第5話 初めての友人

 

「こほん!えーここ第三演習室の実技試験担当はさっき出ていったあのクソ野郎です」


 恥ずかしいところを見られたせいか、緑は少し顔を赤くしながら、説明を始めた。口調は戻ったが、すでに兵吾への敬意は微塵たりともない。まぁ最初からなかったかもしれないが……。


「まず初めにこの実技試験はここだけではなく、他の会場でも執り行われています。模擬戦のルールは一定ではなく、教師たちによって様々です。また評価基準も教師によって違います。ここの実技試験会場のルールは単純。ただあのクソ野郎と一対一で戦ってもらうだけです。ただし、勝敗で合否は決めないので安心してください。それはあなたたちとあのクソ野郎とでは実際問題、実力が違い過ぎて勝負にならないからです。その為、勝敗はなし。私がある程度あなたたちの実力を判断出来たらそこで終わりです。なので、あなたたちはあのクソ野郎相手にどれだけ実力を発揮できるのか私に見せてください」


 ずいぶんと辛辣な言葉。だが、事実だ。受験生と兵吾の間には実際隔絶した実力差があった。緑の言葉は間違いではない。ほとんどの受験生がその言葉に安堵していたくらいだ。もし勝敗で合否が決まるのなら百パーセント受かるはずがないとわかっていたから。しかし、それでも一部は緑の言葉を面白くなさそうに聞いていた。


 袮音はそんな態度が分かれた周りを見渡す。その二つの態度だけで合格する者と不合格になる者の両者がはっきりと分かった。今の言葉で安堵している者達は落ちるだろう。いくら実力差が離れていても、いくら勝てないとわかっていても、やってもいないのに最初から諦めている者達が魔法師になれるはずもない。仮になれたとしても、長くはもたないだろう。


 魔法師は民を守る武力の象徴。敵に屈するわけにはいかないのだ。最初から諦念を持って挑んでいる者に魔法師になる資格はない。


 袮音がそんな風に冷酷に周りを観察していた時だ。演習室の扉が開いて、サボり魔が戻ってきた。


「おーどうやらちょうどルールも説明し終わったようだな。さすが風間。仕事が早いですこと!」

「こぉんのクソ野郎ぅぅ!!死ねぇ!!」


 戻って早々神経を逆なでするような兵吾の労いに緑も我慢の限界を超えたのか、返答として、目にも止まらぬ速さで兵吾に殴りかかった。それはもう本気の殺意。十全にかけられた身体強化によって、当たれば一瞬で三途の川を渡れる威力があった。


「え!?ちょッ!?あぶなっ!?」


 だが、兵吾は口で情けない悲鳴を上げながらも、危なげなく緑の攻撃を避ける。


「避けるな!!」

「俺に死ねって言うのか!?」

「ええ!土に還ってください!!」


 突如始まった教師二人の喧嘩。ただの喧嘩に見えるが、身体強化を使った高度な応酬が入り混じる喧嘩だ。演習室内の受験生は目を点にして見ているが、その驚きは喧嘩が始まったことから段々と、喧嘩の中身に変わっていく。


 本職の魔法師達が行う身体強化を使った喧嘩という名の演武。攻撃を行う緑の苛烈にして強烈な連撃。守りに徹する兵吾の華麗で流麗な受け流し。


 これから魔法師を志そうとする少年少女たちはただ唖然としてそれを見続ける。


「はぁはぁ……もういいですよ……さっさと実技試験に移りましょう」


 結局、最後まで兵吾に攻撃が当たることはなく、最終的には緑が根負けして攻撃を止め、二人の喧嘩は終わりを遂げた。


 まだ魔法師の卵ともいえない未熟な少年少女達には、その現役魔法師達が繰り広げた高度な戦いの光景が余計これから始まる模擬戦へのプレッシャーとなるのだった。




 ♦




 第三演習室の隣にある控室。


 順番が来るまで受験生はこの部屋で待機することを命じられている。


 椅子に腰かけながら、手持ち無沙汰ですることもなく、袮音はただ周囲を観察する。


 この控室に残る人数はすでに残り二十人もいない。緊張で固くなっている者、不安を隠そうともせず怯えている者、堂々と突っ伏して寝ている者、壁を背にして一人目を閉じて集中する者、女子に声をかけてナンパ紛いの行為をしている者、といろいろな態度の者が残っている。


 袮音がそうやって周囲を観察している時だ。突如横に腰掛け、一人の男が話しかけてきた。


「なぁ!」

「ん?」


 視線を向けた袮音の前には、真っ赤な髪を逆立たせ、耳にピアス、首にネックレス、左右の中指にそれぞれ同種のリングを嵌めたチャラい風貌の男。何故かにやにやと笑いながら、袮音に変な質問を投げかけてきた。


「やっぱりな!あんた朝の侍だろ?」

「はぁ?」


 いきなり意味の分からない質問を振られ、首をひねる袮音。だが、男は袮音の様子を気にすることなくそこからマシンガンのように語りだす。


「いや~刀剣型MAWを腰にそのまんま引っ提げて歩く奴なんか始めて見たぜ!侍とか一体何世紀前の人間かと思ったね、俺は!しかもよく見たら男前だし!くぅ~羨ましいね!それだけ男前だと女の子には困らなそうだな!ちくしょう!それになんか雰囲気めちゃくちゃ強そう!天は二物を与えずとかいうが、嘘だろ!やっぱ!なぁなぁ!そう思うだろ?」

「……いや、まてまて。とりあえず誰だよお前?」

「え?あ!俺としたことが自己紹介もまだだったな!俺の悪い癖で、話し出すと止まらないんだよ。悪かったな!俺は火野炎理ひのえんりっていうんだ!よろしくな!」

「…………無道袮音だ」


 たった一言二言交わしたくらいだが、すでに袮音は火野炎理と名乗った男のやかましさに辟易していた。


「そうか!袮音って言うのか!俺は炎理でいいぞ!それでさ!袮音はどうしてあんな珍妙な格好をしてたんだ?」

「珍妙って……刀は普通腰に差すもんじゃないのか?」

「プッ!アハハ!!それいつの時代のことだよ!袮音って面白いのな!」


(なんだこいつ……初対面のくせにめちゃくちゃ馴れ馴れしいな)


 袮音の言葉がツボに入ったのか、しばらく爆笑する炎理。そんな炎理に袮音はめんどくさそうな表情で聞き返す。


「そこまでおかしいことなのか?かなり田舎から来たからそこら辺のことはよくわからないんだけど……」

「なんだ!それだったら仕方ないな!笑って悪かった!」 

「……」


 炎理から思いのほか素直な謝罪を受けて、祢音は少しばかり面食らう。そして、続けるようにして、炎理は世間一般の常識を祢音に教えた。


 曰く。MAWは可変性能がついているため、そのまま持ち歩くのではなく、形を変化させて持ち歩くのだとか。通常は展開した状態で持ち歩かないらしい。それに普通は魔法師や魔法師学校の学生以外の者がMAWを携帯するのは禁止らしく、警察に見つかったら逮捕されるとのこと。今日が魔法師学校の入学試験日のため、受験生にもMAW携帯が解禁されているそうだ。


(あーそう言えば、空港の審査の時、なんかやたらと言われたな……MAWを展開して持ち歩くなとか、今日が試験日じゃなかったら本当は携帯禁止だからなとか)


 炎理の話を聞きながら、ぼんやりと今日の入島審査を思い出す袮音。島についた時から、見たこともない人の多さに興味津々だった袮音は、審査官からの注意を完全に右から左に聞き流していた。


「――だからさ、最初見た時は驚いた。あそこまで堂々とMAWを展開して持ち歩く奴がいるなんてってな?それがまさか、MAWの可変性能を知らなかったとは……」

「……なるほどね」


 炎理のありがたい話を聞き終えた袮音は早速、腰に差している自分の刀剣型MAWを言われたとおりにしてみようと手に持った。


 心想因子オドをMAWに巡らせる。


 すると、袮音の持っていたMAWはだんだんと形を変質させ、最終的に手の中に収まるほど小さくなった。


(アリアめ……わざとこのことを俺に教えなかったな?)


 手の中にすっぽり納まるMAWを見つめ、袮音はそんなことを思う。このMAWはアリアが製作したため、アリア自身は性能をすべて把握しているはずだ。その為、可変のことを教えなかったと考えると、それはわざとなのか、それとも、ただ忘れただけなのかの二つに絞れる。


 しかし、あのアリアのことだ。多分いつものように袮音にいたずらをしようと思い、わざと教えなかったと考えるべきだろう。袮音を目立たせ、恥ずかしがらせようとでも考えていたのかもしれない。あの年齢不詳の美女はこのように小さないたずらを袮音にすることが大好きなのだから。


「お、いい感じじゃん!」


 しっかりと縮小して手に納まるほどに小さくなった祢音のMAWを見て、炎理は感心したような声を上げる。それに対し、祢音はいろいろと律義に教えてくれた炎理に感謝を述べた。


「ありがとな炎理。もしこのまま知らなかったら変に恥をかくところだったよ」

「いいってことよ!俺たちはもう友達だからな!」


 第一印象は無駄に元気でうるさく、ただ馴れ馴れしいだけのチャラ男かと思った。だけど、実際は悪いことには素直に頭を下げるような気真面目さや初対面にもかかわらずいろいろ教えてくれた親切さを合わせ持っている。見た目を裏切るようないい奴だった。


「ああ、よろしくな炎理」

「おお!二人で試験に受かってこの武蔵学園に入学しようぜ!」

「はは!そうだな!」


 袮音と炎理の間で友情関係が築かれたそんな時――ちょうど控室に緑のアナウンスが響く。


《次、0287番の受験生》


「あ、俺だ」


 それは袮音の受験番号。炎理と話していたことで、気がつけば袮音の順番になったようだ。


「お!マジか!がんばって来いよ袮音!」


 呼ばれたことで席を立った袮音は、背後から炎理の声援を受け、それに「ああ!」と返事を返すと、控室を出ていくのだった。

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