第10話
「アキヒサ!大丈夫だったか!」
「俺は大丈夫だったが……」
アキヒサはガガドラと目を合わせようとしなかった。
「…そうか。だがアキヒサだけでも無事でよかった」
「それで、あいつらは?」
「あいつらなら消えた。ブーイングがあって殴りかかろうとしたやつもいたが、ケガ一つなくあの集団の中からいなくなったぞ」
町にはあの人溜まりはなかった。
見ていた人も、いつも通りのように歩いていた。
「それで何があったんだ?」
「………」
「わかった、無理して言う事はない。とりあえず今は帰ろう」
まずは帰るべきだろうとガガドラは考えた。
アキヒサは無言のままだが、帰る意思があったため三人はドラの村へと帰っていった。
だけど家についてもアキヒサは無言のままだった。
「パパ……?」
「…あっ、ごめん。ご飯作らないとね」
フラフラしながら台所へと向かう。
おぼつかない手つきで時間がかかったものの、料理は出来上がった。
「はい、どうぞ」
「パパは食べないの?」
「ちょっと食欲がないんだ」
「そう……」
「少し寝ているから、食べ終わったら置いといて」
アキヒサはそのまま部屋に行ってしまった。
その日、アキヒサは部屋から出ることはなかった。
翌日、朝になってもアキヒサは起きてこなかった。
心配になったピースは様子を見るために、アキヒサの部屋へと向かった。
「パパ、起きている?」
「…起きているよ。もう朝か」
「っ!?」
ピースはアキヒサの顔を見て驚いた。
「寝て…ないの……?」
「うん、寝れなくてね。待ってね、今ご飯作るから」
アキヒサはゆっくりとベッドから起き上がろうとした。
「休んでて大丈夫だよ!」
「えっ?でもつくらないと……」
「安心して!しっかりとつくれるからパパは休んでて!」
「そう……」
再びベッドに戻ったが、横にはならなかった。
座ったまま窓から外を見ている。
ピースは部屋から出ると台所に向かった。
つくろうとしたものの、まだ手伝ったことしかない。
つくり方なんてほとんど知らなかった。
仕方なく、この前教えてもらったメルメラに会うために外に出た。
「…いない」
ドアをノックしても反応はなかった。
まだ朝早い時間だが、もう狩りへと向かってしまったんだろう。
「どうしよう、私はよくてもパパが……」
アキヒサは昨日から何も食べていない。
今の状況で食事を抜くのは体を壊すのを早めてしまう。
まだ5歳でそこまで分からないピースでも、放っておいては良くないと分かっていた。
自分で出来る限りやってみよう、そう思いながら家へと戻る途中で声をかけられた。
「こんなところで何をしているんだ?」
「ガガドラ……!」
後ろを振り向くとガガドラが木材を運んでいた。
大きさからして、火を起こすために使うのだろう。
「料理教えて!」
「随分と唐突だな。俺は構わないが、アキヒサはどうした?」
「パパは……」
ピースはガガドラにアキヒサの様子を話した。
「なるほど、気持ちは分からなくはないがな」
「どうしたらいいの?」
「ふむ……」
今、思っていることを素直に話すべきなのだろうか?
仲間の死を忘れろ、なんて言えるわけがない。
かと言ってそれを背負い続けろとも言えるわけがない。
ガガドラは悩みに悩んだが、これと言うほどの答えが見つからなかった。
「すまない、俺もすぐには分からない」
「そっか……」
「無論、俺も手伝う。とりあえず料理を教えるから家に行こう」
ガガドラは抱えていた木材を家において、アキヒサの家へと向かった。
中に入り台所を見ると、しっかりとは言えないが食器が洗われていた。
「これは、ピースが?」
「うん、放っておくのは良くないと思って」
「そうか、頑張ったな」
ところどころ汚れはあるものの、初めて洗ったなりに頑張っていた。
「先に料理をしよう。出来たらアキヒサに持っていってやろうか」
「うん……!」
先ほどまで暗かったピースの顔に少し光が見えた。
一から作り方を覚えるだけではなく、包丁や火加減なども教えながらやったため時間がかかった。
それでも料理はしっかりと出来ていた。
「アキヒサに渡しに行こうか」
「うん!」
ガガドラとピースは料理を持ってアキヒサの部屋へと向かった。
「アキヒサ、調子はどうだ?」
「ガガドラか。大丈夫だよ」
とてにも大丈夫なようには見えなかった。
だけどガガドラはその事には触れなかった。
「昨日から何も食べてないんだってな。少しだけでも食べろ」
「いや、食欲がないからいいよ」
そんな風には見えない。
本当に一日だけ食べていないのか、と思えるほど一気にやつれている。
「今食べなくてもいい。ここに置いておくから食べたくなったら食べてくれ」
「…ガガドラ、お願いがあるんだが」
「俺ができる限りならやろう。なんだ?」
「ピースの食事をつくってあげてくれないか?家にあるものは自由に使ってもいいから」
ガガドラは少し悩んだ。
出来ることなら今まで通りアキヒサに面倒を見てもらいたいが、このままだと二人とも餓死してしまう。
「わかった。だけどピースはこの家においてやれ」
「ありがとう。助かる」
アキヒサはまた窓のほうを見始めた。
「じゃあしっかり食べておくんだぞ」
「………」
反応はなかった。
仕方なく、ガガドラとピースは部屋から出ることにした。
「というわけだ。今はアキヒサが料理できない状態だから、俺が毎日来よう」
「うん……」
ピースはまた暗い表情になった。
それからというもの、ガガドラがアキヒサの家に行ってピースとアキヒサの料理をつくる日々が1週間も続いた。
いいことがあるとしたら、あれから少しずつだがアキヒサは食事をとるようになった。
だが、それでも食べている量が少ないため、健康とまでは言えない。
「おう、ガガドラ」
「ウロボロか。どうした?」
「ちょっと話が合ってな」
今はガガドラがアキヒサの代わりに村の人の手伝いをしている。
そんな時に声をかけられた。
「アキヒサはまだ――」
「ああ、まだ治っていない」
「そうか、心の病はなかなか治らないからな。俺たちだけで支えるしかない」
今は村の人全員でアキヒサとピースを支えている。
誰一人反対することなく動いていた。
「それで話とは?」
「最近森の中で悪魔を見るから気を付けてほしいんだ」
「悪魔が?わかった、警戒しておこう」
「特にピースはな。それとまだ話に続きがある」
珍しくウロボロが真面目な顔をしている。
「悪魔なんだが、全部遺体で見つかったんだ」
「死んでいたのか?こんな森の中で?」
「そうなんだ。死ぬ以上の傷跡があって不思議なんだがな」
「ふむ……」
悪魔相手にそんなことを出来るやつが思いつく。
だけどそいつは外には出ていないから違うだろう。
「それにその遺体は翌日に消えているんだ」
「仲間が埋めたのではないか?」
「そうかと思ったんだが、埋葬した後も引きずった跡もなかったんだ」
不思議なことは続いて起こる。
今度は遺体が消えるとはな。
「とりあえず気を付けてくれ。森の中で何かが起きているのは間違いない」
「わかった。村のみんなにも伝えておこう」
「頼むぞ」
その日、ガガドラが村のみんなにこのことを伝えた。
もちろんアキヒサにも伝えたが、上の空で聞こえていなかったみたいだ。
夜、ガガドラは昼に聞いたことが気になり外にいた。
「まさか襲われるとは思わないが、村の安全の為ならしっかりと番をしないとな」
ガガドラは夜通し番をするために外で座っている。
何時間経っても異常は見当たらず、夜食のパンを食べていた。
その時、足音が聞こえた。
「誰だ!!」
武器を持ち、音をする方へと歩を進めた。
人影が見え始め、ゆっくりゆっくりと近づいた。
「………」
「なんだ、アキヒサだったのか」
音の正体はアキヒサだった。
ガガドラは安心して武器を下ろし、アキヒサに近づいた。
だが、アキヒサはどこかがおかしかった。
「アキヒサ…その血はどうしたんだ?」
「えっ?ああ、まだ洗い流してなかったな」
「一体、どういうことだ?」
アキヒサは町へ行ったときと同じフードを被っていて、フードにはたくさんの血が付いていた。
そして、アキヒサの手には何かがあった。
「何を持っているんだ?」
「これか?」
手を開くと、中には何かの角が二本あった。
動物の角かと思ったが、それにしてはいびつな形をしている。
「まさか……!」
「初めて見るのか?これは悪魔の角だ」
手の中にあったのは悪魔の角だった。
*
「まったく、こんなところに死体を置いておかないで欲しいなあ」
「そんなことを言ってはいけませんわ」
「なんで私たちがこんなことを……」
「これがボスの命令だから仕方がありません」
森の中、二人の女性が話をしていた。
「アングリーもそうだけど、悪魔って弱いの?」
「そんなことありませんわ。相手がそれ以上に強かったんでしょう」
「へぇ、それなら勇者と一回戦ってみたいなあ」
「お話は終わりです。早く終わらせて帰りますよ、ジョイ」
「わかったよ。
炎は悪魔の遺体に当たると、そのまま燃えて灰となった。
「はい、サドネスの番だよ」
「分かりましたわ。
風が起こると、灰は空へと舞った。
「よし!これで証拠隠滅!」
「用事も終わったことだし、帰りましょう」
「また明日もこんなことをするのかなあ」
二人は暗闇の中に進むと、そのまま闇へと消えてしまった。
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