友達

 僕はその日以来、考え事に励んだ。いったい自分はこの世界で何ができるのだろう。薄暗い部屋で僕は一冊のノートを取り出した。

 思っていることをまずは書いてみた。頭の中を言葉が駆け巡る。すらすらと言葉が浮かんできた。でもそれを文字にすることはとても難しかった。


 翌日、玲奈とまた会う。僕は少し失われた自信を取り戻しつつあった。学校の中で僕は一番憧れの男に声をかけた。彼の名前は優斗という軽音部の人だった。

「ねえ」

 僕は恐怖心を抑えながら声をかける。

「ん?」

 彼は僕が手にしてる本を見つけた。偶然にもそれは昨日、本屋で買ったドストエフスキーの本だった。

「お前が本なんか読んでわかるのか?」

 彼はそう言って僕のことを笑う。僕は言葉につまって次の言葉が出てこない。二人の間に気まずい沈黙が流れた。

「お前のことは知ってるよ。いつも一人で本を読んでるのも知ってるけど」

 彼は少し馬鹿にしたようにそう言った。

「最近、玲奈とどこかへ行ったらしいな。クラスで噂になっているぞ」

 彼は続けてそう言う。

「だから何だよ?」

 僕はそう言った。

「別に。ただなんかめずらしいなと思っただけ。それでなんの用だよ?」

「俺とロックバンドやらない?」

 僕は思っていたことを口に出す。

「ロックバンド?」

 優斗は不思議そうにそう言った。

「なあ、優斗。バスケやろうぜ」

 優斗とつるんでいる仲間がそう言う。僕は少し傷つく。

「ああ、ちょっと待ってくれ」

 優斗はそう返事して、席に座ったままだった。

「先に行ってくれよ」

 優斗は彼らにそう言った。

「それで、本気なのか?」

「本気だよ」

 僕は緊張しながらもそう言う。

「お前にそんな才能もやる気もあるようには見えないけれど。お前は玲奈に影響されたんじゃないか?」

「玲奈に?」

「あいつ、アイドル目指してるんだって。この前オーディションを受けたらしい」

「そうなんだ」

「あいつは顔もいいし、周りからも好かれているよ。もしかしたら本当にアイドルになるかもな」

「知らなかった」

 僕はそう言った。

「あいつはたぶん本物だと思うよ」

 彼はそう言って、数秒の沈黙が流れた。

「そもそもお前は楽器できるのか?」

 優斗はそう言った。

「これから始める」

「じゃあ、作曲は俺がしよう。なんだかおもしろそうだ。ちょうど新しいバンドをやろうと思ってたんだ。お前は何ができる?」

「作詞かな。あとボーカルがやりたい」

「わかった。じゃあ俺はギターでもドラムでもなんでもやるよ」

 僕らは高校三年生の受験生だった。怖そうに見える優斗もどこか優しさを持っていた。


 次の日、僕はいつものように机に座っていた。優斗はグループでつるんでいる。

「ねえ」

 玲奈が僕に近づいてきて声をかける。

「何?」

 僕はそう言って返事をする。昼休み午後の日差しがなぜか輝いて見えた。世界はこんなにも美しいのだと気づいた。

「優斗君とロックバンドやるの? 昨日優斗君から聞いたんだけど」

「そう」

「頑張ってね。私がアイドル目指してるの知ってた?」

「知ってる。昨日優斗から聞いた」

「なんだか今日も本屋に行きたいな」

「いいよ」

 僕はそう返事をした。

「優斗君から聞いたんだけど、軽音部ももう卒業の時期みたいね」

 玲奈はそう言った。

「新しくメンバーを探すよ」

 僕はそう言った。どうして突然僕はロックバンドをやろうと思ったんだろう。

 隣にいる玲奈はやっぱり輝いて見える。彼女のおかげなのだろうか。

 僕の恋心はいったいなんだろうと考える。どうしてこれほどまでに彼女に惹きつけられるのか。


 放課後になると二人で本屋に行った。玲奈は相変わらず真剣な目で本を見つめていた。目の前にはやっぱりドストエフスキーの本があった。

 玲奈は何か確かめるようにドストエフスキーの本に手を伸ばす。ぱらぱらとページをめくる。

 際限なく玲奈と過ごした記憶が頭の中を駆け巡る。二人で過ごした楽しい日々。僕には十分過ぎる。彼女の隣りにいるだけで僕は幸せだ。

「私、これ買う」

 手には罪と罰があった。

「ずいぶん読むの大変そうだね」

 僕はそう言って笑った。実はカラマーゾフの兄弟は数巻読んで挫折したのだ。

「君は買わないの?」

「僕はライトノベルしかわからないし」

 僕は本音をもらす。

「いいと思うわ。私も好きよ」

 彼女はそう言い、二人で会計を済ませ、本屋を出た。

「なんだか楽しかった」

 本屋を出て、彼女はそう言った。

「カラオケ行こうよ」

 彼女は続けてそう言う。


 僕らは本屋のすぐ近くのカラオケに行った。彼女は店員に話しかけて、二人で部屋に入った。

「じゃあ、私から歌うね」

 玲奈は最近流行りの曲を入れた。僕も知っている曲だった。

 歌い出しに、身体が痺れるのを感じる。感動した。これが玲奈の持つ力だった。僕はただ圧倒されながら聞いていた。美しい歌声で、そして彼女はきらめいて見えた。

「次、君の番だよ」

 玲奈は無邪気に笑いながら僕にマイクを渡す。僕は恥ずかしさを乗り越えて全力で歌った。歌い終わると僕はマイクを置いた。

「すごく上手いと思う」

 玲奈はそう言って微笑んだ。

「きっと君には才能があるよ」

 続けてそう言った。

 カラオケってこんなに楽しいんだと知った。人生初めてのカラオケだったのだ。

 僕らは二人で歌ったりしながら、楽しく時を過ごした。まるで二人だけでいるようだった。

 最後に歌い終わった後、玲奈は言った。

「圭介君がロックバンドをやるのは凄くいいと思う。やるならボーカルね。それでさ、私達はきっと別の道を歩いて行くと思うの。ねえ、約束しよ。いつか有名になって二人で会いましょ」

「本気なの?」

「もちろん。絶対、約束よ」

 玲奈はそう言ってほほ笑む。今まで見た中で一番美しい笑顔だ。


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