第9話

目覚めろアウェイキング

「な、なんだそれは……!」


 新しく使えるようになった魔法を呟くと、どこからか鎧が出てきてそのまま装着された。


「これが勇者専用の鎧、神聖の鎧か」

「くっ!鎧を着ただけでいい気になるなよ!」


 アングリーはアキヒサの鎧を見て恐れたのか、焦りが見え始めた。

 そしてアキヒサが動き始める前に早々と動き始めた。


古代文字エンシェント―ウル・ケン!」


 先ほどとは見違えるほどに威力が上がっていた。

 火はすぐに木へと移り始め、広範囲に及ぶ炎でアキヒサを巻き込んだ。

 だがそんな炎の中から声が聞こえた。


「神聖の剣」


 たったひと振り、たった一振りだけで炎は真っ二つに切れたのだ。

 中にいたアキヒサは無傷のうえに鎧にもキズ一つなく、炎の真ん中で立っていた。


「このままでは森が燃えるな。渦潮ウィルプール


 アキヒサは上に向かって魔法を使った。

 大きな渦潮は空中で止まると、周りに水を飛ばすようにしながら渦を巻いていた。

 周りに燃え移っていた炎は渦潮の水により、鎮火された。


「くそっ!」

「どこを見ているんだ?」


 少しだけだが、アングリーの意志ではないのに体が少し動いていた。

 本人であるアングリーは何が起きたのかが分かっていない。


 違和感があるのか、異変を確認しようと自分の体を見ても、どこも変わったところはなかった。

 だがアングリーはようやく違和感の正体を見つけた。


「貴様…俺の角を!!」

「これのことか?」


 アキヒサの手には二本の角があった。

 それは先ほどまでアングリーの頭にあった角だった。


 そう、一瞬の間にアングリーの角を斬っていたのだ。

 そしてアキヒサはゴミを燃やすかのように、手に持っていた角を燃やした。


「貴様ぁ!もう許さぬ!影魔の斬剣シャドウソード!!」


 アングリーの影から一本の剣が現れた。

 剣を手に取ると、そのままアキヒサに向かって剣を振った。

 だが、剣は当たることなく止められてしまった。


「それだけか?」

「舐めるなよ、小僧!!」


 影魔の斬剣は一瞬だけ形を失った。

 神聖の剣を通り抜けると、影魔の斬剣は形を取り戻してそのままアキヒサへと向かった。


「死ねええぇ!!」


 金属音と共に、何かが空を舞った。

 アキヒサの鎧は無傷、空に舞ったのは影魔の斬剣の剣身だったのだ。


「まだだ!影蛇シャドウ・スネーク!」


 飛んでいる剣身と柄は黒い蛇へと変わり、アキヒサへと飛んでいった。

 だが一匹は鎧にキズを付けることなく消え、もう一匹は顔に噛もうとしたが斬られて消えてしまった。


「本当に同じ人物なのか……?」

「もう終わりか?あがなう時間なら少しだけやるぞ?」

「図に乗るなぁ!!」


 アングリーは邪魔に思ったのか、とうとうお面を外した。

 その中は鬼の形相と瓜二つと言っても過言ではない、正真正銘の怒りの顔だった。


「俺に勝ち目はない、それは十分に分かった。それならせめて道ずれにしてやる!」


 アングリーは上の服を脱ぎ、そして自分の胸に手を突っ込んだ。

 何かを埋め込んでいたのか、中からは黒い球のようなものが取り出された。


「これで終わりだ、黒心臓ブラックホール!」


 アングリーの言葉を聞き取った瞬間、黒い球は空に浮かび始めた。

 少しずつだが、砂や落ち葉などが飲まれ始めた。


 やがて飲み込む強さは大きくなっていき、木までも飲み始めた。


「アハハハハハッ!これなら貴様も逃げられまい!」

「………」


 黒心臓これを使う者は自分も巻き込まれる。

 それを前提にした魔法であるため、誰にも知られない魔法の一つでもある。


 だがこの魔法は悪魔の間では使える魔法として一部の者に知れ渡っている。

 アングリーはその一人だったのだ。


「終わりだ!!俺も、お前も!そしてそこで死んでいる馬鹿も一緒に消えるんだ!!」


 アングリーはギリギリ耐えている中、アキヒサはとうとう地面から足が離れた。

 そのまま一直線に黒い球へと飛んでいった。


裁きの抜刀ジャッジメント・ソード


 ピキッ、という音と共に黒い球の吸収が止まった。

 やがて音は増えていき、そのまま黒い球は粉々に砕けていった。


「馬鹿な……。これを壊すのは不可能のはず!」

「だがこうして壊したんだ。現実を見ろ」

「ふ、ふざけるなああああ!!」


 とうとう自棄やけになり、魔法も何も付けることなくアキヒサを素手で殴った。

 鎧に当たるも、何もダメージはなかった。

 次は顔面を殴ろうとしたが、届く寸前に腕は消えていた。


 消えた腕は地面へとボトリと落ちたのだ。


「ギャアアア!!俺の…俺の腕があああ!!」

「こんなことで嘆くのか?ダングリアは集団の真ん中で腕を落とされたんだぞ。しかも、声を出したくても出せずにただ我慢をすることしかできなかった。お前たちはこんなことをしていたんだぞ?」

「まだだああぁ!!」

「そっちの腕も要らないのか?ならお望み通り落としてやる」


 もう片方の腕で殴ろうとしたものの、先ほどのように斬り落とされてしまった。


「くそっ!くそっ!くそおお!!」

「煩いな、今度は喉を潰せばいいのか?」

「ひ、ひいぃ!!」


 アングリーは恐怖を感じ取り、惨めになりながらも走って逃げようとした。

 だが逃げ切ることはできなく、アキヒサは後ろから蹴って転ばせた。


「ぐわっ!」

「どこに行くんだ?まだ終わっていないだろう」

「す、すみませんでした!俺が悪かった!許してください!!」


 今まで無表情で攻撃していたアキヒサは、その言葉を聞いた瞬間一気に曇った。


「許してください……?お前、ダングリアを殺しといてそれを言うのか?」

「すみませんすみませんすみません!!」

「…ふざけるのも大概にしろよ!!」

「ギャアアア!!!」


 アキヒサはもう逃げ出さないように足を斬り落とした。

 一本ずつではなく、一気に両足二本とも。


「っ!?!? フー…フー…フー……」

「痛いか?辛いか?だがダングリアはそれ以上に痛かったし辛かっただろう。何せもうこの世にいないほどの痛みを味わったんだからな」

「ぐああああっ!!」


 追い打ちをかけるかのように右肩に剣を刺した。

 まだ終わっていない、まだ続くぞと言っているかのように。


「もういっそ…もういっそ殺してくれぇ!!」

「ああ、いいだろう。もうお前の顔は見たくない。聖なる光ホーリー・ライト


 アキヒサは剣を通してアングリーに魔法を流し込んだ。

 流し終わると、アキヒサは剣を抜いた。


「一体何を……?」

「直に分かる」


 徐々に徐々にと、アングリーの表情は苦しみへと変わっていった。


「これは…浄化魔法!それも――」

「ああ。少しずつ浄化していく。お前たち悪魔にとっては生き地獄だろう」

「くそがあああ!!!」


 一気に浄化魔法を使えば、悪魔は痛みなく死ぬことができる。

 だが、その浄化魔法を部分的に与えたりすると、普通のケガに比べて尋常じゃないほどの痛みが伴う。


「はあ…はあ…うぎゃあああ!!」

「俺は言っただろう?楽に死ねると思うなよ、と」


 有言実行、言葉通り楽には死なせなかった。

 森の中で叫ぶ声は大きく響いただろう。

 だがその声を聞いて助けに来るものはいなかった。


 ひたすら叫んで苦痛を味わったアングリー。

 死の直前になったその時だった。


「貴様たちのほうが悪魔だ。俺たちのほうが平和を望んでいた……!」

「…死ね」


 その言葉を受けると、アングリーは息を引き取った。


 森の中には無残な死体と綺麗な死体、それと血に染まり大声で泣く勇者だけが残っていた。

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