第11話
「さてと。と言うわけでインパークしましたね。まずはそうですね、シーの説明からしましょうか」
節を付けて歌うように舞は言う。幻想的な背景も相まって、さながらミュージカルのよう。とは言うものの、ミュージカルはまともに見たことないんだけど。
「昨日も話しましたが、シーは大人向けというコンセプトのパークです。と言ってももちろん、子供も楽しめますし、逆を言えばランドの方が好きって大人もたくさんいます。大人も子供も一緒になって楽しむことができる。それがディスティニーリゾートのすごいところなんです」
「なるほど。ざっくり言えば『ランドの海版』って感じか? ランドは真ん中に大きな城があったけど、それがでっかい火山に変わってるんだな」
「修哉さんって、ほんとに語彙力が貧しいですね」
「貧しい言うな!」
「ランドのシンボルはラプンツェル城で、シーのシンボルはヘスティア火山と言うのです。それくらい知っておいて欲しいものです」
「炉の女神ヘスティアか」
「あら、マニアックな単語は知ってるんですね。ちなみに言うと、ヘスティア火山はたまに噴火します」
「え、噴火すんの?」
「たまにね。それはいずれ修哉さんと見ることができると思いますよ。さて話の続きですが、ここは7つのテーマポートからなるパークです。ランドも同じ、7つのテーマエリアからなるパーク。わかりやすくていいですよね」
舞は、ゆったりとした歩調でおれの前を歩きながら説明してくれる。地中海の街並みを再現したエリア、アメリカにあるウォータフロントがテーマのエリア、はたまた人魚姫が住んでいる海を模したエリアなど。
「ディスティニーシーは、2001年の9月に正式オープンしたパークです。チャッチコピーは『冒険と想像の海へ漕ぎ出そう』。ディスティニーパークは世界にいくつかありますけど、『海』をモチーフにしたパークはここ、東京ディスティニーシーだけなんですよ」
なるほどね。世界でひとつだけのディスティニーパークたる東京ディスティニーシー。きっと、開園まで様々なドラマがあったに違いない。
ディスティニーランドだけでもその大きさに驚くばかりなのだが、同じ規模のパークを2つも創るなんて並大抵のことではない。
きっと莫大な資金が動いたはずだ、と考えてしまうのは荒んだ大人の悪い癖だろうか。
「ランドもそうですけど、シーも細部まで作りこまれているんですよ。エントランスを抜けると、南ヨーロッパの港町をモデルにした街並みがゲストをお迎えしてくれます。そこから始まる冒険はゲスト次第。どのエリアをどう通っても、楽しめるように創られているんです」
舞に細かな説明を受けながら歩いてみると、確かにランドとは趣が違うことがわかった。どことなく大人向けだというところも、街並みを歩いていると何となくわかる気がした。
ここは歩いているだけで楽しいのだ。そういうのがおれの求めるデート像であって、それがわかるのは大人になってから。だからどことなく、大人向けの雰囲気を感じるのだろう。
「さて、メインエントランスを抜けると、ついに見えてきますよ。昨日話したこと、覚えてます?」
「海のくだりか?」
「そのとおり。ほら、もう着きました」
メインエントランスからまっすぐ歩き、スーベニアショップに挟まれたアーケードを抜けると、ついにそれが見えた。
これが舞の言ってた海。水面は太陽の光を受けキラキラと輝いている。夜に見た時とはまた違った趣だ。
「どうですか修哉さん!」
眼前に広がるそれを見て思う。それはたしかに、想像以上の『海』だった。本当に真水なのかと思うほどに。水はわずかに色を帯びているし、近づいて見るとフジツボなんかもコンクリで再現されている。クオリティ高いな、マジで恐れ入るぜ。
「感想は? 紛うことなき海でしょう?」
「いやまぁ海は海だけどさ」
「なんか薄ーい感想ですね」
「いや、これでも随分と感心してるんだぜ。この角度から見れば、東京湾が借景になるよな。計算して作ってんだろ? まるで、海がひとつなぎになってるみたいだ」
パーク正面から見て左手の方に、やたらでかい客船があるのだが、後ろに位置する東京湾が借景となり、まるで東京湾に船が浮かんで見えるように設計されている。このあたりは本当に、マジで凄いとしか言いようがない。
「だからなんて言うか、口に出して説明するのは難しいけどさ。細部まで作り込んで、全力でこの世界に浸ってもらおうって言う、ディスティニーがお客さんを大事にしてる姿勢みたいなのがわかる気がするわ」
「ふうん、なるほど。凄いじゃないですか。昨日初めてパークに来たとは思えない発言ですね。センスがありますよ、ディスティニーマニアになれるセンスが」
「いつか転勤になって東京勤務になったら、年間パスを買うよ。その時は舞、また相手してくれよな」
「嫌です」
「なんでだよ! 今の感じならOKする流れだろ!」
「私、果たされない約束って大嫌いなんです。だからそんな安い約束には応じません。私と約束する時は、明確な意思と決意をもって約束してください」
ぷい、と顔を背ける舞。こいつは社交辞令って言葉を知らずに大人になってしまったらしい。来年から社会人だと言うのに、絶対苦労するぞこいつ……。
まぁいい。きっと、こっちに転勤なんて今は考えられないしな。おれはどうせ、ずっと関西支社で働くことになるだろうから。
「ちなみに、具体的にはどうすりゃいいんだよ。その明確な意思と決意の表し方ってのは」
「そうですね。この場合、今回の旅の途中で年間パスを購入するくらいの具体性は欲しいところです。そうすれば認めましょう。あなたの熱意と覚悟を」
「ここの年間パスっておいくら?」
「2つのパークに入れる共通パスで、約9万円です」
「9万!?」
「確かに高いと思います。でも、今の修哉さんならこうも思えるんじゃないですか。『この9万円は、決して出せない額じゃない』と」
「いや出せねーよ! そもそも今回の旅で結構使ってんだよ、なんたって2人分だったんだからな!」
「あぁ、そうでしたそうでした。おかげで私は、あんな良い部屋に泊まれたんでしたね」
クスリと笑う舞に対して、おれは複雑な表情。否応なく思い出すからだ。彼女に振られたことを。
でもあれだ、今思い返してみると、そんなにショックを受けていない気がするのも事実だった。どうやら付き合いが短いと、受ける傷も浅くて済むらしい。
「どうしたのです、変な顔して」
「いや別に? なんでもない」
当然、言える訳がない。舞といるから、失恋のショックが柔らいでいるかも知れないなんて事は。
「ふうん? 気になりますね。私に隠し事ですか」
「いや別に何も隠してないって」
「いいえ、その顔はウソをついている顔です。その変な顔の説明をして下さい」
「……秘密だ」
「なるほどね、そう来ましたか修哉さん。それじゃあ私も秘密です」
「え? どういう意味? 何が秘密?」
「秘密です」
クスリと小さく笑う舞。まはかそんな返しをしてくるとは。何が秘密なのか気になるが、こちらとて秘密の暴露をする訳にはいかない。自分から仕掛けておいてなんだが、地団駄を踏みたい気分だぜ。
「……さてと。話は変わりますが、お腹はもう大丈夫なようですね」
「あ、忘れてた。なんかもう大丈夫だな。舞にツッコミ入れてたら、やたらカロリー使う気がする」
「それはそれは。では早速動きましょうか。シーでは何をしたいですか? 希望があるなら聞きますけど」
「したいこと、なぁ。一応知識としては知ってるぞ。メジャーどころはアレだろ、テラーオブタワーとか、アンダーオブジアース、ミンティアナジョーンズとかだろ? あとアレ、恋ストーリーマニア。やっぱ面白いのか。えらい人気だって、マニアでないおれの耳にも入ってくるくらいだけど」
「それは実際に体験してみるのが一番ですよ。百聞は一見にしかず、と言いますし」
「そうだな、それじゃ案内頼むわ」
「ようし、任されましょう! まずは恋ストーリーマニアのクイックパスを取りに行きます!」
舞が軽やかに前を歩き出した、その瞬間。やっとのことで思い出した。今回の目的。完全に忘れてた。
いやおれはまだしも、舞が忘れてるのは致命的な気がするのだが。
「待て、舞。何か忘れてないか。いやおれも完全に忘れてたんだが」
「……あ、」
「『あ』じゃねーよ、『あ』じゃ。今日その話、一度もしてねーよな」
「わ、忘れてなんかいませんよ。私は常にこうして周囲を警戒しているんです」
とって付けたように周囲をぐるりと見渡す舞。その姿は珍しく滑稽である。腰を落とし、両手を広げて左右を見回す姿。面白いので写真に収めておこう。
「な、なにスマホ構えてんですか! 肖像権の侵害ですよそれ!」
「いや面白くて、つい」
「と、とにかくっ! 今日1枚目のクイックパスを取りに行きますよ、修哉さん!」
「結局取りに行くのか? いいのか、復讐は」
「これは準備です。戦いに臨む準備。私の予想では、まもなくヤツらもシーに来るでしょう。迎え撃つ武器が必要です」
「なるほどね。クイックパスが武器ってことか」
「決して遊ぶためだけではありません。さぁ行きましょう、修哉さん」
『だけ』って、いやいや。その言葉を加えると、遊ぶ事も目的に含まれるんだぞ。完全に漏れ出てるじゃねーか、舞の頭ん中の考えが。
まぁいい。これで今日も、舞のおかげで退屈しないのは間違いないだろう。
何の気なしに空を見上げてみる。昨日に引き続き、見事な快晴。潮風も穏やかで気持ちがいい。
きっと今日も楽しい日になるだろう。おれはそんな場違いな考えを頭に浮かべながら、弾むように進んで行く舞の後を追った。
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