第13話
「……修哉さん、聞いてます?」
ディスティニーシーのコスタ・アラビアンに位置するカシュバ・フードコート。ここは本格的なカレーが味わえると評判の店で、おれたちはカレーを求めてここにやって来たのだった。
時刻は午後8時をちょっと過ぎたころ。本日のパーククローズは午後9時なので、客足はもう疎らだ。
「ダメだったな」
「はぁ、ダメでしたね。お昼ごはんを抜いてまで頑張ったのに」
「まさか、ビーストのタイムライン更新が途絶えるとは思ってなかった」
「何かあったんでしょうか。いつも心底どうでもいいタイムラインを上げてるのに」
ビーストのタイムラインは、午前中に上げられていたマッキーとの写真で止まっていた。おれたちはそれでも各アトラクションのクイックパスを確保しながら時間を見てはスタンバイに並んでいたのだが。結局のところ、今日はヤツらの影すらも見えなかったのだ。
やはりこの広大なパークで、特定の誰かを見つけるのは至難の業である。
「タイムラインの更新がないと、マジでキツいな。ヤツらの背中に迫れているかどうかすらわからない」
「困りましたねー」
「いや全然困ってなさそうだぞ」
「いいえ、本当に困りましたよ。あぁ困った困った。このままでは、もう明日に賭けるしかなさそうです。と、言うことは」
「と、言うことは?」
「今日も修哉さんと一緒に、ミラトスカに泊まるしかなさそうですね!」
「なさそうですね、じゃねーよ!」
クスクス笑う舞を見て思う。コイツ、絶対この状況楽しんでるよな。何故手伝ってる立場のおれが、頭を悩まさないといけないのかマジでわからんのだが。
あぁ、安請け合いしちまったぜ。また悶々とした夜を過ごすことが確定しそうである。
「まぁ、冗談はさて置きです。今の状況は非常によろしくありません。そしてさすがに疲れました、私も。今日も歩きっぱなしだったので」
「遊びっぱなしの間違いだろ、それ。でもおれも今日は疲れたわ、さすがに限界だ」
昨日よりも明らかに疲れている。ていうか、今日どんなルートでシーを周ったのか、ぱっと思い出せないでいる。それほどよく活動した一日だった。
色々アトラクションを周ったけど、強いて言うならトータス・トークが一番面白かったな。陸ガメなのに何故か気合いで海の中を住処にしている、あのフラッシュとか言うカメ。
100人くらいいるんじゃねーのかと思うくらいのゲストを相手取り、のっけから客イジリで心を掴み、そしてフラッシュへの質問コーナーで大爆笑をさらっていきやがった、あのイナセなカメ。マジで、尊敬に値するヤツだった。
って、そんなアトラクションの感想はいいのだ、今は今後の方針を真面目に考えないと。
「どうする、舞。もう今日は時間的に見ても無理だ。明日はどんなプランで行くつもりだ?」
「明日はさらに厳しくなると思いますね。まず、ヤツらが明日行くパークが、ランドかシーか、まだわからないからです」
「タイムラインの更新がないもんな。参ったぜ……なんで急に更新をやめたんだろうな」
「何か事情があったんだと思いますけど、さすがにわかりません。となると、もうこれしかありませんね」
「どれしかないんだ」
「とりあえず、今日は早めに休みましょう。そして明日、ヤツのタイムライン更新を神に祈りながら待つ。もうこれしか方法はありません」
「ここに来て神頼みかよ。まぁ、とりあえず今日は早めに休む、ってのには全面的に賛成。もう無理、今日は遊びすぎた。早くホテルに戻ろう」
それからおれたちは、ゾンビと見紛う足取りで、ゆっくりと歩いてホテルに戻った。手早くシャワーを交代で浴びて、ベッドに潜り込む。
今夜こそ舞に手を出そう、なんて考えが浮かぶはずもない。ベッドに入った途端、気絶したかのように、おれは眠りに落ちて行った。
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「フ、フラーッシュ!!」
がばりとベッドから飛び起きた。何か変な夢を見ていた気がする。何故か海に住んでいるイナセな陸ガメに人生相談してみたら、ものの見事にけちょんけちょんに、ダメ出しされまくるというそんな夢。
……ていうかここ、どこだっけ?
あぁそうだ、とすぐに合点が行った。そうだ、ここはホテル・ミラトスカ。もともとは彼女と来るために取ったホテルだ。まぁ、その彼女にはついこの前、フラれたんだけど。
身体を起こし、ふらふらした足取りでホテル備え付けの冷蔵庫へ向かう。水だ、とにかく水がいる。
腕時計が示していた時刻は午前2時。もう深夜じゃねーか。気がつけばひどく喉が渇いていて、もうカラカラ。もう限界。
「大丈夫ですか。うなされていたようですが」
冷蔵庫の前にいたのは、果たして舞だった。
その舞が、グラスに入った水を差し出して言う。
「眠れないのですか?」
「いや、なんか変な夢を見て起きてしまった。どうした、舞こそ眠れないのか」
「さっきまで寝てたんですけど。でもいい部屋に泊まっているから、なんだか勿体ない気がして。結局起きてしまいました」
「勿体ない?」
「だって、ミラトスカのパークビューですよ? こんなところ、滅多に泊まれませんから。昨日は寝てしまったし、今日こそ味わっておこうと思いまして。本当、修哉さんのおかげですね」
悪戯っぽく笑う舞。なんかやけに素直だな。いつもなら、皮肉のひとつやふたつ、放り込んで来るところなのだけど。グラスの水を受け取り、礼を言う。
一口呷ると、よく冷やされた水が喉を通って行くのがわかった。これは美味い。やっと人心地つく。
すると、舞が控えめに訊いてきた。
「ねぇ修哉さん。眠れないなら、少し話しませんか」
「あぁ、いいよ」
ごく自然に、そう答えていた。体力はある程度回復したし、おれも舞と話したいと思っていたから。
ローテーブルに備え付けられた椅子に、舞と対面で腰掛ける。敢えて明かりを付けていない、暗い室内。
窓の外に見えるディスティニーシーが、より煌めいて見える。
「……変な感じだよな」
「何がです?」
「この状況だよ。昨日、いや一昨日知り合ったばかりなのに、一緒の部屋にまた泊まってることが変な感じに思えてさ。こんなこと、初めてだから」
「私も初めてです。一昨日知り合った男の人と、2夜も一緒に過ごすことになるなんて。確かに不思議な感じがしますね」
「今更だけどさ、こういうの危ないからな。男はみんなオオカミなんだぞ」
「前にも言いましたが、私だって生娘じゃないですからよく知ってますよ。そう言うのは、例の元カレで懲りましたから」
「例のアイツか。そう言や訊いてなかったけど、それなりに長かったのか? 付き合ってた期間は」
「いいえ、たった2週間です。相手から告白され、そして相手から振られました。他に好きな人が出来たと言われてね。その時は失敗した、やめとけばよかったと思いました。もともとアイツのこと、私は好きではなかったですし」
「好きじゃなかったのに付き合ってたのか?」
「押し切られたのです。その頃私にも色々とあって。いわゆる精神耗弱状態ってヤツだったのでしょうか。とにかく、そういう訳で振られたのです。酷いと思いませんか。新しい女が出来た瞬間ポイ、ですよ」
「それは……酷いな」
舞は、呆れたように笑っていた。きっと自分に呆れているのだろう。バカなことをしてしまった、というようなその表情。
「そうでしょう? まぁ正常な判断能力がない時に、そういう決断をしてはならないと、ある意味勉強にはなりましたけどね」
「本当か? その割には今日もおれなんかと同じ部屋に泊まってるじゃねーか。それも2夜連続だぞ。ちょっと危機感薄いんじゃねーのか」
「それは大丈夫ですよ。修哉さんはそんな事する人じゃないと信じていますし、昨日、あなたはそれを証明してくれましたし。だから信頼しています」
「おれを信頼してくれるのは嬉しいけどさ、前にも言ったがあんまり簡単に他人を信用するもんじゃない。特に男なんて、そういう事しか考えてないんだから。隙あらば、っていつも狙ってるぞ」
「そういう発言が、あなたを信頼できる証拠です。それにあれでしょう? 1ヶ月も彼女と付き合っていたのにそういう事してないなんて、これはもう信頼するしかないですよ」
舞はさらりと笑う。いや、これは嘲笑だ。言っとくけど、おれは童貞じゃねーからな!
「参考までに聞かせてください。何故元カノとはそういうことしなかったんです? やっぱりED?」
「あのさ舞。オブラートって知ってる? もし知ってたら包んでくれない? それにおれはEDじゃないからな?」
「それじゃあつまり、据え膳も食えないヘタレ豚野郎だったってことですか」
「だから違うって! いい加減、M野郎呼ばわりはやめてくれ!」
必死に言い訳するおれを見て、舞は笑った。絵になる笑顔だと思う。そしてこうも思ってしまう。
もう少し早く、舞に出会えていれば良かったと。
「あー、でも本当、修哉さんを弄るのって楽しくて、私クセになってしまいそうです。何故こんなに魅力的な修哉さんを、元カノは振ったのでしょう。これは大きな謎ですよ、修哉さん」
「知らねーよ。多分もう二度と会うこともないしな」
そう、多分二度と会う事はない。もう好きだったかどうかすらわからない。勢いで付き合った感はある。それにおれは、よく考えれば元カノのことを何も知らなかったのだ。
多分、合わなかったんだろう。それを元カノは感じ取ったに違いない。欲を言うなら、付き合う前に感じ取って欲しかったものだが。
「訊きたいです。出会いから別れまでを」
「別に面白くないし、オチもないような話だぞ」
「それでもいいです。私は修哉さんのこと、もっと知りたいから。それに時間はたっぷりありますよ?」
そこまで言うなら。おれのヘタレっぷりを説明しようではないか。ヤマもなければオチもない、きっと恋愛にすらなっていなかった、どうしようもない話を。
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