第17話 初めての授業
入学式から二日たった今日。
魔法歴322年。4月12日。木曜日。
昨日の騒動から一夜明け、祢音は炎理とともに、教室に向かって学園内を歩いていた。心なしか、昨日までとは違い、学園内を歩く学生の数が増えている気がする。
それもそのはず。本日から中等部、高等部ともに、二学年、三学年も休暇期間が終わり、授業が再開するからだ。
横並びで歩きながら、炎理は祢音に話しかける。
「祢音は試験とはいえ、村雨先生を倒したんだよな?一体どんな修行したらそんな強くなれるんだ?」
昨日、目の当たりにした祢音の実力に炎理は一日たっても興奮冷めやらぬといった様子で様々な質問をしてきた。魔法師を目指す学生たちにとって、強者は憧れの対象。子供がヒーローに憧れるようなものなのだ。
うずうずと瞳をキラキラさせた赤髪の大男に詰め寄られ、祢音は一歩距離を引く。男に迫られて喜ぶ男なんてゲイしかいないだろう。祢音は別にゲイでも何でもない。普通に女が好きだ。
祢音は身を軽く引きながら、炎理の疑問に答える。
「倒したと言っても、あれは試験の中でのことだから。本当の殺し合いの戦闘だったら、どうなるかわからねーよ。あと、俺のやってた修行は正直お勧めしないかな」
「えーなんでだよ!秘密の特訓とかずるいぞ!俺たち友達だろ?」
「いや、秘密って程すごいもんじゃないが、ただ基礎を飛ばして、少し危ないことばかりやってきたから、教えにくいだけだ。炎理には炎理のやり方があるさ。まずは、基礎から順調にやっていけ」
「ふ~ん、そんなもんか!」
「ああ、そんなもんだ」
どうにか修行内容の追及を回避できたことに、祢音は内心でほっとする。ここは炎理があまり物事を深く考えない性格だったことに少しばかり感謝した。
祢音自身修行の内容は追及されると困ることが多い。まず、アリアのことは確実に伏せないといけない。何せ、三百年前の偉人。生きてること自体、ありえないと思われている。万が一、生きていると、世間に知られてしまったら、世界を巻き込むほどの大騒動が起こることは目に見えてるからだ。
それに炎理に言ったこともあながち嘘ではない。少し危ないではなく、大層危険なことをやってきた。本当に祢音は命を懸けた修行ばかりをこなしてきたのだ。死にかけたことも一度や二度では足りない。それこそ両手、両脚の指すべてを足しても、なお足りないほど。
それくらい、死ぬ気の覚悟をもってして、祢音は今の力を手に入れた。紫苑の考えていたことは間違いではなかったのだ。
その他にも様々な質問をしてくる炎理に、答えを返していくうち、いつの間にか二人は教室についていた。
機械独特の作動音を鳴らして、開いた扉を通り、炎理と分かれて、祢音は自分の席に座る。すでにかなり打ち解けたクラスメイトが多い中、横の席では祢音より早く登校していた冥が一人黙々と携帯情報端末で読書に勤しんでいた。
席についた祢音は、IDカードをセットし電子情報端末を開く。やることもないため、今日一日の授業予定を確認しようとしたのだ。
コンソールを操作し、予定表を確認していたところ、祢音は唐突に横から声をかけられた。
「ねぇ」
「ん?」
声をかけてきたのは読書をしていたはずの冥。一旦読書を止めたのか、生来の鋭い目つきを祢音に向けながら、口ごもるようにして、何かを言おうとしていた。
少しして、覚悟が決まったのか、冥は、
「む、無道君は、どうやって昨日のような強さを手に入れたのかしら?」
と問うてきた。
話しかけられれたことが意外だったからか、祢音は数瞬反応が遅れる。目をパチパチと瞬かせるように冥を凝視した。
「……」
「ねぇ?聞いてる?」
再度冥に声をかけられたことで、祢音はようやく反応を見せる。
「あ、ああ。悪い。暗条に話しかけられるとは思わなくって、驚いてたわ」
「……私に話しかけられることが、そんなに驚くようなことなのかしら?」
「いや、お前って人を寄せ付けない雰囲気とかあるし、それに炎理のこと嫌いだろ?だったら、一緒にいる俺も嫌ってるのかなってな……普通嫌いな奴に話しかけたりはしないだろ?」
「あのニワトリはいいとして、別にあなたのことは嫌ってないわ。というより、嫌うほど付き合いも長くないでしょ」
「まぁ、そうなんだけど。だったら、もうすこしは愛想とかよくしてくれると助かるんだが……」
「それは私の勝手よ。あなたに言われる筋合いではないわ。それより、私の質問に答えて頂戴。どうやって、あんな強くなれたのかしら?」
「……」
そういう刺々しい雰囲気が周り、というか主に俺に勘違いを与えるんだよなとは、あえて言わない祢音。それは藪蛇だろう。
やっぱり魔法師を目指すだけあって、この少女も強さには憧れがあるのかもしれない。大人びている雰囲気をしているくせに、子供らしいところもあるんだなと少し苦笑が漏れそうになる祢音だが、どうにかそれを抑えて質問に答えることにした。
「俺のこの強さはある恩人のおかげなんだ」
「恩人?」
「そう、元々なんも力がなかった俺に修行をつけて、鍛えてくれた人。いろいろ破天荒で自由奔放だし、危険な目にいっぱい遭わされたこともあったけど、正直感謝してもしきれない大恩人だよ」
「強いの?」
「ああ、強いよ。その力も……そして、心の在り方も」
「……そう」
少しばかりしんみりとした話になってしまったが、冥は納得したように頷いてくれた。祢音の話を聞き終えると、何か感じ入ることでもあったのか、口に手を当て、考え事をし始めた。
そんな冥を見ながら、祢音はおかしそうに小さく笑う。
「ハハ!」
「……なに?突然笑い出して。気味悪いわ」
「ひ、ひどいな……いや、なに。やっぱ暗条も魔法師を目指すだけあって、力とかに興味あるんだなって思って。それに、炎理と似たようなことを聞かれたからつい笑っちまった」
「それは侮辱かしら?私に喧嘩を売っているのね?」
「いや、ちげーよ。どんだけ、炎理のこと嫌いなんだよ。ただ、案外普通の子だなって思っただけだよ」
「……まさか、あのニワトリと一緒にされるとはね。末代までの恥だわ」
「はは……」
分かっていたが、冥の炎理嫌いは相当なようだ。炎理を一時ですら考えたくはないのかもしれない。今、近くに炎理がいなくて助かったと祢音は苦笑いしながら、思った。
話を聞き終わったからか、冥はもう用は終わったとばかりに祢音から視線を外すと、すぐに読書に戻ってしまう。
「私が普通なはずないでしょ。……ただ復讐のためだけに魔法師になろうとしてる私が」
最後に誰にも聞こえない程小さな声で、言葉を残して。
♦
魔法師学校に入学して初めての授業は魔法の座学だった。
担当教師は風間緑。
今の時間は魔法史の時間。どのようにして魔法がこの世界に登場したのかを緑はわかりやすく、丁寧に電子黒板を使用して生徒達に説明していた。
「大魔法師様は最初から魔法という力を私達に伝授したのではありません。大魔法師様が齎してくれたものは、魔法に必要な二つの物質だったのです。そうですね、それがわかる人はいますか?」
説明をしながらも、生徒達に覚えさせることも忘れないように、問題を与えることで記憶に定着しやすくさせる授業。それが、緑の授業方針だった。
緑の質問に一人の生徒が手を挙げ、起立しながら、答える。
「
「はい。正解です。よく勉強していますね」
「あ、ありがとうございます!」
正解した生徒は、緑に褒められて、照れたように着席する。どんな簡単で些細な問題も正解すれば、褒める。そうすることで生徒達をやる気にさせ、授業参加を上昇させる。なかなかにうまいやり方だった。人間褒められれば誰だって嬉しいし、やる気が出るというものだ。
「大魔法師様はこの二つの物質を発見し世界に広めました。人間の心臓から生産され、体を巡るようにして流れている物質が、
魔法はその二つの物質が結合することによって、発動することができる。心に宿る物質は想いとなって現実に届き、大気に漂う物質はその想いと繋がり、世界に事象として反映させる。
「私達はこの新しい二つの物質を大魔法師様によって伝えられました。しかし、ただ知っているだけでは魔法などという力は生まれません。この二つの物質を操る術も当然必要でした。それが私たちの脳に形成された
「私達の脳に形成されている
また緑から問題が出される。今度は先ほどより難しい問題だ。
さっきはちらほらと上がっていた手の数も今回ばかりはゼロ。
少し難しすぎたかな、と内心で苦笑を滲ませた緑は、さてどうしようかと頭を悩ませる。そんな緑に救いの手が差し伸べられるように、一人の生徒が手を挙げた。
「あ!暗条さん。どうぞ」
挙手したのはどうやら冥だった。緑に指され、立ち上がると、淀みなく、すらすらと答えを紡ぐ。
「練成、想像、伝導、結合の四工程です」
「はい、正解です!すごいですね。入学したてでここまで知っている生徒は少ないですよ」
「……本で読みましたので」
「いえ、それでもすごいですよ。勉強熱心なのはいいことですね」
「はい、ありがとうございます」
緑の賞賛を受けて、冥は淡々と一礼して、着席した。こういうところが炎理にすかしていると言われる所以なのだろう。
練成によって、
想像によって、
伝導によって、練成と想像で培った
結合によって、上の三工程で完成した
この四工程を経た結果、魔法という力が世界に誕生したのだ。
「魔法が誕生した経緯はこんなところと言った感じです。さて次は――」
魔法登場の経緯を説明し終わると、緑は次の歴史の話に入ろうと、教卓にあるコンソールを操作しようとして……それより先に授業終了の振鈴が鳴った。
「――っとその前に時間が無くなってしまったようですね。この続きはまた次の魔法史の時間としましょう。では授業を終わりにします」
こうして、入学してから初めての授業は無事に終了した。
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