第7話


「さてと。これからどうする、舞。ヤツらがパークを出た可能性はかなり高いと思うぜ。まぁ、まだここに残ってる可能性も考えられるけど」


 グリーンバイユーレストランを出ると、空は綺麗な夕焼け模様となっていた。もうこんな時間なのかと実感する。楽しい時間は早く流れるってのは本当らしい。時計を見ていた舞は、おれに言葉を返す。


「難しいところですね。さきほど得られた情報と、今の時間などから勘案してみれば、ヤツらは本当にパークを出た可能性が高いようですね。だって、ビーストにとってそれが最大の目的なのですから。ここからだと出入口は、かなり近いですし」


 ……なるほどな。さっさとホテルに戻って、色々と楽しみたい訳か。また腹立って来たぞ、おい。


「さらにはクイーンが嘘を吐いてる可能性も考えられますね。体調が悪いというのはあくまで建前で、クイーンもホテルで『ゆうべはお楽しみでしたね』をしたいのかも知れませんよ。返事が曖昧だった、って話ですし」


「そしたら、今日はここまでか」


「そうですね。ヤツらがパーク近くのホテルに泊まることは、証言もあったので確定です。よしんばヤツらの泊まるホテルがわかったとしても、そこにカチ込むのは私の美学に反します。ですので残念ですが、決着は明日以降に持ち越しですね」


 決着は明日以降、か。と言うことは明日も舞と会えるってことになる。そう考えると、なんだか悪い気はしない。


「そしたら、おれも取ってるホテルに戻るわ。それで明日は何時にどこ集合にする? そうだ、その前に舞のwireのID教えてくれよ。さっき走られた時、はぐれたらどうしようかとヒヤヒヤしたからな」


「はい? なに言ってんですか、修哉さん」


「いやいやどう考えてもお互いの連絡先は必要だろ? 嫌って言われてもこれは譲れねーぞ。エントランスで待ちぼうけなんて嫌だならな」


「連絡先なんて後でいくらでも交換しますよ。私が言ってるのはそう言うことじゃありません。何故、私たちは一度別れて、再び集合するという前提なのか。そこですよ、私が訊きたいことは」


「いや、つまりどういうこと?」


「私もホテルに泊まります。修哉さんと一緒に。だってそのホテル、2名分で予約しているのでしょう? どう考えても、もう1人は私の分じゃないですか」


 どう考えても違います。ってこの子、それ本気で言ってんのだろうか。マズイというかヤバイ予感しかしない。いろんな意味で。


「いやいや待て待て。おれ、男だぞ? 年頃の女の子が初対面の男と同じ部屋に泊まるなんて、どう考えても危なすぎるだろ」


「危ないんですか?」


「危ないわ!」


「ちなみに私、今日は危ない日ではないですよ?」


「その発言が余計危ないわ!」


「あはは、大丈夫ですよ修哉さん。私だって生娘じゃありませんし、男の人がそういうこと、女になら誰にだって出来ることくらいは知ってます。たとえ愛がなくっても」


「知ってんなら、それこそ危ないってわかるだろ?」


「それでも私はあなたのことを信頼していますから。ほら、大丈夫でしょ?」


 いや、どこに大丈夫な要素があんだよ、どう考えてもダメだって、マジで。そりゃあ正直おれだって、そんなこと言って貰えるのは嬉しい。だがしかし。越えてはならない一線があると、そう言っていたのは舞だろう。おれは目でそれを訴えるのだが。


「私はあなたを信頼しています。だからあなたに協力を依頼しました。修哉さんは私の信頼を裏切るような人ではないと、私はそう確信しています」


「何を根拠に。おれたち、知り合ってまだ1日と経ってないんだぞ」


「修哉さんと一緒に居て、私は楽しい。それでは根拠になりませんか?」


 ならねーよ、と言いたくなるのをなんとか堪える。そこまで舞は、こんなおれを何故だか信頼してくれているらしい。それなら、それに応えねばなるまい。おれだって男なのだ。情け無い男ではあるけれど。


「まぁ、それはさて置きです」


「いや置くなよ、重要な話だぞ」


「それよりもっと重要なことがあるじゃないですか」


「重要?」


「私たちが持っているスプラッタマウンテンのクイックパス。指定時間は、18時から19時の間ですよ。早く行かないと乗り遅れます」


「おいおい、乗るつもりなのか? この状況で?」


「なんと。乗らないつもりですか、この状況で」


「だってヤツらはパークを出た可能性が高いんだろ? なら意味ないだろ、もう探せないんだぞ」


「意味はありますよ。乗ればわかります」


 ニヤリ。出た、舞の不敵な笑み。乗ればわかるって、一体何がわかるってんだ?

 連れられるがまま、おれは後を追うことにした。



 ────────────────────


「……なぁ、舞」


「なんでしょう、修哉さん」


「さっきの話だけど、『乗れば意味がわかる』って、舞はそう言ったよな」


「はい、言いましたね」


「乗ったけど全く意味がわからんのだか」


 結論。乗っても意味なんてわからなかった。ただ、わかったことはひとつだけ。この王国は本当に、どこまでもどこまでも果てしなく楽しい。ただそれだけ。

 認めざるを得ない。悔しいが、本当に楽しかった。


 あれからスプラッタマウンテンに乗って。それからエメラルドホースシューレストランで食事を楽しみ。エレキテル・パレードの美しさにただ見惚れた。

 その後、ランドのシンボルとして名高いラプンツェル城の近くのベンチに腰掛けて、今に至る訳である。

 ……完全に復讐とか抜け落ちてる気がする。


「でも修哉さん、楽しかったでしょう?」


「否定はしない、ていうか楽しかったよ、ああ!」


 ……終わってみればフルコースで堪能したじゃねーかよ。やっぱり当初の目的は、遥か彼方へぶっ飛んでしまったようだ。

 気が付けば、時刻は午後9時ちょっと前。つまり、本日のパーククローズの時間だ。


 閉園のアナウンスが流れ始める中、ベンチを立って舞と出入口の方向へ向かう。歩きながら、おれは少し反省していた。1日目が終わろうとしているが、本当にこんなペースでいいのだろうかと。

 そうは思ったものの、この復讐劇の主役はおれではない。だからおれが猛省する必要はないのだが。


「でも本当にめいっぱい、楽しんでしまいましたね。この王国の魔力は本当に恐ろしいです」


「恐ろしさは充分にわかった。でも本当にいいのか、こんな調子で。たまたま目撃証言は得られたけど、今日はヤツらの背中すら見えてないぞ。絶対に復讐するつもりなんだろ?」


「復讐は必ず遂げますよ。タイムラインの更新で、ヤツらのパークアウトも確認できましたし、だから今は楽しんでいても問題ありません」


 舞と2人で遊んで……いや、パーク内の流動警戒をしてる途中で、ビーストのタイムライン更新があった。ディスティニーランドのエントランスを背景に『明日はディスティニーシー! 今からホテル!』という書き込み。つまり明日の舞台は、ディスティニーシーと言うことだ。


「それに奥の手もありますし、今はまだ大丈夫です」


「奥の手? 初耳だな、なんだよそれ」


「奥の手ですから、今言う訳にはいきません。それより修哉さんこそ、そろそろ教えてください」


「なにをだよ?」


「ご冗談を。そんなの決まってるじゃないですか。今日、私たちが泊まるホテルの名前ですよ。いったいどこのホテルを取ったのです?」


「私たちが泊まるって……あの話は本当なのか」


「当たり前じゃないですか。私、一度言ったことは必ず実行するタイプです。だから今日は、絶対に修哉さんと一緒に泊まりますよ。何があってもね」


 可愛い女の子にこんなことを言ってもらえているのに、なぜこんなに複雑な気持ちなのだろう。マジで謎でしかないし、正直色々期待してしまう。

 でも、舞の信頼に応えたいのもまた事実だ。あぁ、考えるほどに悶々とするぜ。


「それで、今日はどこに泊まるのです?」


「あのな、確認するけど本当にいいんだな? 出会ったばかりの男と一夜を共にするってことが、どれだけ危ないことか本当にわかってんだな?」


「そんなことよりも、さぁ! ホテルの名を!」


 ……聞いちゃいないよこの子は。

 おれは諦めにも似た溜息をひとつ吐いて、そのホテルの名を告げた。


「確かミラトスカってホテルだ。よくわからんが、結構人気のホテルなんだろ? そこにツインの部屋を取ってる」


「ミラトスカ! よりにもよって、まさかのホテル・ミラトスカとは! 直営のディスティニーホテルじゃないですか!」


 わぁ。舞さん大興奮。まるで別人っていうか、完全に別人だ。まず目が別人。キラキラしてて直視できないし、声もいつも以上大きい。

 そこでふと思った。もしかしたら、こっちの舞が本物なのかも知れないと。おれに見せているのはあくまで復讐の仮面を被った舞なのかも知れないと。

 その仮面が外れかかってる舞は、歌うように言う。


「正直見直しましたよ、修哉さん。そこにはマニアの私でさえ数えるほどしか泊まったことがありません。さぁ参りましょう! ホテル・ミラトスカへ!」


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