第7話 決着

 

 振り下ろされたアノリエーレンから迸る心想因子オドの奔流。激しい心想因子オドの輝きが演習室内を埋め尽くし、反射的に緑は手を翳して目を守った。


 光が晴れて、目を開けた緑の視界に映ったのは、心想因子オドが続く限り不滅のはずの魔法生命体である蛟竜が消えていて、術者である兵吾が床にうつぶせで倒れているところだった。


「村雨さん!?」


 慌てて、倒れる兵吾に駆け寄る緑。

 

 起こした兵吾の体には傷一つなく、ただ気を失っているだけだとわかり、わずかに安堵する。しかし、あの光の中で一体何が起こったかわからない緑は当事者である袮音に話を聞こうと視線を向けた――その時。


「う、うぐぅ……」

「村雨さん!」


 それより先に兵吾が意識を取り戻した。


「俺は……確か……」

「村雨さん大丈夫なんですか!?」

「あー風間か。なにそんな慌ててるんだよ?」

「そ、それは慌てますよ!突然眩しい光がこの部屋を包み込んで、光が晴れたら村雨さんが倒れてたんですから!」

「光……そうだ、確か蛟竜が両断されて……何故か再生せずに霧散して……そして、気がつけばそのまま俺は意識を失ったんだ」


 緑の言葉に意識がはっきりとしてきた兵吾はぼんやりとだが、段々と気絶前の状況を思い出し始める。


 そんな記憶を探る最中の兵吾に袮音は声をかけた。


「大丈夫か?」

「……無道袮音だったか?」


 声をかけられて、視線を上げた兵吾は袮音の名前を確かめるように聞く。それに対して、袮音は頷くと、兵吾の安否を確認した。


「ああ、それより体は大丈夫か?」

「……別にどこも悪くはないな。ケガもしてないし」

「そうか、よかった。……それで、俺の試験だが、どうなるんだ?」

「試験?……おお、そうだった。今実技試験だったな確か」


 試験であることを忘れていたかのようなセリフに緑が「やっぱり試験ってこと忘れてたんですね!?このタコ!!」と憤りをあらわに兵吾をド突こうとする。


 だが、気絶から目覚めたばかりとは思えない俊敏な動きで兵吾はその緑の攻撃を避けた。避けられて、さらに腹を立てた緑は追撃を開始。兵吾は修羅と化した緑を見て逃げ回る。そんな二人の様子を見て、兵吾は大丈夫そうだな、と袮音は安堵した。


 袮音が二人に声をかけたのは兵吾の無事を確認することも目的だったが、本当の理由は自分の実技試験について知りたかったのである。もともと自分の最後の攻撃は人体にそこまで影響を及ぼさない。あれは自身の持つ特殊な心想因子オドを用いた魔法であり魔法でない力。だから、それほど心配はしていなかった。


 しかし、試験についてはわからない。


 勝敗はないと言われ、審判である緑が実力を見定めれたら終了というルールだったはずだが、袮音の模擬戦中に緑が二人の戦いを止めに入ることはなかった。実は止めに入ろうとしたが、攻防が激しすぎて止められそうもなかったというのと普通に二人とも止まりそうになかったからという二つの理由から、諦めて二人の模擬戦を観戦することに集中していただけということを袮音は知らない。


 その為、教師を倒してしまったことに袮音は少なからず不安を覚えていたのだ。何せ勝敗はなしというルールにもかかわらず、勝ち負けを生み出してしまったのだから。これはもしかしてルール違反になるのでは?と内心ヒヤヒヤしていた。


(強者と戦うのが楽しすぎてテンションがハイになっていましたっていう言い訳は通用しないよなぁ~)


 もしかしたらかなり悪い点数になるかもしれないな、と袮音がちょっぴりあきらめモードに入り始めた時。


「俺に勝ったんだから、お前の実技試験は文句なく満点だ」


 緑から逃げ回っていたはずの兵吾がいつの間にか横にいて、まるで袮音の内心を読んだかのように、そんな言葉を袮音に送る。しかも、かなりさらっと。


 あまりに自然に言われたせいで、袮音は思わず聞き返した。


「え?なんて?」

「何呆けてるんだよ?実技試験満点だぞ?よかったな!これでほぼ合格は決まったようなもんだぞ!!」

「いやいや……え?点数ってそんなに簡単に教えていいのかよ?しかもルールじゃあ、勝敗はなしって言ってたんだが……」

「あ?風間、お前一体どんな説明したんだ?」


 袮音の質問に兵吾は訝しげな表情を浮かべると、少し疲れ気味な顔で近づいてきた緑に言葉を投げかけた。何か兵吾に言いたげな雰囲気でジト目を向ける緑だが、律義にも疑問に答える。


「はぁ……普通に説明をしただけです。ただし、勝敗ではなく、村雨さん相手にどれだけ力を発揮できるかで評価を決めますって言っただけですよ」

「あーなるほど。まぁただの学生が俺に勝てるとは思わないもんな、普通。勝敗によって合否を決めちまったら、俺の試験で合格者はいなくなるわな」

「そういうことです。……というか、本当なら試験官であるあなたが説明しないといけないんですよ!それなのに勝手にタバコ吸いに行ったり!受験生たちの実力を見たいのに、大人げなく一瞬で終わらせたり!試験官って自覚あるんですか!?」


 緑は話していると段々と今までの怒りがぶり返してきたのか、口調も荒くなっていき、兵吾を睨みつけてぷりぷりとまた説教を始めた。その様子に兵吾は苦笑し、謝罪を口にする。


「あーはいはい、悪かったよ。……でも、実力を見たいって言っても、俺の限りなく手加減した一撃も防げないやつはどちらにしろその程度の実力しかないってことだろ?」

「まぁそうですけど……」


 どこかぶすっとした表情で兵吾の言葉を肯定する緑。


 今までの試験は兵吾が攻撃を仕掛けただけで、終わる受験生がほとんどだった。手加減された攻撃を多くの受験生は防げずにやられている。何人かはうまく防いで反撃に出る者もいたが、結局は次撃にカウンターを決められて倒れた。そのすべてがお世辞にも戦闘とも呼べないお粗末な代物ばかり。兵吾ほどではないにしても、緑も実は受験生のレベルに失望していたのだ。


 そばでそんな二人のやり取りを眺めていた袮音は、ここでようやく口を挟む。


「……結局俺に点数とか合否のこととか教えてよかったのか?」

「いいんだよ。教師を、それも俺を倒せたんだ。満点以外ありえねーよ。それに実技が満点なら、ほぼ確実に合格だから問題なし!」

「でもルールだと勝敗はなしなんだろ?勝ち負けが生まれたら俺のルール違反ってことになるんじゃあ……」

「ハハハ!お前結構細かいな!それは風間が受験生共に過度の緊張をさせないために言った言葉だ。そんなの気にすんな!俺を倒せるほどの逸材を逃すわけないだろ?」

「……そうか」


 一応の納得をした袮音はそれ以上何も言うことはなく、口を閉ざす。それを横で聞いていた緑は今日何度目かの呆れたため息をついて袮音に釘を刺した。


「……はぁ~本当ならダメなことですけど、すでに教えてしまった以上何を言っても意味ないですし。このことを口外しなければそれでいいです」

「わかった」

「よし!話も終わったし、お前の試験もこれで終わりだ!帰っていいぞ」


 緑の注意が終わったところで、兵吾は最後にそう言って、袮音の実技試験を締めくくるのだった。




「それにしてもすさまじかったですね、あの少年」


 第三演習室から出ていった祢音の後姿を見送ると、緑は少しばかり畏怖したような声音でポツリとそう漏らした。


「……そうだな」


 兵吾はそれに対して、悔しさをにじませながらも素直に頷く。


 祢音本人の前ではどこか明るく振舞っていたが、やはり負けたことがショックだったのかもしれない。


 最初の実力を測る時点で祢音が尋常ならざる実力の持ち主というのはわかっていたが、それでも兵吾は全天ウラノメトリアに連なる旅団級魔法師の一人なのだ。ただの学生に簡単にやられるほど軟ではないと思っていた。しかし、いざ蓋を開ければほぼ一方的な模擬戦となった。


 悔しくないはずがない。


「だ、大丈夫ですよ!村雨さんはまだ本当の力を見せてはいないじゃないですか!」


 そんな兵吾らしくない態度に緑は負けて落ち込んでいると思ったのか、励ましの言葉を口にする。だが、それに対する兵吾の返しは獰猛な笑いだった。


「クックックッ……ハッハッハッ!!!最高だ!まさか十代であんなにできる奴がいるとは思わなかったぜ!世界は広いな!」

「え?村雨さん?落ち込んでたんじゃ……」

「あ?負けたのは悔しいが、別に落ち込んじゃいねーよ。むしろ興奮してるくらいだわ!初めてここの教師になってよかったて思えるぜ!無道が入学すれば、毎日あいつと戦えるかもしれないと思うとワクワクしてくるわ!」

「いや、それはそうかもしれませんが、あっちが戦ってくれるかどうかはわかりませんよ?」

「それは大丈夫だ。戦闘してて思ったが、あいつも俺と同じ戦いが好きな部類の人間だ。誘えば絶対食いついてくる!」

「はぁ……」


 類は友を呼ぶ。


 戦闘狂の思考は理解できないなと思った緑であった。

 

 


 ♦




 その頃、自分の知らないところで兵吾に付け狙われることが決定した祢音はというと、武蔵学園を後にし、そのまま帰路についていた。


 向かう場所は、事前に予約していたホテルだ。武蔵学園には学生寮があるが、合否が分かるまではホテル滞在になるだろう。アリアと一緒に住んでいたあの山奥の場所へは戻らない。その為、しばらくはアリアと顔を合わせられなくなる。


 いざ離れるとなった時、アリアは涙ながらにものすごく渋っていたが、十分ほどハグをさせたら納得してくれた。


 来たときに射していた柔らかい朝の陽ざしは、大地を赤く染める夕陽へと変わっていた。けど、その夕陽もそろそろ沈む。ビル影に重なり消えていく太陽の感慨深さよ。まるで、今日一日の終わりを告げる様。まもなく夜がやって来る。


 目に映る雄大な陽を眺めながら、祢音は今日一日を振り返った。


(初撃で決めるつもりだったけど、まさか反応されるとはな。見て反応したというより、経験からくる危機への条件反射ってところだったけど、それでも避けられるとは思わなかった。それに上級魔法『蛟竜みずち』を駆使しての近接戦闘。あれもなかなかに厄介だった。一撃もらちまったし。しかも多分本気でやってはいたんだろうが、全力ではなかった。まぁ、それは俺もだけど。……ははは!ほんと面白かった!また戦いてぇな!)


 ――今日一日の出来事ではなく、兵吾との戦闘を反省していたのは祢音らしいと言えばらしいのかもしれない。


 兵吾との戦闘を振り返りながら、祢音は試験終わりの充実感を味わっていた。両方の試験ともに手ごたえは感じているし、何よりあれだけの戦いができたのだ。祢音には何よりそれが嬉しかった。山奥にこもって修行ばかりしてたら味わえなかったもの。


(アリアの言う通り、ここへ来てよかった)


 新しい街。初めての友人。強者との出会い。そして、これから始まるであろう未知なる生活。それらを思うと自然と祢音の顔に笑顔が浮かぶ。


 映るすべてが鮮やかに輝いて見えた。


 自然と心が踊り高ぶった。


 だから、祢音は思う……


(ああ……最高に楽しみだ!)

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