第6話 実技試験開始


 兵吾は実技試験である模擬戦を淡々と消化していた。


 すでに八十人以上は試験を終えたが、未だ期待できる受験生がいない。一戦に一分もかからずに終わってしまう受験生ばかりだったのだからそれも当然といえば当然か。


 兵吾の心情としてはもう少しやりがいのある者が来てほしいと思っていた。普段からやる気がなく、だらしない性格だが、唯一戦うことにだけは意欲があった。悪く言ってしまえば、戦闘狂なのだ。


 そんな兵吾だからこそ、あまりにも歯ごたえがなさすぎる受験生たちに内心失望を禁じえなかった。戦ったこともないような少年少女たちに高望みのしすぎなのかもしれないが、せめてもう少し自分とまともに戦える者がいないのかと淡い希望を抱いていたのだ。


 それなりに付き合いが長い緑は兵吾が内心で何を思っているのか、正確に把握できる。だからこそ、心底めんどくさそうにため息をつく兵吾を見て、呆れたようにそれを諫めた。


「村雨さん……そんな露骨に残念そうなため息つかないでくださいよ!あなたとまともに戦える受験生なんかどこの国を探しても多分いないんですから」

「そんなことはないと思うんだけど……はぁ~今年は不作なのか?正直例年と比べて、ひどくね?」

「他の場所でも実技試験は行われてるんですから、一つくらいはこんな場所もあると思いますよ。だから、そんな不用意な発言は控えてください」

「まぁ、仕方ない。残り十数人くらいだろうが、期待しないで待つか……」


 諦めたように緑の言葉に納得した兵吾は次の受験生を待つことにした。そして、二人が会話を終わらせたと同時、第三演習室の自動ドアが開き、一人の少年が入室してくる。


 兵吾の退屈はその少年の到来によって終わりを告げるのだった。




 袮音が第三演習室に入室すると、待っていたのは退屈そうにあくびを欠く兵吾とそれを叱る緑だった。


 相変わらずやる気無さそうな態度に少しばかり苦笑が漏れる。


「受験番号0287番、無道袮音君で間違いないですか?」

「ああ」


 緑に問われ、袮音は返事を返す。緑の横では兵吾がチラッと横目で袮音を見つめていた。


「お前が次の受験者ね……」


 呟きながら、兵吾は注意深く袮音を観察する。それは相手の力量を測る行為。高位の実力者は、相手の体から漂う心想因子オド、体の動き、筋肉のつき方、そう言った様々な要素を加味し、相手の実力を把握する。


 じっくりと袮音を見定める兵吾。深く深く見ることで相手の力を細部まで見通す。


 その結果。


(マジかよこいつ……本当に学生か?)


 わかったことは目の前に立つ少年が兵吾の期待していた強者だということ。いや、もしかしたらそれ以上の怪物かもしれない。なにせ、感じた力量から、全天ウラノメトリアの中でもトップ十二人で構成される黄道十二宮ゾディアックと呼ばれる者達を初めて見た時のような感覚に陥ったからだ。


 そんな想像の埒外の実力を秘めているかもしれない袮音に兵吾は恐れよりも逆に武者震いを起こす。そして、これ以上は意味もないと感じ袮音から視線を外した瞬間。


「もう実力の見極めはいいのか?」


 待っていたかのように袮音にそう声をかけられた。


「!?(バレてたのかよ……)」


 思わずドキッと心臓が高鳴り、冷や汗が噴き出す。


 視ていた時間は数秒にも満たない。それも気付かれないように恐る恐る注意を払って観察していた。かなり自然に、違和感を与えずに。それなのに、簡単に気付かれた。


「はは!おもしれぇ!いいなお前!」


 やる気なさそうな顔から一転、兵吾は犬歯をむき出しにして獰猛に笑う。それは期待していた以上の強者が目の前に現れてくれたから。


 こんなつまらない作業のような試験の中に現れた一つのダイヤの原石。いや、原石ではない。すでにかなり研磨されて、燦然と輝き、一等星にも負けない巨大なダイヤとなっているかもしれない相手。


 兵吾はまるで宝くじで一等が当たった気分のような高揚感に包まれた。


「おい、風間!そろそろ始めるぞ!」

「え?ど、どうしたんですか?いきなりそんなにやる気になって?」

「何でもいいだろ?とにかく始めるぞ!」

「は、はぁ……わかりましたよ」


 唐突にやる気を見せ始めた兵吾に納得いかなそうな顔の緑だが、まぁやる気になったのはいいことだし別にいっかと考え直し、気にすることを止めた。


「それでは、今から受験番号0287番、無道袮音の実技試験を始めたいと思います。双方開始線まで下がり、合図があるまでMAWを展開しないでください」


 袮音と兵吾、双方は頷き、緑の言葉に従うように十メートルほど離れた開始線で向かい合う。


 袮音は縮小させた刀剣型MAW【アノリエーレン】を手の中で握りこみ、兵吾は腕輪に変化させた拳銃型MAW【大蛇おろち】に手を添える。


 睨み合うように合図を待つ二人の顔に浮かぶのは笑顔。兵吾だけでなく、袮音も兵吾を見た瞬間から、武者震いを抑えられなかったのだ。


 一目見てすぐに目の前に立つ兵吾が強いことはわかった。アリアを目標に、強くなりたい袮音にとって、強者と戦うのは何よりも楽しみなこと。言ってしまえば、兵吾と同じ戦闘狂の気質があるのだ。


 そんな両者とは対照的に緑は兵吾を一瞥すると、顔を驚愕の色に染めた。


(うそ!?村雨さんがMAWを使う!?)


 腕輪に手を添える仕草。あれは兵吾が自分のMAWである大蛇を使う前動作だ。


 この実技試験で兵吾はまだ一度もMAWを使ってはいない。使わずとも、全ての受験生を圧倒できるからだ。


 だが、今兵吾はこの目の前にいる少年を相手にMAWを使い、戦う気でいた。


(や、やりすぎないでくださいよ、村雨さん!)


 試験官は兵吾であり、緑はただの審判。口出しなんかできる立場ではないため、なんとか内心で兵吾がやり過ぎないように祈ることしかできない緑であった。


 ピリッと高まる緊迫感。


 お互い視線を合わせ、緑の合図を待つ。


 場が静まり返る。


 静寂が辺りを支配した、その瞬間。


「始め!」


 袮音の実技試験の火蓋が切って落とされた。




 開始と同時に動いたのは袮音。即座に展開したアノリエーレンを腰に構え、身体強化を施し、兵吾との距離を一瞬にして無くした。


「「はっ?(えっ?)」」


 兵吾と緑の声が重なる。


 二人が認識できたのは袮音が一瞬で兵吾の目の前に現れたという結果だけ。


 まるで瞬間移動と見紛うばかりのそれは祢音がよく使う移動術『迅動じんどう』。心想因子オドを足裏に纏い、地面との摩擦を少なくすることで、滑るようにして、高速で動く技。アリアとの修行時にも使っていた歩法だ。


 さらには意識の間隙を突かれたため、兵吾は完全に袮音を見失う形となった。


「フッ!」


 コンマ数秒もかからず十メートルの距離を潰した祢音は加速の勢いを殺さず、そのまま居合切りの要領で抜刀。


 一息に自分を切り裂こうと迫るアノリエーレンに対して、兵吾は驚異的な対応速度で反射的に魔法を発動させた。


 厳密に言うと、兵吾は袮音の動きに全くついていけてはいなかった。だが、長年蓄積した膨大な戦闘経験で培ったとも言える危険察知能力とでもいうべき力が兵吾に奇跡的な反応速度をもたらしたのだ。


 袮音の攻撃から兵吾を守るようにして、何層にも重なるように、複数の水でできた盾が出現する。それは第一位階魔法である『水盾アクアクリペウス』。イメージが楽で、比較的簡単に発動できる水の初級魔法の一つだ。


 しかし、袮音はそれを気にすることもなく、一思いにアノリエーレンを振り抜く。


 鋭く振り抜かれたアノリエーレンはすべての水盾を障害にもせず、あっさりと切り裂き、その向こう側に立っている兵吾にも迫った。


 が、アノリエーレンはそのまま水盾を切り裂いただけで、対象とする兵吾には当たらず、空を切る。


「……なるほど。身を守るためにじゃなくて、避ける時間を作るためか」

「まぁな……だけど避けきれなかったぞ、クソッ!どんだけ鋭い居合だよ」


 腕から流れる血を見て、兵吾はぼやく。内心でとんだ怪物が来たもんだと、顔に苦笑を滲ませた。


 兵吾が発動した水盾は攻撃を防ぐためではなく、袮音の剣速を少しでも遅らせ、避ける時間を稼ぐためのもの。それでも、兵吾は完璧に避けきれず、腕を浅く切り裂かれたのだが……。


 参ったよとでも言うように頭を振る兵吾。そして、最初に袮音を見た時のように獰猛な笑みを浮かべると、


「ふぅ、じゃあ次は俺の番だな!」


 深呼吸を一つ。自分に気合を入れ、流れるような動作で、ごく自然に大蛇を袮音に向けると、魔法を発動させた。


水光線アクアレイ!!」


 第四位階魔法『水光線アクアレイ』。貫通力に特化した水の中級魔法。それが四条、大蛇から連射された。


 狙いは両腕と両足、祢音を行動不能にするために迫る。


 音速を超えるスピードで迫る四条の光線に対し袮音は、


「ハァッッ!!」


 気合一閃。閃光のようなスピードで腕を振る。


 霞む袮音の右腕は幾重の軌跡を描き、迫る四条の光線を切り刻み、四散させた。


「派手な防ぎ方だな!行け、水人形アクアドール


 防がれることは予想通り。続ける様にして、兵吾が発動したのは第五位階魔法『水人形アクアドール』。術者の分身を作り出す水の中級魔法だ。その数二体。


 分身は魔法が使えず、さらには身体能力は術者の身体スペックの半分ほどだが、実力差がなければ、数的有利は戦闘でかなりアドバンテージを持つ。


 命令を受けた水人形が袮音に向かって駆け出す。その速さは半減されているとはいえ、さすがは兵吾の身体スペックだ。一体だけでも、ただの受験生では荷が重かっただろう。


 だが、袮音はただの受験生とは言えなかった。


 迫る二体の水人形。一体は顔への拳打。もう一体は避けた瞬間への追撃なのだろう。拳打する水人形の後ろで袮音の対処を待ち構えていた。


「フッッ!!」


 袮音は初撃を懐に飛び込む様にして躱すと、その間際に切り上げで切って捨て、さらに追撃の二体目を返す刀で袈裟斬りにする。一連の動作全てが淀みなく、流れる様に洗練されていた。


 倒された水人形を見ても、兵吾に焦りはない。むしろ思惑通りといったような笑みを浮かべていた。袮音はわざわざ・・・・水人形二体に対処してくれたのだ。おかげで数秒の時間を得られた。


 元々中級魔法だけで倒せるとは思っていない。兵吾は最初から次の魔法で祢音を倒すために動いていたのだ。でもそれは発動するまでに数秒の時間を要する。通常ならば、兵吾はその魔法を動きながらでも発動できる。だが、最初の袮音のスピードを見る限り、動きながらでの発動は危険な行為と判断した。ならばこそ、数秒くらいは足止めする必要があると考えたのだ。


 袮音が水人形を倒す隙に兵吾は心想因子オドを活性化させていた。


 兵吾の青く輝く心想因子オドが渦巻く様に大気中に存在する現象粒子マナと結び合い、一つの魔法が世界に事象となって現れる。


「水よ、形を成せ!唸れ!蛟竜みずち!!!」


 大蛇の銃口から膨大とも言える水塊を空中に出現させると、それは次第に形を変え、一体の生物を創り上げた。出来上がった生物は兵吾の背後で浮遊し、漂うようにとぐろを巻く。


 兵吾が二節詠唱で発動したそれは第六位階魔法『蛟竜みずち』。水で形成された一体の東洋龍が姿を現し、袮音を睨みつけた。


「ちょ!?村雨さん!?なに受験生に上級魔法なんて危険な魔法使ってるんですか!?」


 兵吾の発動した魔法を見て、緑が焦ったように叫ぶ。普通だったら止めなければいけない状況だが、止めようとも兵吾は聞かないだろう。それに、対面する袮音も兵吾の魔法を見て嬉しそうに破顔している。すでに二人とも止まりそうもなかった。


 緑の言う上級魔法。それは第一位階から第十位階まで存在する魔法の階級の中でも第六位階、第七位階に位置する魔法を指す。かなりの難易度を誇り、大体が殺傷能力の高いものばかりな危険な魔法だ。


 兵吾はそんな魔法を袮音に使おうとしているのだ。緑もすでに袮音が普通の受験生でないことくらいは把握しているが、それでも上級魔法を使う兵吾の気が知れなかった。


(まさか、戦いに夢中になって試験ってことを忘れてるんじゃないでしょうね、あのタコ!?)


 内心で兵吾を罵倒しながら、緑はありえる現実に頭を抱えそうになる。そんな緑の気を知ってか知らずか、状況は動き出す。


「はは!食らったらひとたまりもなさそうだ」

「おいおい、余裕そうだな?」

「なに……当たらなければどうということはない」

「ハッ!後悔してもおせぇぞ!行け!蛟竜」


 蛟竜は自分の切り札ではないが、それでもおいそれと使う魔法でもない。それを袮音に軽く見られたことに若干カチンときた兵吾は、額に青筋を浮かべ、蛟竜に命令を下した。


 兵吾の命令に従うように蛟竜は行動を開始する。


『ガァァァ!!!』


 咆哮一つで第三演習室内がビリビリと震えた。それほどまでの破壊力を秘めた魔法が体を波立たせ、袮音に迫る。


 袮音は笑みを携えたまま、動かない。迫りくる巨大な水の東洋龍にただ視線を向け、じっとアノリエーレンを正眼に構えて、静止している。


 そして、目前まで迫った蛟竜に噛み砕かれる、という直前。


 袮音は動き出した。


「ハァァァッッッ!!!」


 咆哮一発。アノリエーレンを閃かせた。


 側から見た者達は袮音が何をしたかわからなかった。なぜなら、剣速があまりにも速すぎて、目では追えなかったのだから。


 だが、結果は如実に現実となって表れる。


 速さは力。認識不能な剣閃によって生み出された破壊力抜群の斬撃は接近する蛟竜を両断し、さらには勢い止まらず、兵吾にまで迫った。


「んなっ!?」


 慌てて、横に避ける兵吾。駆け抜けた衝撃の余波が頬を撫でる。


 自分の元居た場所を確認すれば、斬撃が通り過ぎた床は無残にも一直線上にひび割れていた。この第七位階の魔法まで防ぐように設計された演習室がだ。


 その光景を確認した兵吾は戦慄したような声をあげる。


「…………な、何て威力だよ。当たったら、ただじゃ済まないじゃねーか……」

「なに……避ければ問題ないだろ?」

「簡単に言ってくれるぜ……」

「それで、もう終わりか?」

「ハッ!なわけないだろ?本当にあれで蛟竜が倒せたと思ってんのか?」

「なに?」


 兵吾の見せる余裕に袮音が慌てて周りを見回す。すると、両断してただの水に戻ったはずの蛟竜がまた形をとって再生しようとしていた。


「蛟竜はただの魔法じゃないんだよ。大気に存在する水分を利用し、術者の心想因子オドが持続する限り再生を繰り返す不滅の魔法生命体。それが上級魔法『蛟竜みずち』」


 兵吾の説明が終わると同時、蛟竜の再生も完了する。両断される前と変わらず、威厳に満ちた一体の東洋龍がまた姿を現した。主人を守る様に兵吾の頭上から、袮音に睨みを利かせている。


「こいつを破壊できるお前の刀技もすごいが、いくら破壊してもこいつは俺の心想因子オドが続く限り再生する。それに俺の心想因子オドはまだまだ余裕だ。どうする?諦めるか?」

「……この程度であきらめるわけがないだろ!」

「そうかよ!」


 兵吾の挑発から再開する模擬戦。先ほど同様、また蛟竜の苛烈な突進が繰り出される。


 一閃して首を刎ねる。首が再生して元通りに戻る。アノリエーレンを数回閃かせて、細切れのようにバラバラにする。が、やはり再生して蘇る。


「チッ!」


 袮音は蛟竜の思った以上に厄介な能力に顔を顰め、再度突進して来る蛟竜に集中しようと、アノリエーレンを構えた瞬間。


「おいおい、そっちばっかに集中してていいのか?」

「グッ!?」


 突如横に現れた気配に反応が遅れ、蹴りを一撃もらってしまう。蛟竜に集中が行き過ぎて、術者本人である兵吾を忘れた袮音の油断の結果だ。


「ッ厄介な!」


 吹き飛びながら、空中で態勢を立て直し着地した袮音は口の中に広がる血の味に苦い表情を浮かべて毒づく。油断をしていた自分の迂闊さに苛立つが、視線はしっかりと村雨を見据えていた。


「本気の身体強化で蹴ったつもりだが……あんまり効いてなさそうだな?」

「今以上の攻撃をほぼ毎日食らってたからな。耐性もつくさ」

「へぇ~俺以上の攻撃を毎日か……」

「さて、もう油断はしない。続きをやろうか!」


 続きを促してくる袮音に、兵吾も嬉しそうに応える。つくづく戦闘狂だなとジト目で眺める緑を二人は完全に忘れ、戦闘は再開する。


 兵吾が蛟竜に指示を出し、応えるように蛟竜は袮音を強襲する。顎門あぎとを開き、噛み砕こうと迫る蛟竜に対して、袮音はアノリエーレンを一閃して斬り捨てる。だが、再生する蛟竜に対してそれは意味のない行為。


 蛟竜の強襲と同時に兵吾も動き出していた。身体強化を施した兵吾が近づきながら、大蛇から水光線アクアレイを連射してくる。袮音はそれをすべて避けると、お返しとばかりに接近する兵吾に向かって、アノリエーレンを薙いだ。


 兵吾はそれをしゃがんで避けると、そのまま足を払いにいく。袮音は簡単に跳んで避け、反撃にまるで大道芸のような、空中から一回転した回し蹴りを兵吾に見舞い、吹き飛ばした。


 ギリギリで大蛇を盾にして、直撃を防いだ兵吾だが、放たれた高威力の回し蹴りに腕がしびれ、立て直しが遅れる。


 袮音はその一瞬を見逃さない。迅動を駆使して近づくと、アノリエーレンを唐竹の要領で振り下ろした――。


 だが、追撃が当たるという直前、再生が終わっていた蛟竜が兵吾を守るようにして、袮音にブレスを放つ。


「チッ!」


 直撃はまずいと感じた祢音は迫るブレスを危なげなく迅動で回避し、また兵吾との距離を取った。気がつけば、二人とも最初の位置に戻っている。


 わずか数分の間に行われた濃密な攻防。二人とも決定打にかけ、いまだ決着はつかない。


「はぁはぁ……お前本当に受験生かよ?」

「ああ、これでもまだ十五歳だよ。……にしても先生強いな!!」

「……おいおい、まだ元気そうだな……」


 まだまだ余裕のありそうな袮音に兵吾は呆れたように苦笑した。まだ決着はついていないが、それでも二人の間には如実に差が表れていた。それが体力だ。


 息一つ乱していない袮音に対し、兵吾はすでにかなり疲弊しているのが見て取れる。


(俺も衰えたか?……いや、違うな。実際はこいつの一撃一撃にものすごい神経を削られてるんだ。どんな身体強化の技術だよ。あれほど緻密な心想因子オド操作なんて見たことねーぞ。だけど……)


 袮音の攻撃はその一発一発が危険であり、兵吾は全神経を防御に捧げる必要があった。蛟竜がいなければなかなか反撃はできなかっただろうし、すでに数回はやられていると兵吾は内心で冷静に状況を分析していた。そして、そう分析しているうち、袮音にある違和感を持つ。


「……なんで魔法を使わないんだ?」


 兵吾が袮音に持った違和感。それは、未だ一回も魔法を使っていないということ。あれだけの緻密な心想因子オド操作をする者が魔法を使えないとは考えずらい。


 まさか自分に手加減でもしているのかと思い、


「……もしかして俺を舐めてるのか?」


 と兵吾は怒りを抱く。


「いや、そういうわけじゃないんだが……まぁ仕方ない、先生が心想因子オド切れになるまでやってもよかったけど、そろそろ終わらせるぞ?」


 が、袮音はどこか曖昧に言葉を濁すと、突如雰囲気を変え、そう宣言した。


「終わらせるね……大きく出たな」

「楽しませてくれたお礼にとっておきを見せてやるよ」

「ほぉ……」


 終わらせると明言した袮音に対し、兵吾は嬉しそうに迎え撃つ態勢を取った。


「なんだ、受けてくれる気満々じゃん?」

「何……本当だったら俺が蛟竜を使う前に止めれたはずなのに、止めなかったお返しだよ」

「へぇ~気付いてたのか」

「フン、戦ってたらいやでも理解したわ」

「そうか……じゃあ、後悔してもおせぇからな!」


 袮音は先ほど兵吾に言われた言葉をそっくりそのまま返すと、心想因子オドを高め始めた。尋常ではない量の心想因子オドが袮音から立ち昇り、衝撃で演習室全体を震わせる。


「おいおい!?なんだこの心想因子オド量は!?」

「む、村雨さん!?さすがに終了です!!これ以上はやばいです!!」

「ダメだ!!もう止まらねぇ!!だから戦闘に入ってくるな!!」

「でも!」

「大丈夫だ!さすがにあいつもここを吹き飛ばす気はないだろ!そこで見てろ!」


 袮音の耳に言い争う兵吾と緑の声が聞こえたが、関係なかった。すでに心想因子オドは収束し、アノリエーレンに吸い込まれている。袮音の心想因子オドを吸収したアノリエーレンは刀身を星の輝きのように煌めかせ、一つの光源を作り出した。


「はは……なんだそれ?」


 そのアノリエーレンを見た兵吾はただ茫然と言葉を零す。それは肌で感じるほどの強烈な力の波動に圧倒されているからか。それとも幻想的な美しい光景に感動して唖然としているのか。


 そんな様子の兵吾に袮音は最後の言葉を送った。


「楽しかったよ。……でもこれで終わりだ。理よ、無にせ!!アノリエーレン!!!」


 兵吾が最後に見た光景は蛟竜が頭から両断され、再生できずに空中に溶けるようにして、霧散していくところだった。

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