第12話 闘技場Ⅰ


 闘技場の決闘広場。


 現在そこでは二人の生徒が向き合うようにして、睨み合っていた。


「貴様は絶対に許さん!外部生の分際で僕を侮辱したこと、後悔させてやる!」


 広場に立つその男は憤怒を乗せた瞳で、対面する男――祢音を睨みつける。滲み出る怒りが殺気となって周囲を威圧し、体から溢れでる心想因子オドが周囲に物理的な重圧を与えていた。


 そんな殺気を一身に浴びている祢音はというと、まるで柳に風とばかりに受け流し、軽蔑の視線を男に向けながら、挑発する。


「坊ちゃんに何ができるんだ?やってみろよ?」

「ほざけッ!」


 祢音がどうしてこんな状況に陥っているのかというと、時間は少し前まで遡ることになる。




 ♦




 群がる生徒達の中からどうにか測定する数人を選んだ緑は、その数人の心想因子オドの測定後、少し疲れた顔でまた案内を再開する。


 ちなみに運がよかったのか炎理も選ばれた者達の一人に入っていた。案外目立つ容姿をしているから選ばれたのかもしれない。


 炎理の測定結果はこんな感じだ。


 ========================

 現在保有量 21000

 保有色   赤(火属性)

 結合安定率 56%

 ======================== 


 魔法師学校の一学年の平均を上回っていることから、かなりいい結果なのだが、本人は冥に負けたことが相当悔しかったのか、めちゃくちゃ落ち込んでいた。


 閑話休題。


 順調に緑の案内の元、学園施設の見学や体験を楽しめたⅤ組一行は最後の施設である闘技場にまで来ていた。


 闘技場は楕円形ドームとして設計されており、二階建ての収容人数は最大一万人と、学校に造る施設にしてはかなり大規模な建築物となっている。

 

 外観を見た時からそうだったが、中に入ったことで一層、Ⅴ組一同は学校施設の範疇を超えたあまりのスケールの大きさに唖然と口を開いて、驚きを露わにした。それは祢音も同様で、楽しみにしてはいたが、まさかここまで想像を超えてくる物が見れるとは思っていなかったため、驚愕していた。


「や、やばいな……まさか学校の中にドームが存在してんのかよ。他の施設もかなりすごかったが、ここはもうすごいとかいうレベル越えてんな……」

「だな……どんだけ金かけてんだよって感想しか浮かばないぜ」


 祢音の言葉を肯定するように炎理も頷く。


 Ⅴ組の生徒達が唖然、茫然としている中、緑は毎年見るその反応に苦笑しながら、説明を始めた。


「ここが我が武蔵学園が誇る闘技場です。基本は学生同士の決闘や学園のイベント時などに使用されますが、授業やクラブ活動での戦闘訓練や魔法修練などで使うこともあります――」


 闘技場は中央に決闘広場、その周りを観客席が囲んでいる構図をしている。決闘広場と観客席の間には観客を守る様に魔法障壁があり、理論上は第九位階である師団級まで防げる設計をしているそうだ。


 闘技場を案内しながら、緑がしばらく説明を続けていると、


「緑ちゃぁぁぁん!!!」


 何やら遠くから大声を上げ、緑に近づいてくる人物が一人。


 その聞き覚えがありすぎる声に、緑が慌てて振り返る。そして、目に映ったのは、ぶんぶんと大きく手を振りながら、遠目からでもわかる金髪を靡かせ、大きなバストをぽよんぽよんと揺らして駆け寄ってくる緑の同僚、篠田凛子しのだりんこだった。


 後ろには彼女の担当クラスだろう生徒達もついてきている。


「わぁ!やっぱり緑ちゃんだぁ~!」

「うぷっ!」


 駆け寄って早々、凛子はガバチョ!と思いっきり緑に抱きつく。豊満すぎるその胸元に顔を抱きかかえられ、緑が息苦しそうに何度も凛子の肩をタップするが、何がそんなにうれしいのか、凛子は全く気付かない。


 段々とタップする緑の腕に力が無くなり始めた時、さすがにやばいと思った凛子の受け持つクラスの生徒が助け舟を出した。


「あ、あの篠田先生?そろそろ離さないとその先生窒息するんじゃ……?」

「えっ!?」


 凛子は生徒の声でようやく緑が生命の危機に陥ってることに気付き、慌てて離れる。

 

「ご、ごめんね緑ちゃん!」

「ぷはぁっ!はぁはぁ!ふぅ…………殺す気か!この乳お化けが!!」


 酸欠状態から脱して、息を整えた緑はまず自分をこんな目に合わせた凛子にキレた。毎回スキンシップが激しい彼女には常日頃から言いたいことがあったのだ。


「あん!?……痛いよ~緑ちゃん」

「いつもいつもスキンシップが過剰なんだよ!!この胸があるせいか!?こんな胸があるせいなのか!?私のは全然成長しないのに!!クソッ!!……こんな世界消えてしまえ!!!」

「わ、私のおっぱいに当たらないでよぉ~」


 叱責やら、自身の嫉妬やらをいろいろぶつけるように、緑は凛子の胸を掴んでにぎにぎと形が変わるほど力強く握りつぶす。実技試験の時もそうだったが、緑は怒ると口調が乱暴になり、性格まで豹変するようだ。普段の丁寧な口調と冷静沈着な容貌と相まって、すさまじいまでのギャップを感じてしまう。


 ――それからしばらくは彼女達のじゃれ合いが続いた。


 その間、その光景を見ていた男子生徒達は皆一様に興奮したような顔で股間を抑えて前かがみになっていたとか。対照的に、女子生徒達は嫌悪の表情むき出しに、彼らのことを汚物のように眺めていたとか。


 男子生徒達は少しは紳士らしく取り繕う努力をするべきかもしれない!




「初めまして~Ⅴ組のみなさん~。私はⅥ組担任の篠田凛子といいます~。よろしくねぇ~」


 人を和ませるような、ゆったりとした声音で自己紹介をする凛子。そのおっとりとした見た目と相まって、何と心落ち着く人物だろうか。きっと母性が強いに違いない。


 昔から胸が大きい女性はおっとりしていて母性が強いと相場が決まっている。彼女もきっと母性値がカンストしていることだろう!


 Ⅴ組とⅥ組の両クラスの生徒達が凛子の自己紹介にぽわわんと擬音がつきそうなほど癒されていた。


 祢音の横にいる炎理など、癒されながら、鼻の下を伸ばし、だらしなく相好を崩して、凛子の胸に夢中になっている。癒されつつも、エロ目線を忘れない炎理はさすがとしか言いようがなかった。


 周りが弛緩する中、緑は凛子に話しかける。


「私の方は案内やら説明やら諸々終わったけど、凛子の方はどうなの?」

「私も全部終わってるよ~」

「そう。じゃあ、この後はクラス交流も含めて、闘技場を生徒達に自由に見学させるって言うのはどう?」

「うん、いいと思う~!」


 何やらこの後の方針を決めたらしい教師の二人。続けるようにして、生徒達に指示を出す。


「では、この後は一時間ほど自由見学の時間にします。せっかくなので、生徒達同士の交流を深めるため、両クラス合同で五人、十個のグループを作りましょう」


 そう言って、緑達はすぐさま行動を開始した。


 それからしばらくして、十個のグループが出来上がる。


 祢音がいるグループはどんな偶然が働いたのか、二人のⅥ組生徒に加え、犬猿の仲(片方は嫌いというよりかは無関心だが……)である炎理と冥が一緒となった。


「ケッ!なんでよりによってこの女と同じグループなんだよ!」

「少し黙りなさい、ニワトリ。私の方がむしろなんであなたみたいな鳥類と一緒なのか聞きたいわ」

「んだとっ!」


 文句を挑発で返され、激昂する炎理。顔をあわせた瞬間、一触即発の空気が漂い始める。


「はぁ……」


 やっぱりこうなったかとため息を吐く祢音。まだ出会って半日くらいのはずなのに、ここまでいがみ合えるというのはある意味相性がいいのかもしれない。きっと前世では因縁の相手同士だったのだろう。


 炎理と冥の険悪な雰囲気に、同じグループになったⅥ組の二人がどうすればいいのかと戸惑っていた。


「落ち着け、二人とも。Ⅵ組の二人が困ってるぞ」


 Ⅵ組の二人への手助けの意味も込めて、祢音は炎理と冥の喧嘩の仲裁に入る。


「チッ!わかったよ!……今回は祢音に免じて許してやらぁ!」

「ほんと鬱陶しい……」


 相変わらず炎理は睨みつけることを止めないが、冥は付き合ってられないとでも言うように、背を向けると勝手に見学に行ってしまった。


「……どうして知り合ってすぐにこんな仲悪くなるんだよ……はぁ、悪いな」


 協調性のない炎理と冥の二人に変わって、祢音がⅥ組の二人に謝罪する。


 祢音に謝られた二人はというと、


「おう!気にすんな!」

「い、いえ……大丈夫、です……」


 対照的な性格を表して、祢音達を許した。


 ひとまず面倒事が収まった事で少し気が楽になった祢音はまず自己紹介を始めることから入った。


「ありがとな。……俺はⅤ組の無道祢音だ。よろしく頼む。で、こっちの男が――」

「火野炎理だ!よろしくな!」


 Ⅴ組勢の自己紹介が終わり、次はⅥ組勢の番。


 まず初めに自己紹介してきたのは、女性にしては高い身長と比例するように大きな胸を持ち、日焼けでもしてきたかのような褐色の肌に、肩まで切りそろえた茶髪が印象的な美少女。


「アタシはⅥ組の千堂守里せんどうしゅり!将来は全天ウラノメトリアに連なるような魔法師になるのが目標さ!よろしく!」


 元気溌剌と言った感じで名乗った守里。どこか思い切りがよく、面倒見がよさそうな姉御肌といった印象を抱かせる少女だ。話し方もそうだが、たぶん高い身長と凛子には劣るが、豊かに実った母性の象徴がそう思わせるのかもしれない。

 

 次に名乗ったのはもう一人のおどおどとした少年。何故か集まった時からずっと守里の後ろで隠れるようにして顔を出しているその少年は、びくびくと小動物のように顔だけ見せながら、小さな声で自己紹介した。


「あ、あの……せ、千堂、はやてって言います。よ、よろしく、お願いします」

「ん?二人とも千堂?」


 颯の自己紹介に祢音が気になったことを口に出す。それに答えてくれたのは守里だった。


「ああ、アタシ達は義理の兄妹なんだ。五歳の頃に親が再婚して、その時に兄になったのがこの颯なんだよ」

「なるほど……え?兄?弟じゃなくて?」

「あはは!よく勘違いされるけど、こっちが兄だよ。アタシは妹」


 ずいぶんと性格が正反対な兄妹である。おおらかで、さっぱりとした妹に対し、気弱で恥ずかしがり屋の兄。普通逆だろう。


 そんな二人の兄妹関係を珍しく思っていた祢音に守里が、


「そういえば、先に行っちまったあの女は何て名前なんだ?」


 さっきまで炎理と喧嘩していた冥の名前を聞いていないことに気付き、尋ねてくる。


「彼女は暗条冥。少し気難しい奴だから、あんまり悪く思わないでやってくれ……」


 それに苦笑して、祢音は擁護するように、守里と颯の二人に冥の名前を教えた。何故自分でも、会ったばかりの冥を庇うような言葉を言ったのかわからなかったが、おそらく昔の自分と似ている彼女をほっとけなかったのかもしれない。


「ふーん……」


 何か含みのある納得をした守里。颯の方は未だ守里の後ろに隠れ、反応を示さない。


 さらに、横では祢音が冥を擁護したことをつまらなそうに聞いていた炎理が、悪態をついていた。

 

「へっ!ただすかしただけの女なんだよ、あいつは!」

「炎理も少しは落ち着け。そろそろ見学を始めないと時間無くなるぞ」

「……わかったよ」


 祢音の忠言にしぶしぶといった様子で頷く炎理。


 やっと纏まり始めた祢音グループ(一人いないが……)。


 そして、ようやく闘技場見学を始められるのだった。



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