いつか、テレビで会おうという約束を今でも覚えていた。そんなことは到底無理だと思っていたのだ。

 執筆活動を部屋の中で続けていて二年経ったとき、僕は激しい頭痛に襲われた。今までの世界が変容していく。

 僕は全く違う僕になっていた。あきらめそうになっていた執筆を続けた。そして大学を卒業してから四年後に作家としてデビューを果たした。僕は授賞式に参加した。慣れないスーツを着ていき、著名な作家から祝福を受けた。

 次回作を書いているとき、玲奈の担当しているラジオ番組に突然呼ばれた。僕は返事をすぐに返した。

 当日の深夜、僕は控室からラジオのスタジオに入った。そこには玲奈がいた。

「ずっと会いたかったんだ」

 玲奈はそう言って微笑んだ。

「僕だってずっと君に会いたかった」

 もうあの頃の僕じゃない。ここにいるのは自信と実力にあふれた僕がいた。

「これからラジオが始まるわ。全国に私たちが高校時代に出会ったことを伝えましょう」

「僕は玲奈と出会ってそして、まぁ、全てが変わった。ねえ、僕の本は今飛ぶように売れている。そのうちいつか玲奈を追い越すよ」

「そうなるといいわね」

 玲奈は微笑した。彼女はその頃、有名な歌手になっていたのだ。

「僕は玲奈にずっと恋をし続けていたんだ。どうせ叶わないと思っていた。でも僕から言わせてくれ。僕と結婚しよう」

「ふふふ、さぁラジオが始まるわ。楽しみにしてね」

 ラジオのスタジオに入る。そして僕はそこで、玲奈の婚約者といきなり玲奈自身の口から紹介された。

 スタッフもマネージャーもそれには驚いていた。

「さっきあなたにプロポーズされたの」

「何も全国放送でいう事はないじゃないか」

「私はいつもロマンスを追い求めるのよ」

 僕は微笑した。ラジオの放送中だった。


 ラジオが終ると二人でレストランに行った。ネットを見ると、すでにそれがニュースになっていた。

「大変なことになってるぜ」

 僕はそう言った。

「いいじゃない。これが私たちの人生。華々しいくらいがちょうどいいわ」

 レストランの中で電話がかかってきた。電話に出ると優斗だった。

「結婚おめでとう」

 優斗はそう言って笑っていた。

「ありがとう」と僕は言った。

「お前らは本当に馬鹿だな。日本中がお前らに注目してるぜ。そんなの俺にはごめんだね」

「俺だってそんなつもりじゃなかった。急に玲奈がそう言ったんだ。全国放送で」

「お前に教えてやろう。何百万の男が玲奈に夢中なんだぜ。そんな女と結婚するなんてお前も度胸があるな」

「そんなのは知らないよ」

 僕はそう言った。

「ねえ、電話変わって」

 玲奈がそう言ったので、僕は電話を渡した。二人は何か笑い合いながら話しをしていた。僕はテーブルに座りながら見ていた。

 レストランで食事が運ばれてくる。僕らは話し合いながら、まるであの頃のように語り合った。本当に彼女といると二人だけしかそこにいないみたいだった。


 帰り道、月が空に輝いていて、世界は驚くほど透き通って見えた。

「圭介のことをずっと待っていたの」

「本当に僕が有名になると思ったの?」

「まさか作家になるなんてね」

「もし僕がそこまでたどりつかなかったら」

「そんな道は存在しないわ。あるのはここまでの一本の道。失敗した想像なんて虚しいだけよ」

「本当に僕のことを信じていたの?」

「信じていた。いつも君のことを気にしていた。ねえ、もし私が何も感じないような冷たい人間だったら私のことを好きでいてくれないでしょ?」

「それはわからないけどさ」

「圭介のことがずっと好きだったから。圭介がいるから私はテレビの中で輝き続けるの」

「ずいぶんと変な理由だな。でも僕と結婚したら歌手はできるのかな?」

「大丈夫よ。ねえ、こんなにうれしいのは久しぶりだわ。今夜はパーティーね」

 玲奈は嬉しそうに笑う。

「これが私の夢。私の思い描いた世界。あなたには助演男優賞をあげる。いつも私の世界では私が主役だから」

「へえー」

 僕はそう言ってくすくす笑った。

「ねえ、信じられないかもしれないけれど、あなたのこと本当に愛してるのよ」

「愛? 恋じゃなくて」

「そう。愛してるの」

 玲奈は月を見上げていた。まるであの頃みたいだ。

「いつかこの世界の夜から暗闇を引き剥がして月を手にして見せる。そんな気分」

「どっかでそんな詩読んだことあるな」

「私はいつもロマンチックなことが好きなの」

 玲奈は自嘲的に笑う。あの頃の高校生の頃の帰り道みたいだった。

「なあ、本当に僕のことを信じていたのか?」

「私はロマンチストだから可能性があるなら不可能はないと信じているわ」

 玲奈はそう言ってまた笑った。ずいぶんと美しい笑顔だ。

「これから、どこへ行こう?」

 玲奈は立ち止まってそう言った。

「公園でも行く? たぶん誰もいないし」

「いいわね」

 僕らは都心のど真ん中にある公園まで行った。そして自動販売機で缶コーヒーを買って飲んだ。

 公園の周りを話しながら歩いて、そしてベンチに座った。

「本当にこれからどうしよう」

 玲奈は相変わらずおどけていた。

「まだこれからだよ。少なくとも僕はね。いつか君を超えるような偉大な作家になってみせる」

「私も次に狙うのは海外かしら。私は何事もあきらめたくないの」

「あのさ」

「何?」

 僕らは互いの目を見つめ合った。そして自然とキスをした。僕の人生で初めてのキスだった。

「君がここまで来るって信じてた。君に嘘ばかりついてきたわ。本当は君のことを知っていたの。君は狂っていくって。この世界の中で」

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日常を飛び出て renovo @renovorenovo

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