半疑だったのか?」

「まぁな。一応理論上はできるという研究資料があったけど、実際実在するとは思ってなかったからな。初めてだよ、まさか無属性・・・をあんな風に使ってるやつがいるなんて」

「はぁ、俺もまだ未熟だな。まさかあんな馬鹿正直に顔に出すとは」

「いや、俺もこの仮説が当たりだとは考えていなかったよ。一応、髪色から、闇属性系でも考えてたんだけど……」

「そうか。…………にしても、クク!アハハ!!さすがは全天ウラノメトリアの一人だわ。予想だったとはいえ、まさか、たった一回見せただけで俺の力のからくりに気付くなんてな!」


 自分の失態もあったが、祢音は自分の力のからくりを完全に兵吾の前で認める。だが、本人は全くと言っていいほど気落ちはしていなかった。というか逆に嬉しそうだ。


「あれ、あまり落ち込まないのな?」

「なに、先生も俺と同類だったらわかるだろ?確かに戦いで手札を知られることはまずい。だけど、そんなことがどうした。些細な問題で、別に大したことではない。要は力の使い方だ。むしろ、自分の手札を知っている相手を攻略して、負かせる方が興奮する!」

「ククク!!!やっぱお前とは話が合いそうだわ!」

「アハハ!!俺もそう思うよ!」


 馬が合うとでもいうのか。きっと戦闘狂は通じ合うのかもしれない。


 最初とは大違いで、気が合いだした祢音と兵吾。緑が見ていたら、戦闘狂の思考は意味わからんと言って、呆れ果てたことだろう。


 戦闘方面に関しては、兵吾と類友な祢音。兵吾のようなダメ人間にはならないでほしいと願いたいものだ。


 二人はひとしきり笑い合った後、まるで長年気の合った友のように、一瞬にしてお互い距離を取って構えた。


「いいね!やる気になってくれたか!」

「ああ!気が高ぶっちまったよ!」

「そう来なくっちゃな!」


 そうして、二人は駆け出すと、演習室の中心でぶつかり合うのだった。




 ♦




 放課後。


 あの後、祢音と兵吾は、結局緑が呼び戻しに来るまで、しこたまり合った。MAWや魔法はお互い使わず、身体強化だけの格闘戦を繰り広げ、結果すべて祢音の勝利で終わった。しかし、負けたというのに、兵吾の表情は清々しかったと言っておこう。


 戻った後、クラスメイト達にいろいろと質問をされ、少数には嫉妬の視線も受けたが、ほとんどは純粋に羨望を向けてきた。


 魔法師社会は実力主義で強者優先な弱肉強食の世界だ。それは魔法師学校も同じこと。


 特別扱い的なことをされているにもかかわらず、強いからこそそれが認められる。祢音の実力は今や、Ⅴ組全体に知れ渡っていた。だからこそ、嫉妬は少なく、羨望が多かったのだ。


 現在、祢音は大型体育館で一人、クラブ活動見学の最中だった。


 炎理とは、今、分かれて行動している。彼は生徒会の役員試験の申し込みに行ったため、あとで合流する形となっているのだ。


 大型体育館ではいま、新入生に活動紹介するように一つのクラブがパフォーマンスをしている。


 名前は肉体言語研究活動。


 名前を聞いた瞬間、祢音はいったい何のクラブ活動だよ!と内心ツッコミを入れてしまった。


 舞台中央では、一人の筋肉ムッキムキの男子生徒がポーズを取り、横ではもう一人の男子生徒がマイクを使い、それを解説しながら、クラブ活動の紹介をしているところだ。


『私達のクラブは主に身体強化の技術を底上げする活動を行ってきました。どうしたら、身体強化をうまく扱えるのか。どうすれば、効率の良い身体強化が使えるのか。毎日様々な議論、実験、研究をしてきました。そして、私たちは辿りついたのです!そう!身体強化を鍛えるんじゃない!体を鍛えるのだと!』


 力強く宣言する司会の男子生徒に合わせて、舞台中央に立つ男子生徒も力強いマッスルポーズをとる。


『見てくださいこの上腕二頭筋を!』


 司会の説明に合わせ、マッスル男子がきらりと笑顔で犬歯を光らせ、フロント・ダブル・バイセップスを発動!


『まだです!この大胸筋!そそるでしょう!?』


 さらに、マッスル男子がサイド・チェストを発動!


 ぴくぴくと動く大胸筋がまぶしい!


『まだまだ!見てください!この素晴らしい、僧帽筋そうぼうきん大円筋だいえんきん広背筋こうはいきんを!!やばいでしょ!?』


 さらに、さらに!


 くるりと回ったマッスル男子がバック・ダブル・バイセップスを発動!


 背中がギッチギッチと音を奏で、詰め込まれている筋肉たちが今にも爆発しそうだ!


 祢音は思った。


(な・ん・だ・こ・れ・は!?!?!?)


 肉体言語研究活動の元々のコンセプトは身体強化を鍛えるということのはず!それが、どうして体を鍛えるという発想に変わった!それでは本末転倒ではないか!確かにクラブ名と今の活動はだいぶ合っている気はするけど!


 性格が豹変するほどの衝撃を受ける祢音。


 紹介が終わって早々、袮音は一旦人垣を避けて、外へ向かう。初っ端から一体なんてものを見せてくれたんだ!と叫びたい気分だった。


(まさか武蔵学園のクラブ活動は全部あんな感じなのか!?だったら俺にはハードルが高すぎるぞ……)


 内心悶々としながら、祢音は外の空気を吸って、心を落ち着ける。ツッコミ衝動という荒ぶる自分の心を鎮めるため、数回にわたって深呼吸を繰り返した。


 そんな時だ。


 視界の端にいつか見たことのある揺れる桜色の髪を発見する。


 思わず、そちらに祢音が振り向くと、ちょうどあちらも、振り返るところだったのか、バッチリ目と目がかち合った。


「あれ、命?」

「……ん?祢音」


 それは久しぶりの再会。入学試験時に祢音と知り合った謎の少女、命だった。



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