第18話 炎理の思い
武蔵学園も新入生を迎え、本格的に新学期が始動してから、次の週の月曜日。
朝のホームルームの時間。
村雨兵吾は顔全体を包帯ぐるぐるに巻いた状態で現れた。ブッとんだ姿での登場にⅤ組生徒全員の思考が一致する。
(((いや、なにがあったッ!?)))
そんな空気を察してか、デジャブを抱かせるような鼻笑いで兵吾は軽くⅤ組生徒達に事情を説明した。
「……はっ!いや~実はな、土日に学園にある俺の仕事をすべて風間の奴に押し付けて、今朝まで知り合いとオールで麻雀してたんだけどさ。捕まっちまってな~。風間の奴、俺になんか恨みでもあるのかよ、まったく!こんなになるまでぶん殴りやがって!しかも、回復するまもなく、ホームルームに連れ出されるとか!鬼かあいつは!」
「「「……」」」
……これはひどい。ここまでクズだと本当にいっそ清々しい。兵吾に同情の余地はなかった。むしろ、ほとんどの生徒が緑に不憫な気持ちを抱いたくらいだ。土日に緑が漏らした泣き言や恨み事が幻聴で聞こえてくるようだった。
本当にいつか彼女には幸せになってもらいたいものだ。
「さて、まぁ、俺のことはどうでもいいな。……入学式から少し経って、お前らも学園に少しは慣れ始めた頃合いだろう」
生徒達から向けられるジト目を気にせず、前置きを置くかのようにそう話し始める兵吾。
「授業も始まったばかりだが、今日からはクラブ活動見学の時期が始まる。また、並行して本日から明日の放課後まで、各自治会の役員試験の申し込みもあるから忘れないように。そうだな……朝のホームルームはこれくらいかな。じゃあ授業が始まるまでは自由にしていいぞ~。俺はもう戻るから」
足早に今後の予定を話した兵吾は、そう言って、そそくさと教室を退出していった。本当にやる気と元気が感じられない教師だ。
それを見送った生徒達は、兵吾の言葉通りちらほらと席を立ち、雑然とした空気を作り出し始める。祢音の近くにも、すぐに炎理が近寄ってきた。
「なぁ!祢音は何かクラブ活動とか決めてるのか?」
早速といった様子で、話題の話を祢音に振る炎理は、きっと流行ものとかには弱い人間なのだろう。すぐに自分も食いついてハマってしまうタイプだ。
「俺は、そうだな……まだ決めてないかな。ただいろいろ見学しには行くつもりだ。それこそ炎理はどうするんだ?」
「ふっふっふっ!!!俺はもちろん生徒会の役員試験を受けるのさ!」
「諦めてなかったのかよ……」
「バカ言え!俺はまだ鳴雷先輩にお近づきになることを諦めたわけじゃない!」
「……そうか……頑張ってくれよ」
「ああ!」
炎理の背後に熱い炎が燃え滾るような光景が幻視できる。動機は不純だが、意気込みはバッチリと言った様子でかなり士気が高そうだ。
そんなテンションマックスな炎理は止めればいいものを、なぜか祢音の隣の席の冥にも突っかかりに行く。
「ククク!一人ぼっちの暗条さんは何か放課後の予定でもあるんですかぁ?あ!やっぱいつも通り、即帰宅か!悲しいなぁ……」
明らかにバカにしたようなセリフに対し、冥は一旦読書を止め、炎理に向き直ると、
「フン……本当にアホでバカで下らないニワトリね。あなた程度が生徒会の役員試験に受かるはずないでしょ?」
「っんだと!?暗条ぅ!?」
祢音との会話が聞こえていたのか、冥は炎理が怒りそうなことを的確に返してくる。案の定というか、なんというか、炎理は一瞬で頭に血が上り、プッツンした。
本当になぜ絡みに行くのか祢音はわからず、ため息を吐く。
二人の関係は本当に水と油だ。冥はどこか楽観的な性格の炎理を嫌い、そして、炎理は自分を見下してくる冥に対してよく突っかかる。なぜこうも合わないのか。それはやはり性格の問題なのだろう。
「それと、勝手に放課後の私の予定を決めないでくれるかしら?私は風紀委員会の役員試験の申し込みをしに行くのよ」
「はぁ!?てめぇが!?ケッ!どうせ受かりはしねーよ!」
「それはこちらのセリフよ、ニワトリ」
「へっ!言ってな!どうせ誰かにぶっ倒されて終わりだよっ!」
「ニワトリは本当に囀り回ってうるさいわね……」
二人の罵り合いを横に、祢音は冥が風紀委員会の役員試験を受けることに意外感を感じていた。冥はそういうことに興味を持っていないと思っていたから。
入学して一週間近く経ったが、その間、冥はすべての授業において優等生だった。座学では指されれば、きちんと解答を示す。戦闘訓練ではクラスのほとんどの生徒を圧倒するだけの実力を見せる。まだ、魔法修練の授業は行っていないため、わからないが、きっと優秀な成績を出すだろう。
ただ、祢音は、彼女の授業態度を見ていると、何事も興味なさそうに淡々と熟しているという印象を持った。無心で、つまらなそうに、感情が抜け落ちた人形かのように。
だから、風紀委員会の役員試験に興味を示したことに少しばかり驚いてしまったのだ。
「意外だな、暗条もそういうことに興味があったなんて」
思わず、祢音は口に出して意外感を露わにした。炎理を罵り倒した冥は、その言葉に反応する。ちなみに罵倒で負けた炎理は祢音が落ち着かせていた。
「ええ、風紀委員会に入ることは、私がこの学園に入学した時からの目標の一つだから」
「へぇ~それはまたどうしてだ?」
「ここの生徒会や風紀委員会は世間に実力者集団の集まりと知られているわ。入れば、将来に必ずプラスになるし、さらには軍に最初から好待遇で入隊できるとも言われているの。それに風紀委員会は力をつけるには最高の委員会。私は力をつけて、どうしても日本魔法師軍に入りたい。その為なら……!」
「……」
言葉の最後から感じる強い負の感情。祢音自身も最近にまた自覚したからこそ分かる強いその黒い想い。彼女にも何か成し遂げたい目的があるのかもしれない。
二人の間で、少し、じめっとし始めた空気。
祢音が何かを言うべきか、迷ったその時、ちょうど一時間目の授業の開始を告げる鐘が鳴る。
自然とお互いの話は終わりを告げるのだった。
♦
「くっそ!いつかあの女にぎゃふんと言わせてやる!」
「ぎゃふんって……」
一限目と二限目の一般科目が終了し、三限目と四限目の授業は生徒達が待望していた基礎魔法修練の授業だ。
現在、祢音は炎理とともに実技棟に向かいながら、横で彼の愚痴を聞いていた。朝にやられたことを未だ根に持っているのだ。自分から喧嘩を売りに行ったくせに……。
疑問に思った祢音は、道すがら、炎理に尋ねる。
「ていうか、なんでそんなに暗条に絡むんだ?どうせ口では勝てないのに」
祢音から来た疑問に、炎理は顔を歪め、
「あいつが見下した態度で見てくるからだ!」
「だったら関わらなくてもよくねーか?普通は嫌いな相手には近づきたくないものだろ?」
「ダメだ!それじゃあなんか負けた気分になる!……それに、気に入らねぇんだよ!何でもかんでもすかしたような態度に、自分から孤独になろうとしてるあの女の行動が!」
「……」
「もう一週間近くも経つのに、あいつはいつも一人だ!周りを寄せ付けずに、いつも一人で端末を開いて読書してる!そんなの悲しいだろ?」
「……」
「せっかく人生に一回しかない学園生活なんだ!だったら、もっと楽しい方がいいに決まってる!だから、俺はあいつに絡むんだ!一人になりたがるなら、そんなことはさせない!俺が邪魔をしてやる!それが直接的にあいつへの嫌がらせにもなりそうだしな!ククク!」
「……」
「…………やっぱ”独り”は寂しくて、つらいからな」
どこか独善的で偽善的なセリフ。
冥に向かって言ったら「いい迷惑だわ」とか「余計なお世話よ」とか、きっとそんな感じの言葉が返ってくるのだろう。炎理が言ったのなら、なおさらひどい言葉で返ってきそうだ。
だけど、祢音はその言葉がものすごく暖かく感じた。感銘を受けるほど強く心に響いてしまった。
少しだけ、炎理への印象を改める。炎理は短絡的でただの明るいバカではない。彼の中ではきちんとした自分の考えがあり、相手を思いやる強い心があった。初対面の時からもそうだったが本当に――
「……見た目に反して、最高にいい奴だよな、お前」
「当たり前だろ!俺はあの女と違って、見た目も性格もイケメンだからな!」
「ハハ!そういうことにしといてやる」
心から感心した祢音の呟きに、炎理はいつも通り明るく、バカな返答で応じた。
実技棟にある遠距離魔法射撃室。
目的地に着いた祢音と炎理。部屋の中にはすでに兵吾が立っていて、Ⅴ組の生徒達を待っていた。
「うし!全員来たな!」
入室した瞬間、珍しくもやる気を見せる兵吾に、Ⅴ組一同は目を点にして驚く。
「さて、お前らぼーっとしてないでさっさと始めるぞ!」
本当にお前はあの村雨先生なのかと、疑うほど生徒達の心は疑心暗鬼に陥っていた。そんな彼らに気付いていながら、兵吾はスルーして授業の内容に入る。
「入学してから初めての基礎魔法修練の授業だからな、初回は簡単なものからやろうと思う――」
曰く、授業内容は、第二位階である
弾丸系は想像が比較的楽であり、
「――さて、軽い説明もこんなところでいいだろう。それじゃあ、分かれて好きに修練して来い!アドバイスは、風間を呼んどいたから、あいつにでも聞いてくれ!」
「「「え?」」」
思わず、と言った調子で全員が首を傾げる。この基礎魔法修練の担当教師は兵吾のはずだ。なぜアドバイスを違う先生に聞かなければならないのか。普通は兵吾がするべきはずのことだろう。
兵吾の公然とまるで授業放棄をするような宣言に、一人の生徒がおずおずと手を上げ、質問する。
「え?で、では、先生は何をするんですか?」
「ああ、俺は少し
唐突に名前を呼ばれ、祢音は訳も分からず、頭上に疑問符を浮かべると、そのまま声として出してしまう。
「は?」
どうすればいいかと迷って、周囲を見るが、クラスメイト達も頭に疑問符を浮かべ、首を傾げていた。
「何を呆けてるんだ?さっさと来い!」
「……わかったよ」
しかし、兵吾に念を押されるようにして、呼ばれたため、仕方なくその後ろを追いかける。
周囲のクラスメイト達は、呆然とただその二人の背中を見送るのだった。
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