第20話 再会Ⅱ


 久々に再会した命は、高等部の制服に身を包み、艶やかな桜色の髪を風になびかせ、出会った当初と変わらない無表情を引っ提げて、祢音を見上げていた。


「……おひさ。合格出来てて、良かった」

「ああ、ありがとう。あの時、寝ている俺を命が起こしてくれなかったら、絶対に落ちてたからな。ほんと命のおかげだ」

「……むふぅ!そんなことないこともない!照れる!」


 感謝と賛辞を同時に受け、満更でもなさそうに、命は無表情ながら、器用にも恥じらう。多分本人が言葉で感情を表していなければ、羞恥している様には見えなかっただろう。


 感情表現が少し不思議な子だ。


「そういえば、命もクラブ活動見学か?ここに来たってことは内部のクラブ活動にでも興味ある感じか?」


 命がこの大型体育館にいるということは、彼女も内部のクラブ活動見学に来たのかもしれない。そう思い、祢音が質問すると、命は予想外の答えを返してきた。


「……?違う。私は中等部から肉体言語研究活動の部員。今日は手伝いをしてた」

「えっ?」


 意表を突きすぎる予想だにしない答えに祢音の思考は完全に停止した。


 まぁ、祢音でなくとも、誰だってこの可憐な少女があのむさくるしい男集団の一員と言われれば、冗談だと思いたい気持ちになる。人形のような綺麗な顔立ちの下が実はムキムキのスーパーボディとか言われた日には、この世のすべてが信じられなくなってしまうだろう。


 突然、静止した祢音に、命は訝し気に呼びかける。


「……祢音?」

「……」


 しかし、気がつかない。まるで屍のようだ


「(ちょんちょん)」

「……」

「(むにむに)」

「……」

「(ぺちぺち)」

「……」


 頬を突いても、伸ばしても、軽く叩いても、反応を返してこない。彫像にでもなったかのよう。


 どうしたものかと、命が頭を悩ませ始めた時。


「はっ!」


 タイミングよく、祢音が現実世界に帰還した。


「……気がついた?」

「あれ、俺はいったい……確か、何か知ってはならないことを知ってしまった気がして、脳が強制的に意識をシャットダウンさせたような……」

「……?私が、肉体言語研究活動の部員と聞いて、気絶した」

「!?」


 祢音がせっかく消したかった記憶を命は情け容赦なく事実として突きつけた。


 信じたくない現実を目の当たりにした人間は、現実逃避を決め込むか、発狂するか、受け入れるの三択を迫られる。一度は現実逃避を決め込んだ祢音はというと、


「…………い、いいクラブに入ってるんだな!うん!」


 どうにか発狂せず、受け入れることができた。祢音の頑強な精神力の賜物だろう。並の精神の者だったら、一撃ノックアウト、発狂コースもの。


 正直まだあまり受け入れたとはいいがたいが、命自身が自分で決めて入ったクラブなのだから、他人である自分が口を出すことではないだろうと祢音は考える。


 祢音からお世辞要素を多分に含んだ賞賛を受け、命は一瞬、間をあけながらも、ちゃんと返事を返してきた。


「………………ん、祢音も入る?きっと気に入る」

「あ、いや、はは、少し考えさせてくれ」

「……そう、待ってる」


 命の勧誘に祢音は苦笑しながら、曖昧な返事を返す。正直に言うと、あまり気は進まない。あの紹介を見た後で、あのクラブに入りたいと思える人間はかなり稀だろう。


 残念そうにしながらも、地味に期待の眼差しを向けてくる命に、祢音はどう対処すればいいか、困惑する。だから、話を転換するため、話題を変えた。


「……そ、そういえば、中等部からってことは命は内部生なんだよな?」

「……ん。そう」


 武蔵学園は中等部と高等部が合同でクラブ活動を行っているところも少なくない。肉体言語研究活動もその類のクラブなのだろう。命が中等部からそのクラブに在籍しているということは、彼女は内部進学生ということだ。


「中等部からこの学園に在籍してるってことは、命の魔法素養はきっとかなり高いんだろうな」

「……………………ん!超すごい。本気を出せば、一瞬で地形が変わる」


 数秒返答に困る素振りを見せたが、命は見事、話に食いついてくれた。何とか話題を転換することに成功したと言える。


 以前、宇都宮が言っていた外部生と内部生の才能の差。これは魔法素養の差と言い換えることができる。


 中等部の入学試験はほとんどが高等部と同じ形式だ。つまり、筆記と実技の二つで合否が判断される。ただし、高等部と違うところは、実技が受験生の戦闘技術を測るのではなく、魔法素養を測るということ。


 武蔵学園の高等部入学試験では魔法素養も重要だが、何よりも戦闘技術に重きが置かれている。だからこそ、教師と模擬戦という試験スタイルになっていた。


 ただし、中等部の場合は少し話が変わってしまう。


 武蔵学園は国に例外として中等部からの魔法師教育を認められてはいるが、年齢の関係もあり、入学試験時に実技に危険な試験を課すのは禁止されている。その為、中等部入学試験では彼らの戦闘技術ではなく、魔法素養を見るための試験スタイルになっていた。


 難易度の高い魔法素養を見る実技試験をくぐり抜けた内部生が、主に戦闘技術を見る実技試験をくぐり抜けた外部生よりも魔法の才能があるのは事実だ。ただ、それが魔法師の実力に直結するとは限らない。


 つまり一長一短なのだ。魔法がうまく扱えても、戦闘はダメ。戦闘がうまくても、魔法がダメ。両方ができてこそ、魔法師の実力と言える。


「一瞬で地形が変わる魔法か……一回受けてみたいな」


 少し勢い任せのような感じで言った命の言葉に祢音は興味をそそられた。真面目な顔つきで、物騒なことをポツリと呟く。一瞬で地形を変えるほどの強力な魔法。そのキーワードに戦闘狂の血が騒いでしまったのかもしれない。


 その呟いた声が聞こえたばかりか、真剣な顔つきで見つめてくる祢音に、命がおろおろとした雰囲気を出して、困りだした。


「あ、危ない、ダメ!そ、それに本当は使え――じゃなくて!簡単に使える魔法じゃない!」


 本気で焦っているぽい命に、少しガチすぎる雰囲気を出し過ぎたと、祢音は反省する。


「あー大丈夫大丈夫。気になっただけだから」

「……本当?」

「あ、ああ。ほんとほんと。命に無理矢理やらせたりしねーよ」

「……目がマジだった」

「わ、悪い。戦いに関係するようなことは何でも気になっちまってな。本当になんもしねーから」

「……ならいい」


 言い訳と謝意のダブルコンボでなんとか納得してくれた命。その様子を見て、祢音はほっと安堵の息を吐く。


 だが、安心するのは早かった。なにせ命の機嫌が急降下するように悪くなっていたからだ。


 無表情ながら、どこか険のあるその雰囲気は、きっと自分をビビらせた祢音への当てつけなのだろう。顔に表情が出ていたのなら、頬をぷく~と膨らませたハリセンボンのような姿になっていたに違いない。


 それに気がついた祢音は、また彼女の機嫌を直すのにさらなる説得と謝罪を要するのだった。




 あの後、どうにか機嫌を直してくれた命と、祢音は現在、共にクラブ活動見学に回っている。命の手伝いはもう終わったらしく、その為、一緒に見学できているというわけだ。


 ついでに生徒会の役員試験の申し込みを終わらせた炎理も一緒にいる。


 初顔合わせは少しだけ騒々しかった。


「お、おい、祢音!なんだよこの超絶美少女!?お前この学園にこんなかわいい知り合いいたのかよ!?」

「い、いや、入学試験の時に知り合ったんだよ。だから、そんな近づいてくんな!」

「はぁ!?ふざけんなよ!祢音!お前あの大事な試験の時にナンパなんてしてたのかよ!許さねェ!俺も誘えや!」

「ナンパじゃねーよ!?ただ知り合っただけだっつってんだろ!?てか落ち着け!」

「知り合っただけだとぉ!?くっそ!やっぱイケメンには女の方からホイホイと近づいてくんのかよ!?ちくしょおっ!!」


 なにせ、命と会った炎理は、初めて彼女を見た瞬間、掴みかからんばかりに祢音に迫ってきたのだ。


 興奮も露わに、目を血走らせて、叫ぶ炎理を落ち着けるのに祢音はかなりの体力を消耗させたとか。


 そんな二人のやり取りの横で、命は会話が聞こえていたのか、


「……むふぅ!超絶美少女って、そんなことないこともない!照れる!」


 相変わらずの無表情で、言葉の割には雰囲気は嬉しそうに、さらには器用に体をくねらせるようにして、感情を表していたとか。

 

 その姿を見た炎理が、


「こ、これはまた、真新しい感情表現の仕方だな……」


 と珍しくも圧倒されていたとか。


 このように、初対面時にいろいろなことがあったが、今は何とか一緒に回れるほどには打ち解けていた。


「へぇ~じゃあ、命ちゃんは中等部では成績優秀で魔法もトップだったんだな!」

「……ん!頑張った。いっぱい勉強して、魔法もいっぱいできるようになった」

「そいつはすげーや!」

「……むふぅ!そんなことないこともない!感謝!」


 炎理の見た目を怖がらなければ、彼のフレンドリーで気やすさ溢れる人柄は仲良くなるにはうってつけだろう。そして、命は案外、人の見た目に物怖じしない性格だったようだ。二人が仲良くなるまでにそれほどの時間はかからなかった。

  

 仲良く話す二人に、祢音は一歩後ろで、その様子を見守っていた。祢音としては、仲良くなるのが早いことだと、感心半分、呆れ半分で見ていたが、傍から見たら、その姿はまるで兄妹を温かく見つめる母親の絵図だ。父性ではなく、まさかの母性である。家事も万能だし、いろいろと細かい性格なこともあり、案外合っているのかもしれない。


 騒がしい炎理に、嬉しそうな様子の命、さらに客観的に見れば、それを微笑ましそうに見つめる祢音。


 一枚の家族写真のようなその温かみのある光景は、


「あっれぇ?落ちこぼれが誰かと一緒にいるなんて珍しいな!何してんだよ?」


 しかし、水を差すかのように響いてきた下卑た声によって引き裂かれるのだった。



 

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