第12話
「と言うわけで、人気ライド『恋ストーリーマニア』のクイックパスを取得し、その後こうしてテラーオブタワーのスタンバイに並んでいる訳だが」
「お、出ましたね。また例の儀式ですか。毎回毎回、殊勝なことで」
「放っとけ。これをしないと調子が出ないんだよ。それよりアレだ、ビーストのタイムライン更新は?」
「もちろん来てますよ」
「いやそれ先に言えよ! 並ぶ前に!」
「大丈夫ですよ、こんなタイムラインですから」
舞が掲げたスマホ。ディスプレイには、どこかのホテルで朝食を摂ってるビーストとクイーンの横顔の写真が表示されていた。
コメントには『一緒にお寝坊、遅めの朝ごはん』と書かれている。おえぇ、一緒にお寝坊とか。せっかく忘れてた吐き気を催すぜ。
「こいつは人を不快にさせる天才だな」
「私もそう思います。更新時間は今から約20分前。時間的に見ても、まだシーには来ていないようですね」
「てことは、もうすぐシーに来るってことだろ。それなら張り込むか、入口で」
「でも何時に来るかわかりませんよ。それにどうせビーストのことです、シーに着いたらここぞとばかりにタイムラインを更新するでしょうし、それまでパスを取って準備していた方が効率的だと思いますけど」
なるほど。確かにそうかもな。戦いにおいて、準備は大切だ。仕事においてもそう。
段取り、そして根回し。それが仕事の8割だと言われている。かのリンカーンだって、『もし8時間、木を切る時間を与えられたら、そのうち6時間を私は斧を研ぐのに使うだろう』と言っていたらしい。
戦う前の準備が、その勝敗を決すると言っても過言ではないのだ。だからここは、舞に従っておくほうがいい気がする。
「という訳で、大人しくテラーオブタワーのスタンバイに並びましょう。3連休なのに、なんと驚異の30分待ちです。これはもう乗るしかありません」
ふと思ったのだが。これ、乗る必要なくね?
だって、ヤツらはまだここに着いていないんだし。つまりここにヤツらが来る可能性はゼロなのである。まぁ、楽しそうな舞を見ているとそんなことは言えないのだけど。
「どうしましたか、修哉さん。列、動きましたよ」
「なぁ、舞。並びながらでいいんだけどさ。そろそろ教えてくれないか。一体、ヤツらにどう復讐するのかを。おれも何かやる必要があるのか、とか。心の準備も必要だろ?」
「修哉さんには、特にしてもらうことはありません。その時、私の隣にいてくれるだけ充分です。手を汚すのは私の役目ですから」
「いやいや、手を汚すて」
「大丈夫ですよ。警察が介入してくるような事件にはなりませんから」
と、舞は軽やかに笑うのだが。実際どんな風に復讐するのか知らないおれにとって、それは悩みのタネそのものである。
「あなたを信用していない訳ではありません。むしろこれ以上ないくらい、私は修哉さんに信頼を置いています。だからこそ、復讐の方法は最後まで隠していたいんです。あなたに迷惑をかけないためにも」
「おれのこと、えらく信用してくれてるじゃねーか。昨日出会ったばかりなのに」
「それでも、あなたは信頼に足る人です。私にはわかります」
「あんまり、簡単に人を信用するなよ。他人なんて、本当になに考えてんのかわからないからな」
「でもあなたは昨日、眠る私に指一本触れなかった。それは信頼に足る行動なのでは? それとも修哉さんがただのヘタレだったってことですか?」
くすりと笑う舞に、おれは二の句が継げなかった。確かに昨日は何もしてない。あんな無防備に寝てる女の子に、手なんて出せる訳がないだろう。
ヘタレと呼ばれてもそれは仕方ない。あれはおれが選んだ選択なのだから。
「と言う訳で。引き続き信頼してますよ、修哉さん」
「まぁ、ほどほどに頑張るよ」
「いいえ、頑張らなくてもいいんですよ。さっきも言いましたが、隣にいてくれるだけで充分です」
強いて言うなら、と舞は続けた。珍しく言い淀んでいるようだった。何を躊躇ったのか、そこまではわからないけれど。ややあって、続きが聞こえた。
「ヤツらを確保できたら、その時は。隣で私の名前を呼んで下さい。それだけで充分です」
「名前? 舞、って普通に呼べばいいのか?」
「その通りです。シチュエーションは問いません。どんな形であれ、私の名前を呼んでくれるだけでいい。それだけで充分、きっかけになりますので」
「何のきっかけになるんだ?」
「それはその時のお楽しみ、ってやつですよ。さて、列が動きました。という訳で、今はテラーオブタワーを楽しみましょう」
舞はさらりと笑った。きっと、これ以上は突っ込んで欲しくないのだろう。だから敢えておれも突っ込まないことにした。
舞は、こんなおれのことを信頼していると言った。ならば、それに応えるのが男、というものであろう。いつか舞は話してくれるはず。だからそれまで、こっちも舞を信じて待てばいい。それだけだ。
だからおれは、わざと話を変えることにした。
「ところでさ。このテラーオブタワーは、どんなアトラクションなんだ? フリーフォール系のライドってことは知ってるんだけど」
「よくぞ聞いてくれましたね、修哉さん! もうお気づきでしょうが、ここはとある事情で廃業してしまったホテル・バベルタワーの中です。このホテルにはいわくがあってですね、」
「いや、そういうストーリーじゃなくて、ライドの内容を説明してほしいんだが」
「バックグラウンドストーリーは重要ですよ! ディスティニーリゾートには、様々なバックグラウンドストーリーがあるんです。アトラクションはもちろんのこと、チュロスを売ってるようなお店に至るまでね。そういうのを理解した上で体験するのが、礼儀だとは思いませんか?」
「いや言ってることはわかるんだが。とにかく乗りたいって気持ちの人間もいるだろ?」
「なるほど、それも一理ありますね。それでは予備知識なしで体験してみましょう。恐怖のどん底へ、あなたを誘ってくれるはずですよ」
───────────────────
「修哉さん、どうでしたか?」
「タマヒュン系ライドじゃねーか!」
テラーオブタワーを乗り終えた後、感想を聞かれてちょっとキレ気味で答えるおれ。
フリーフォールだとは知っていた。しかし、何度も上下するなんて聞いてない。割と大人数でのるタイプのエレベータに乗せられ、ホテルの最上階を目指しエレベータは急上昇。そして高い位置から外の景色を眺めた後、急にエレベータは落下する。しかしこれだけではないのだ。落下したエレベータは、次の瞬間、急上昇し、また落下する。これを何度か繰り返すというタマヒュン無間地獄のライドだった。タマヒュン苦手なんだよ、おれ。
「タマヒュンって、なんです?」
「タマがヒュンってなることだ」
「ヒュンって、どっかに飛んでいくんですか」
「いや飛んではいかねーよ、困るだろなくなったら。縮み上がるというか、なんというか。多分男にしかわからねー感覚だと思うけど」
「ふうん、そんなものですか。まぁいいや、それでは修哉さんのタマヒュンの瞬間を見てみましょう」
「え、どういうこと?」
舞に連れられて場所を移す。するとそこには、いくつかモニタが掲げてあって、そのひとつにバッチリ写っていた。おれの白目剥いてる顔がな。これはライドフォトって奴らしい。
「なるほど。これが修哉さんのタマヒュンの瞬間、というわけですか。完全にイッちゃってますね」
隣の舞は心底悪そうな笑顔をして写っていた。視線はおれの方。構図的に、おれをバカにしまくってる写真となっている。これは明らかに、写真を撮る瞬間を把握しているに違いない。
ふん、まぁいい。次に乗る機会があったら、心底エロそうな笑顔で対抗してやるぜ。
「あー、楽しかったですねぇ。修哉さんの変な顔も見れたし、ほんと乗ってよかったです」
「そりゃ何よりだよ。で、肝心のヤツらの動きは?」
「……もちろん把握してますよ。何言ってんです、当たり前じゃないですか」
「いや待て、このライドの列に並び出してから、舞がスマホ出してるの見てねーぞ」
「通知が来る設定にしてるんです、ヤツがタイムラインの更新をすると。ほら、やっぱり何の更新も……あ」
「あ、じゃねーよ! ばっちり来てんじゃねーか!」
舞のスマホを覗き込む。そこには新たなヤツらの写真がアップされていた。ディスティニーシーのエントランスでの一枚。クッソ楽しそうに、シンボルキャラクタのマッキーと共に2人が写っていた。マッキーの決めポーズで、ビーストとクイーンが写っている。あぁ、腹立つぜマジで。
「これの時間は?」
「今から約30分前です。つまり、」
「おれらがさっきのに並び出した時間か」
「という事ですね!」
なに自信ありげに言ってんだ。やっぱりエントランスで張り込みしてた方がよかったじゃねーかよ。千載一遇のチャンスだったのに、勿体ないことをした。
これでまた、今度はシーの中を彷徨うハメになりそうだ。
「修哉さん、もしかして、エントランスで張り込みしてた方がよかった、と思ってませんか?」
「当たり前だろ、確保できてたかも知れないのに」
「私もそう思ってます!」
てへ、じゃねーよ。まぁ、ここまで清々しく言われたら返す言葉もないのだが。ていうか本当に、舞はコイツらに復讐する気があるんだろうか。ない気がするなぁ、なんとなく。深まる謎ってやつだぜ。
「しかしまぁ、よくわからんが楽しいのか? キャラクタと一緒に写真撮るってのは」
「どういうことです?」
「こんなもん中に人が……ぐふっ!」
左ボディ一閃。一番筋肉のないところにめり込む、舞の拳。やばいやばい、マジでリバースしそう。
「お、おまっ……なにすんだよ!」
「中に人? ちょっとなに言ってるかわかりません。いいですか修哉さん。言っていいことと悪いことが、世の中にはあるのです。今、修哉さんが言ったのは完全に悪い方です。あと、」
一旦言葉を区切る舞。おれは自分の腹をさすさすすることしか出来ないでいる。結構めり込んだじゃねーかクソッ。まだ消化しきれてない胃の中のものが逆流する寸前。
「これで2度目の『お前』発言です。おめでとうございます、これでリーチですね!」
全然めでたくないのは、きっと気のせいじゃない。覚えておこう。ディスティニーマニアの前で下手な発言は死を意味するかも知れんということを。
「さてと、制裁も済んだことですし」
「いやいや制裁て」
「いいですか、修哉さん。彼らは生きているキャラクタなのです。中に人とか、ほんと意味わかりません。そんなことを吹聴してると、黒服さんに連れていかれますよ」
「黒服?」
「ディスティニーリゾートのウワサです。パークでよからぬ事を企んでいる人たちをマークし、場合によっては排除する、フォックスという部隊があるらしいのですよ。黒服を着ている方もいるそうですが、大半のフォックスは私服でゲストに紛れているとか」
「え、マジかよ」
「ウワサですけどね。さて、仕切り直しです。あと少ししたらクイックパスがまた取れるので、それまで周囲を警戒しながらシーを歩きましょう」
言うが早いか、歩き出す舞。本当に復讐する気があんのかと疑うレベルの笑顔だ。そろそろ色々と、考えなければならないかも知れない。
舞の本当の目的。それが何なのかと言う事を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます