第13話 闘技場Ⅱ

 

 闘技場は最大一万人も収容できるドームなだけあって、広さはかなりのものがあった。


 現在、闘技場を見学し終えた祢音一行は、指定された集合場所に戻っている最中だ。


 見学中にそれなりに打ち解けた祢音達と守里達。闘技場の感想を話し合いながら、集合場所に着いた時、何やら小さな諍いが起きていることに気付いた。


「なんだ?」


 疑問に思った祢音は駆け足で集団に近づいていく。その後ろを炎理達もついていった。


 辿り着くと、その中心では凛子が、見知らぬ教師と対峙して、言い合いをしていた。


「取り消してください!宇都宮先生!この子たちはスペアでもなければ、ゴミでもありません!」


 普段のおっとりした雰囲気をかなぐり捨て、怒りを露わに凛子は対峙する教師に詰め寄る。対面する宇都宮と呼ばれた教師は、その凛子の態度にキザッたらしい仕草で対応した。


「そんなにお美しい顔を歪めて怒らないでくださいよ、篠田先生。私はただ事実を述べただけですよ?外部生は所詮内部生のスペアなのは当然の事実ではありませんか」

「そんなことはありません!確かに内部生にはこの武蔵学園で中等時代から魔法英才教育を受けていたというアドバンテージがあります。ですが、この高等部三年間で外部生が内部生を抜けないということは絶対にありません!努力によって人はいくらでも変われるのですから!」

「アハハハ!!!篠田先生は面白いことをおっしゃる!まぁ、同じ才能くらいの持ち主同士だったら、それも可能なのかもしれませんが、そもそも内部生と外部生とでは隔絶した才能差があるんですよ!才能がはるかに高い内部生を、才能が劣る外部生が努力で越える?ククク!!!篠田先生はいつからそんな理想主義になったのですか?」

「才能がすべてではありません!人は努力によって幾らでも変われるし、いくらでも強くなれます!」


 聞こえてくる言い合いから、祢音はある程度の事情を把握する。


 武蔵学園の悪習ともいえる、内部生と外部生の差別。これは生徒達の間だけでなく、少なからず教師たちの間でも、差別傾向に出がちな者達がいる。宇都宮という教師はどうやらその内部生至上主義とでもいうかのような差別思想を持った人間なのだろう。


 白熱する凛子と宇都宮の口論に、宇都宮の後ろにいる内部生たちはにやにやと見下すように笑い、凛子の後ろにいる外部生たちは怒りと困惑でどうしていいかわからない状況の中。


 散っていた生徒達も集まり始め、段々と収拾がつかなくなりそうになってきた時、騒ぎを聞きつけて戻ってきた緑が二人の仲裁に入った。


「二人とも、そこまでにしなさい!」

「おや?風間先生もいらしたのですね?相変わらずお美しいことで」

「お世辞はいらないわ、宇都宮先生。生徒達が混乱しています。とりあえず口論をやめなさい」

「……フッ、仕方ありませんね!今回は美しい風間先生に免じてここまでにしましょうか」

「どうして!緑ちゃん!まだ生徒達をバカにした発言を撤回してもらえてないのに!」


 髪をかき上げ、気障なセリフを吐いて引いた宇都宮と対照的に、凛子は納得できなそうに緑に言い募る。


 普段は何に関しても、のほほんとしていそうなほどおっとりとした凛子。だが、生徒達をバカにされれば、感情を爆発させて怒る。そんな教師の鏡のような一面を持つ凛子に、近くで見ていたⅤ組やⅥ組の外部生達は少なからずが感動を覚えていた。


 怒りで興奮状態の凛子を、緑が宥める。


「落ち着きなさい、凛子。大丈夫よ、私に考えがあるから」

「緑ちゃん……?」


 まるで問題を解決する魂胆があるとでも言うように、緑はそう言って、宇都宮と向き合った。


「宇都宮先生。話は大体聞いています。外部生達に言った発言を撤回する気はありませんか?」

「撤回も何も私は事実を述べただけですよ?」

「……そうですか。では、魔法決闘マギア・デュエルをしましょう」

「「なに!?(えっ!?)」」


 唐突な緑の提案に、宇都宮のみならず、凛子も驚愕の声をあげた。


 魔法決闘マギア・デュエル。それは対立する魔法師同士がお互いの正義を魔法で決め合う伝統的な魔法師文化。決闘内容は様々存在し、お互いの戦闘技術、補助技術、医療技術、感知技術、整備技術などと他にも無数存在するが、魔法を使って勝敗を決する。


「あなたが発言を撤回しないのならば、凛子は絶対引きません。こう見えてかなり頑固なんですよ。だから、魔戦決闘マギア・デュエルで決着をつけましょうと言っているのです」

「ふむ、魔戦決闘マギア・デュエルですか……つまり、それは私と篠田先生が戦って、お互い白黒つけろと言うわけですか?」

「いえ、そうではないです。そもそも戦闘タイプの魔法師である宇都宮先生と補助タイプである魔法師の凛子とでは戦う土俵が違うでしょう?」

「は?ではどうするのですか?」

「生徒同士で戦ってもらいましょう。宇都宮先生のクラスから一人、私と凛子のどちらかのクラスから一人、代表を募って。つまり代理魔法決闘マギア・デュエルですね。宇都宮先生の大好きな内部生とバカにした外部生同士で戦って決着をつけるのが一番かと思いますが……どうですか?」

「ほぉ……それは面白そうですね!いいでしょう!実力の差を思い知らせてあげますよ!」

「では一時間後に代表を決めて、またここで。場所はこの闘技場で行うとしましょう。私達が勝ったら、あなたは凛子にちゃんと謝罪をしてくださいね?」

「ククク!ええ、いいでしょうとも!楽しみにしていますよ?アハハハ!!!」


 宇都宮は緑の申し出をおかしそうに笑って承諾した。自分が負けるとは露ほども思ってないのか、高笑いを上げると、そのまま自分の生徒達を連れて離れていく。緑はその後ろ姿を気持ち悪そうに眺めた後、凛子に向き直った。


「そういうわけだから、私達もすぐに代表を選びましょうか。闘技場使う許可とか取りにいかないといけないし、決闘の申請とかもいろいろ必要だしね。やることは多いからちゃっちゃと進めましょう!」


 元気よく促す緑に対して、凛子は怒ったように、


「何がそういうわけよ!緑ちゃんのアホ!止めるまもなく勝手に決めちゃって!」

「だってこうでもしないと凛子は止まらないじゃない。あんたいつもはのほほんとしてて、マイペースな人間のくせに、怒ると猪突猛進のごとく納得するまで止まらない頑固ガールなんだから。全く胸が牛級なら、性格も闘牛級よね!」

「ちょ、ちょっと突然胸を掴まないでよぉ~!」

「うるさいっ!どうして私は育たないのに、あんたの胸はそんな育ってるのよ!子供の頃は同じくらいの大きさだったのに!」

「こ、子供の頃は大きさが一緒なのは当たり前だよぉ~!と、というか少し痛い~!」


 いきなり始まる二人のじゃれ合い。もういっそイチャつきと言ってもいいかもしれない。


 それにしても本当に緊張が続かない教師達である。


 先ほどまでのピりついた空気から一転して緩やかな空気に変わった。生徒達の間でも苦笑が漏れる。ついでに男子生徒の何名かは鼻の下を伸ばし、形を変える凛子の胸を凝視する。


 女子生徒達の殺気の視線!


 サッと逸らされる下卑た男子生徒達の視線!


 懲りない男子生徒達だ。


 ちなみに祢音の横にいる炎理も現在冷や汗を流しながら、視線を彼方に向けている。近くでは守里がゴキブリでも見るかのような殺気の視線を送っていた。


 閑話休題。


 じゃれ合いも少しして、見学を終わらせたⅤ組、Ⅵ組の生徒達が集合場所に全員戻ってきた。


 緑はそれを確認すると、凛子の胸から手を放す。解放された凛子は自分の胸を押さえ、疲れたように「はぁはぁ」と熱い吐息を零す。呼応するように一部の男子生徒が前かがみになった。


「全員揃ったようですね。さっきの小騒動にいた生徒達もいますが、一応いなかった生徒達のためにもう一度話します――」


 緑は先ほど起きた騒動を知らない生徒達のために今一度、説明する。


 ――それから少しして、その話を聞き終えた生徒達は怒り心頭といった顔で、ここにいない宇都宮に軽蔑の念を向けた。


 怒気を発する生徒達を落ち着けるように緑はさらに続ける。


「――あなた達が怒るのもわかりますが、今は落ち着いてください。まずは決闘の代表者を決めないといけません。ちなみに聞きますが、戦いたい人はいますか?」

「「「……」」」


 話題を転換するように、そう聞く緑に対し、生徒達は沈黙を返した。


 通常、現代では魔法師教育は高等時代からという決まりがある。なので、魔法師を目指す子供達はそれまで、魔法を教える塾やら、独学やらで勉強するしかない。


 しかし、武蔵学園ともう一つ存在する魔法師学校では中等時代から魔法師教育を施せる唯一の例外として国に認められていた。その理由などは多々あるが、今はいいだろう。


 当然、塾や独学では、魔法師を本格的に育てる魔法師学校には敵わない。


 だからこそ、武蔵学園ともう一つの魔法師学校は他の六つの魔法師学校と違い、頭一つ抜けた優秀さを全国に知らしめていた。


 彼らは理解しているのだ。この武蔵学園に入学できたからと言って、自分達では内部生に勝てないと。まだ入学して短い期間だからこそ、実力差はデカいと。


 暗い雰囲気が流れ始めた、そんな時。


「なんだよ!誰もやりたがらねーのかよ!肝っ玉の小さい奴らだぜ!仕方ねーから、ここは俺しかないな!バシっと内部生をやっつけて、あのキザ教師野郎に謝罪させてやるよ!」


 淀んだ空気にじっとしていられないとでも言うように炎理が大声を上げ、立候補した。周りに発破を掛けたかったのか、それともただ単にバカにしたかったのかはわからないが、こんなマイナスなムードの時だからこそ、炎理の喧しさはどこか人を明るくさせられる何かがあった。


「なんだとっ!赤髪!お前にやらせるんだったら、俺がやってやるよ!」

「はぁ?ニワトリみたいなてめぇは引っ込んでろよ!俺様が内部生のやつをぶっ飛ばしてやるからさ!」

「あなたのようなでくの坊では勝てませんよ?やはり私のように頭が良くなければ!」


 意図してたかはしらないが、炎理の言葉に暗く淀んだ空気は掃われ、「俺も!」「私も!」と続くように生徒達から立候補者達が現れる。


 対抗するように炎理も吠えた。


「あぁ!?誰がニワトリで、でくの坊だよ!ビビッてチビってた奴らは引っ込んでろ!」

「お前が引っ込め!」

「そうだよ!てめぇが引っ込めよ!」

「バカそうなあなたには務まりませんよ!」

「んだとっ!」


 気がつけば、炎理から始まった立候補は、いつの間にか立候補者同士の対立の様相を見せ始めた。ところどころから聞こえる、ニワトリやら、でくの坊やら、変態やら、バカやら、と罵詈雑言の嵐が舞う(というかすべて炎理の悪口……)。


 雑然としだしたⅤ組とⅥ組の生徒達に凛子があわあわと戸惑いを見せる中、緑の一喝が辺りに響いた。


「はい!そこまでにしなさい!」

「「「……」」」


 ピタッと止まる喧騒。まるで訓練でもされたかのような一体感。「今年の外部生は纏まりがあるな~」と益体の無いことを考える凛子。


 緑は周りを見渡し一度頷く。そして、生徒達に向かって、


「一応戦いたい人と立候補を募りましたが、残念ながらすでに私の中で代表は決まっていますので、あきらめてください」

「「「えぇ!?!?!?」」」


 今までの流れをすべてぶった切る言葉を放った。


「こう見えて、私もあのキザ男にはイライラしてるんですよ。だからぎゃふんと言わせたいので、決闘の勝利は確実を期したいのです」

「……それってさ~緑ちゃん。内部生に確実に勝てる生徒がここにいるってこと~?」

「ええ、そうよ」

「うそぉ~!」


 緑の必勝を確信するような発言に、凛子は驚いたように口を開けた。その驚きは生徒達にも伝播する。


 内心で自分ではないのかと淡い希望を抱きつつ、生徒達は緑が選ぶ代表者が誰なのかと期待にそわそわと震えた。


 凛子も気になるのか、逸る気持ちを抑えられず、緑に尋ねる。


「緑ちゃん、一体誰なの~?」

「私が選ぶ決闘の代表者はあなたよ……無道祢音君!」



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