第11話 心想因子《オド》の測定


 炎理の怒りを鎮め終えた祢音は電子情報端末を開いて、インフォメーションを閲読していた。興味があった一学年次のカリキュラムやクラブ活動の案内を確認していたのだ。


 やはり魔法師学校なだけあり、カリキュラムのほとんどが魔法の講義に魔法の実践や戦闘訓練。一般科目も存在しているが、それは全体の四割程度といったところ。


 クラブ活動に関してもその多くは魔法関連の活動ばかり。一般の中高にあるクラブ活動もあるにはあるが、あまり人気はなさそうだ。


 コンソールを操作して、画面をスクロールしながら、インフォメーションを読み進めていく。だが、その途中で予鈴が鳴った。


 思い思いに散らばっていた生徒は自分達の席に戻り、祢音も電子情報端末を閉じる。


 そこから少しして、ウィンと作動音を響かせて前の扉が開き、教師が入ってきた。しかし、入ってきた人物は生徒たちが予想していた青髪で無精ひげを生やしたおっさんではなく、スーツ姿が似合うまさにキャリアウーマンといった感じの美女。


「えー急遽学園施設の案内は村雨先生から、私、風間緑に変わることになりました。皆さんよろしくお願いします」


 礼儀正しく、Ⅴ組の生徒達に挨拶をして入室してきたのは兵吾の補佐的な教師、風間緑その人。


 Ⅴ組の生徒全員の頭上に?と疑問符が浮かび上がる。一体村雨先生はどうしたのだ?と。


 一人の生徒が皆の疑問を代弁するように緑に質問する。


「えっと……村雨先生はどうしたんですか?」


 皆が知りたかったことを代弁してくれた生徒にはⅤ組全員から賞賛の視線が送られた。その生徒は向けられた多くの賞賛の視線に、思わず照れた。頭を掻きながら、「へへ、どもども」と言ってる姿はまるで親分に褒められた子分のよう。この年でもう下っ端根性が身についているのかもしれない。


 緑はそんな生徒達の疑問に遠い目をしながら応えた。


「村雨先生はですね……………………消えました」

「「「え?」」」

「正確に言えば、逃走しました。この学園から」

「「「……」」」

「ふふふ……思えば、あのクソ野郎には毎回毎回振り回されてばかり。私に何か恨みでもあるんでしょうか?仕事は押し付けられるし。厄介ごとは私にばかり任せるし。しかも本人は仕事しないでサボってばっかだしッ。やる気を見せるのは戦闘の時だけだしッッ!いつもタバコばかり吸ってるヤニカス廃人だしッッッ!!最近はちゃんと仕事してるなー、少しは反省して、改めてくれたのかなーとか思って見直し始めてたのにぃぃぃッッッ!!!!」


 愚痴を言いだした緑は段々と口調を荒げ、まるで鬱憤を吐き出すかのように兵吾の悪癖を吐露して絶叫する。あまりにも居た堪れないその姿にⅤ組の生徒達はこれから緑には負担をかけないように心掛けようと思ったとか。


「すいません。取り乱してしまいました」


 そう言って、緑は恥ずかしそうに謝罪する。取り乱した時間はわずか数分ほどだった。羞恥で顔を真っ赤に染めながら謝る緑に対して、Ⅴ組の生徒達は嫌に優し気な顔だったと言っておこう。


 それから少しして、緑の引率で始まった学校施設の案内。


 手始めに訪れたのは、研究棟にある心想因子オド測定室。


「ここは各人の心想因子オドの保有量や保有色を計測するといったことができる部屋となっています――」


 緑は測定室の中に先導するように入ると、生徒達に分かるように懇切丁寧に利用法や注意などを説明してくれる。その説明を聞きながら、Ⅴ組の生徒達は思った。


(((村雨先生じゃなくて良かったッッッ!!!)))


 と。


 それも当然かもしれない。兵吾に引率をさせた日には、まともに案内なんてしないのが目に見えているからだ。教師に対してだいぶ失礼なことを思っているが、この少ない時間でそこまで人望を下げた兵吾がある意味すごいとも言える。


「――それでは、誰か心想因子オドの測定をしてみましょう。そうですねー、そこの黒髪の女の子とかどうでしょうか?」


 説明を終え、次は体験させてみようと緑は視線を巡らせる。そして、測定の対象として、緑の目に止まったのは、冥だった。


「はい、大丈夫です」


 突然の指名にもかかわらず、冥は淡々と頷き、緑に従う。


 冥が病院にあるCTスキャンを縦に置いたような機械――心想因子オドスキャナーの中心に立つと、緑はそれを操作しながら、使い方を解説し始めた。


「操作は簡単です。自身のIDカードをセットしたら、このように中心に立ってもらい、心想因子オドスキャナーの横に着いたモニターから、現在保有量や保有色、増加値、減少値、潜在的保有限界量、結合安定率の六項目の中から測りたい項目を選択し、開始を押すだけです。そうすれば後はセンサーが自動的に皆さんの心想因子オドを感知して、測定してくれます――」


 緑が説明する心想因子オドを測る上で選択できる六項目。中でも現在保有量、保有色、結合安定率の三項目は魔法師にとって魔法を扱うために最も重要な項目だ。


 現在保有量は文字通り、自身の保有している心想因子オドの量が今どれくらいかを数値で表したもの。


 次に保有色。これは、心想因子オドに宿る属性のことだ。人が持って生まれる心想因子オドには誰しもが属性と呼ばれる性質を宿している。人々はそれを色と俗称で呼んで表した。


 最後に結合安定率。


 そもそも魔法とは、人が持って生まれる心想因子オドと呼ばれる物質と大気中に存在する現象粒子マナと呼ばれる物質が結合することで世界に事象となって現れる力のことである。


 これを踏まえて、結合安定率とは人の持つ心想因子オドと大気中の現象粒子マナが結び合う割合を表した数値。これが高ければ高いほど、使う魔法は世界に強い事象として現れる。数パーセント違うだけで、使える魔法の種類や放つ魔法の威力、精度に違いが出るほどなのだ。


「――では、今回は現在保有量と保有色、それから結合安定率を測ってみましょうか」


 緑が説明を終えると同時に、スキャナーは動き出す。取り付けられた心想因子オドを感知するセンサーが冥の体を透過し、スキャナーに読み込んでいく。


 ――測定は十数秒くらいで終わった。


「えっと……暗条さんですね。ありがとうございます。終わりましたよ」


 モニターに表示されている名前を確認した緑は、測定が終了したことを冥に告げる。冥はそれに一度ペコリと頭を下げる事で応えた。


 しばらくして、冥の測定の結果がモニターに表示される。


 そこに表示されていた数値は――


 ========================

 現在保有量 30000

 保有色   黒(闇属性)

 結合安定率 62%

 ========================


 モニターに映った結果を見て、緑は感嘆とした声をあげる。


「すごいですね……高等部一学年でこの結果はかなり優秀ですよ」

「「「おお!!!!!」」」


 緑の若干上ずったような誉め言葉にⅤ組の生徒達は色めき立つ。


 通常、魔法師学校高等部一学年の平均値は、現在保有量が10000、結合安定率が50%といったところだ。しかし、冥の出した値は現在保有量が平均の三倍、結合安定率に関しては平均より10%以上も上回っていた。


「これは内部生の上位に匹敵するレベルですね。外部生でここまでの値を入学してすぐに出すのはすごくめずらしいわ……」

「……ありがとうございます」


 心底驚いたと言ったような緑の賞賛に冥は少し頬を赤く染め、礼を言う。緑の言葉を聞いていたⅤ組の生徒達も、少なからずが尊敬や憧れの視線を冥に送っていた。あんまり経験しない賛辞や羨望の視線のせいか、冥の頬はますます赤くなっていく。


 それを少し離れて見ていた炎理は面白くなさそうに呟く。


「ケッ!俺だったらもっといい結果出せるぜ!」


 炎理の横にいた祢音はその嫉妬心全開の呟きに苦笑すると、測定をしに行くことを勧めた。


「はは……だったら、測定しに行って来いよ。なんか続々と測定したい奴があっちに集まってるぞ?」


 冥の測定が終了して、すぐにⅤ組の生徒達が、自分達も!と測定を志願しだしたのだ。「我も!我も!」と砂糖に群がる蟻のように集まる生徒達に緑は「じ、時間もないから、す、数人だけにします!だ、だから落ち着きなさい!」ともみくちゃにされながら、叫ぶ。


 生徒達が以心伝心のように一致団結で心に決めた『風間先生には負担をかけないようにしよう!』といった誓いはどうやらもう消えたようだ。もしかしたら緑は負担を負う星の下に生まれたのかもしれない。彼女には強く生きてもらいたいものだ。


「うお!マジか!じゃあ祢音も行こうぜ!」


 緑に群がるⅤ組の生徒達を見て、炎理が慌てたように祢音を誘う。だが、祢音はその誘いを断った。


「……俺はいいかな。数人だけって言ってるし、選ばれるとは限らないから。炎理だけ行ってくれ」

「そうか!わかった!俺の結果に期待しとけよ!」

「はいはい」


 祢音に断られたことに少し残念そうにしながらも、炎理はすぐに嬉しそうに緑に群がる生徒達の群れに加わっていく。


 それを祢音は少しだけ羨まし気な視線で見送るのだった。



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