第9話 学園初日スタート


 入学式は恙無つつがなく終了した。


 生徒会長の紫苑が周囲を魅了し、その後に続いた新入生代表の挨拶でも似たようなことがあった以外は、無事に終わることができた。


 炎理の興奮を宥めるのに疲れた祢音は終わったのならさっさと帰りたいと思ったが、生憎とそうもいかない。式終了後の次はIDカードの交付が待っている。


 各人の個人情報が記された武蔵学園の者であるという身分証明書であり、学園の各施設や備品の使用にも必要になってくる物だ。


 IDカードは本棟の窓口で配布されている。その為、窓口前はそれなりの列が形成されていた。


 終わってから即座に向かった甲斐もあって、比較的先頭にいた祢音と炎理。二人ともすぐにIDカードを受け取った。


「祢音!何組だ?」


 IDカードにはそれぞれ所属するクラスも記載されている。炎理がそれをワクワクしながら聞いてきた。


「俺はⅤ組だな。炎理は?」

「一緒だ!やったな!」


 大げさに喜ぶ炎理。それを見て、いちいちオーバーな奴と呆れながらも、祢音も嬉しそうに破顔する。


 一学年はⅠ組からⅧ組まで存在し、一クラスは二十五人となっている。


 Ⅰ組からⅣ組までが内部進学生のクラス、Ⅴ組からⅧ組が外部進学生のクラス。そのように区別が成されていた。


 その理由というのも、やはり外部で合格して来ている学生達よりも三年間武蔵学園で鍛えた内部の学生達の方が実際問題はるかに魔法の扱いに長けているからなのだ。悪くいってしまえば、外部進学者たちは内部進学者たちのスペアみたいな扱いということである。


 だからなのか、内部生達は基本選民意識が高く、プライドが天井知らずの者達が多い。さらには思春期の真っただ中の子供というのもあり、必然的に彼らは外部生を見下してしまいがちだ。


 とはいえ、武蔵学園側もそこは理解していながらも、ほったらかしにしている面が強い。そこには反骨心から、より競争意識を高め、強い魔法師になってほしいという願望があるからなのかもしれないが、やはり少しやり方が酷なのは否めなかった。


「よし!今日のやることは終わったし帰ろうぜ、祢音!」


 今日の行事は入学式とこのIDカード交付のみ。無事にIDカードをもらい受け、クラスも知れたことで、炎理は解放されたかのように晴れやかに帰宅を誘う。


「ああ、そうだな」


 祢音としてももう今日は学園に用事もないので、その誘いに乗るのだった。




 ♦




 明くる次の日。


 入学から一夜明けた朝。


 安全に起きれることに感謝しつつ、ベッドから出た祢音は習慣になってしまったのか、シャワールームへ向かう。


 昨日はあの後、寮に戻る前に炎理と二人で街を回った。山奥生活が長く、友人なんていなかった祢音にとって初めてできた友人との遊び歩きは新鮮で楽しいものなのである。再会してから、何回か一緒に遊びに行ったが、それでも飽きることはない。現代常識に欠ける祢音にいろいろと教えてくれる炎理。あのチャラい見た目とは裏腹に友達想いでやさしい奴なのだ。


 しかし、ナンパの誘いだけは勘弁してほしいと思っている。毎回断って、先に帰っているが……。


 『祢音がいれば絶対女の子釣れるから!一緒にナンパしようぜ!』と毎回誘ってくるのだが、そんなことはないと思うので、一人で勝手にやってろと思う祢音なのであった。


 シャワーを浴び終え、さっぱりとした祢音は、髪を乾かしながら、学園へ行く身支度を整え始める。


 今日の日程はオリエンテーションだけである。そのオリエンテーションで担任の紹介と学園の施設紹介が担任の教師からされるそうだ。この広大な学園の豪華な設備をいろいろと回れるのが楽しみな祢音はすでに気分が高揚していた。


 そうして、数分後。


 ――身支度を終えた祢音は学園に向かうため、部屋を出るのだった。




 登校したばかりの1年Ⅴ組はちらほらと小集団が出来ていたが、それでも比較的静かだった。たぶん内部生の集まるⅠ組からⅣ組以外の他クラスは似たようなものだろう。外部生は初対面がほとんどなのだ。すぐに友人を作れるのはコミュ力が天元突破した人種だけだろう。


 寮の前で一度炎理と合流してから登校した祢音はまず自分の席を探す。


 そして、案外それはすぐに見つかった。何故なら、教卓の前に取り付けられた電子黒板にデカデカと各人の座席が記されてあったからだ。


(お!前扉のすぐ隣か……教室入ってすぐ近くはありがたいな)


 電子黒板にのっていた袮音の座席は廊下側の最前席。普通は一番前の席は煙たがれるものだが、袮音は嬉々としていた。


 座席順に従い、席についた袮音は見慣れない形の机に興味を持つ。


 それは卓式電子情報端末という、現代の授業教材の一つであった。


 現代の教育システムでは紙媒体の教科書は廃止されていた。未だ伝統を守り、紙の教科書で授業をする学校もあるにはあるが、それはごく少数だ。殆どの学校が電子情報端末を用いて授業を行う形式に変わっている。


 そんな時代の恩恵にあやかる様に祢音もIDカードをセットし、自分の机の電子情報端末を起動した。最初のディスプレイに映し出されたのはインフォメーション。


 履修要項や前期のカリキュラム、一学年時のイベント日程、施設使用に関する注意事項、自治会やクラブ活動の案内などが記されていた。ゆっくりとスクロールしながら祢音は読み進めていく。


 読み進めていくうちに、選択科目の存在を知った祢音は最初に登録を済ませるため、どれを受講するか選択をしようとコンソールを操作し始めるが……。


 そこで、気がつく。


(ど、どうやるんだ……?)


 やり方がわからない!と。


 戦闘は得意な袮音だが、機械全般は苦手だった。未だにアリアから送迎時に貰った携帯情報端末もうまく使えないほど。


 田舎どころか山奥で野生児の様に育った袮音は「修行!修行!」とばかりに毎日修行か勉強を教わるだけの子供らしからぬ生活を送っていた為、現代のデジタル技術についていけないアナログ人間みたいな感じに育ってしまったのだ。


 悩みながらも、コンソールを指一本で右往左往しながら慎重に操作していく。


 そんな時、席が離れた炎理がどこか落ち込んだ様子で袮音に近づいてきた。その淀んだ空気を纏った様子に袮音は思わず尋ねる。


「どうした?」

「俺、なんか嫌われてるぽい……」

「はぁ?」


 意味がわからない。ほぼ初対面ばかりのクラスメイトに嫌われるも何もないだろ。


 祢音はそう思ったが、口には出さず、首を捻って応える。炎理はそんな祢音の様子を見て、説明してくれた。


 曰く、新しい学校生活が始まる!よし、早速友達を作ろう!と意気込んで席の近くにいる小集団にフレンドリーに絡んだらしい。しかし、自分が来た瞬間に何故か顔を引きつらせて、すぐに解散してしまった。その後も何組かに仲良くなろうとして近づくも、全く同じように避けられるという事態になったそうだ。


 悲しそうにつぶやく炎理に祢音はその理由を大体察した。


 多分、彼らは炎理の容姿に気後れしたのだろう。見た目がチャラく、体も15歳の平均よりかなり大きい。更には顔も悪くはないが、若干強面だ。田舎から出て来た不良少年と思われても仕方なかった。


 話せば、いい奴なのだが……。


 いつもの無駄なやかましさがなりを潜めている炎理の姿はなかなかに珍しい。


 どんな言葉をかければいいのかわからなかった袮音はとりあえず励ましておくことにした。


「あー……ま、まぁまだ始まったばかりだからそんな気にすんなよ。きっと気恥ずかしさから、お前と話せなかったんじゃないか?」

「……おお!そうだよな!俺みたいな絶世のイケメンにいきなり話しかけられたら普通気後れしちまうよな!そらぁ仕方ないわな!あははは!」

「あ、うん。そうだね」


 どういう頭をしていれば袮音の言葉をそこまで自分本意に曲解できるのだろうか。おめでたい奴だ。でも、炎理のテンションは戻った。


 いつものやかましさが復活して一段落、と袮音は安堵したが、


「バカバカしい。魔法師を目指すためにこの学園に入学したというのに友達作りとは随分とおめでたい人ね」


 と水を差すように、横の席から明らかに見下したような言葉が飛んで来た。


 どうやらめんどうはまだ終わらないらしい。


「ああ?なんだと?」


 横合いから飛んできた完全にバカにした様な声音に炎理は目尻を吊り上げて、振り返る。


 怒りも露わに振り返った炎理を待っていたのは、怒りの熱をも冷ますかの様な冷え切った視線を向けてくる美少女だった。その道の変態なら「ご褒美です!」と喜んで這い蹲るレベルの冷めた眼差しだ。


 少女は腰まで伸ばした艶やかな黒髪を払って、普段はキリッとしているであろう目尻を鋭く細め、言葉の棘を放つ。


「ふん!せっかくこの魔法師輩出の名門校である武蔵学園に入れたというのに、友達作りにかまけるなんてアホだと言っているのよ」

「てめぇ……言ってくれるじゃねーか!」

「口を開かないでもらえるかしら、にわとりさん?さっきからうるさく囀り回って、迷惑なの」

「はぁ!?い、言わせておけばこの女ッ!」

「あと、あなた鏡を見たことあるのかしら?あなたがイケメンだったら、この世の男は大体イケメンになってしまうわ。もし本気で言っていたのなら今すぐ目の手術をすることをおすすめするわね」

「こ、こ、こ、こ、こ、こッッッ!!!」

「あら?突然鳴きだしてどうしたのかしら?まさか求愛?残念だけどあなたタイプじゃないのよ。生まれ直してきなさい。――まぁ、生まれ直したところであなたには絶対惹かれないでしょうけど」

「――!!!」


 罵倒の絨毯爆撃だ。容赦のないその口ぶりはいっそ清々しささえ覚える。


 言葉にならない怒りに、炎理の顔色が面白いほど真っ赤に染まった。自分の髪色よりなお赤い。顔にすべての血液が集まっているのではないかと思うほどだ。


 祢音は二人の口喧嘩というより片方の一方的言葉の暴力を見て、多分初対面にもかかわらず、冴えわたる少女の毒舌に少し引いた。だが、あまり引いてる暇はない。女に対して怒りを向ける炎理を珍しく思いながらも、二人の言い合いの収拾がつかなくなりそうだったので、止めるために口を挟む。


「一応そこまでにしとけ、炎理。それにあんたも。周りに迷惑だし、結構目立ってる」

「チッ!」

「……」


 祢音の言葉を聞いたのかはわからないが、とりあえず二人は矛を収めてくれた。炎理は納得のいかなそうな表情で、少女は無表情で、応える。


「ハン!命拾いしたな!」


 最後に炎理は、お前はどこの三下だよ、と言いたくなるようなずれた捨て台詞を吐き、


「はぁーアホらしい。くだらないわ。あとあなた。私は”あんた”って名前ではないの。ちゃんと暗条冥あんじょうめいって名前があるの。覚えときなさい」


 少女は心底疲れたようなため息を吐いて、祢音を一睨みしてから、自分の名前を名乗って視線を外した。


「ケッ!お高くとまりやがって!」

「はぁ~炎理も落ち着け。そろそろオリエンテーションが始まるだろうから戻った方がいいぞ」


 ため息交じりの祢音の忠言にしぶしぶとした表情で頷いた炎理は最後まで毒舌少女に眼を飛ばしながら、自席に戻っていった。


 少女の方はピクリとも気にしていなかったが……。



 

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