第6話
「……で、なんなんだよこのザマは」
「私、最初に言いましたよね? 間違いなく言いました。私はここに復讐に来ていると。決して、遊びに来ている訳ではないと。それを踏まえて、改めて問おうと思います。……なんですかこのザマは」
「それおれが言ったやつな! あと間違いなくおれのセリフだからな!」
詳しい説明なんていらない。事実を端的に、時系列に並べるとこうなる。
あのままホーンテッド・コンドミニアムに乗った。次、クイックパスを取ってたヌーのファニーハントにうっかり乗った。その後、わりと空いてたマリブの海賊にスタンバイで並んで乗った。そしてスプラッタマウンテンのパスを取って、そこではたと気がついた。
……遊びすぎだろ、おれたち。
「とんでもない王国からの精神攻撃でしたね。防御あたわず、とはまさにこの事でしょうか」
「いやそこは努力しようぜ、って一緒になって遊んでたおれが言えたセリフじゃねーけどな」
「でもね、やっぱりここには何か特別な魔法がかかってるとしか思えないですよ。ディスティニー初心者の修哉さんだって、ホンテで楽しんでたし、ヌーのファニーハントなんて、お腹抱えて笑ってたじゃないですか」
あぁ、あれな。面白いこと好きなヌーたちが、面白さを求めて大移動するという謎の設定のライド。まぁおれたちゲストは、そのヌーを模した乗り物に乗る訳だが、なんとこの乗り物、レールがないのだ。
レールがないから次にヌーがどこに行くか全く予想出来なくて面白い。一体どんな技術が使われてるのだろうか。本当に魔法かと思っちまったぜ。
ホーンテッド・コンドミニアムもただただ素晴らしく、本当に恐れ入るとしか言いようがなかった。
ホンテの中に入ると、夜という設定なのだと思うが、キャストさんが不気味な感じで『こんばんは』と挨拶をしてくれる徹底ぶり。もう感心しかしない。ディスティニー舐めてた、マジで。
「いや正直舐めてたわ、この王国。マニアが多いのも頷けてしまうな」
「そうでしょう? 本当に凄いんですよここは。だってね、まだ乗ってないですけど、いえこれから絶対乗りますけどモンスター・カンパニーのライドなんてそりゃもう凄くてスイッチ・エンカウントなんて……」
だめだ止まんねぇ。放っておいたら明日の朝まで話し続けられそうな勢いである。本来の目的は何処へ。とりあえずこっちに戻ってきて貰わねばなるまい。
「落ち着け舞。ところで、肝心のビーストのタイムライン更新は?」
「あ、忘れてました。ええと更新はまだ……」
と、舞が言ったその時。舞のスマホがまた鳴った。澄んだ鈴の音。おそらくビーストのタイムライン更新のサインだろう。
「まさかのタイミングですね。今来ました。ビーストのwire、タイムラインの更新です」
舞のスマホに表示されたのは、もうお馴染みになりつつあるビーストのはにかんだ笑顔だった。しかしマジで腹立つな、こいつ。見れば見るほど顔だけは整ってやがる。まぁその分、かなり歪な性格をしているみたいだが。
『ライドを見ながら食事するのは最高!』
舞のスマホに表示された、美味しそうな肉を口に放り込もうとしてる写真を見て思う。ああ腹立つぜ!
「……こういうのを、いわゆるシンクロニシティって言うのでしょうか?」
「いやわからん。残念ながらユング先生とは会ったことないんだよ。しかしまぁ、完璧なタイミングでの更新だな。まさかメシ食ってるとは思わなかった。盲点だったぜ、くそ」
「なんかこの画像見てると腹が立つというよりかは、腹が空きますね」
「全然うまいこと言えてないからな、それ。でもこれ今からこのレストランに行けば、コイツらをキャッチ出来るんじゃねーのか?」
「ライドを見ながら食事できるレストランは、王国の中にひとつしかありません。マリブの海賊の中にあるグリーンバイユーレストランですよ。さぁ行きますよ修哉さん!」
って言ってるそばから舞は全力ダッシュ。だから待てって、早いんだよおい! そもそも、王国内はダッシュご法度じゃねーのかよ!
──────────────────────
という訳で、陽気な海賊どもがヨーホー歌う、マリブの海賊についた訳だが。
結論から言おう。おれたちはまたしても、一足遅かった。グリーンバイユーレストランに到着後、ヤツらが写真を撮ったと思われる席まで急いで来たものの、そこには既に誰も居なかった。食器も綺麗に片付けられている。
「また一手違いでしたか」
「大方、メシが終わるタイミングでタイムラインに画像を上げたんだろうな。くそっ、惜しかったぜ」
「理論上最速ルートでここまで来たのですが。ショックが大きいです。あと少しで、その首を掻けたのに」
……いや怖ぇよ、そのセリフ。漫画とかアニメとかでしか聞いたことねーぞ。
しかし舞は素知らぬ涼しい顔で、この場所とタイムラインの画像を見比べている。
「やっぱり間違いありませんね。この席です」
「ほんとだな。位置関係完全一致じゃねーか」
舞のスマホを覗き込んでおれも確認してみる。現物と写真、見比べてみたらよくわかる。細かい所も完全に一致していた。
例えば、テーブルの足の小さな傷だとか、ストローの袋が床に落ちているところとか。さて、これからどうしようか。
「ところでさ、舞。飯食ったあとの、王国の定番の周り方なんてあるのか?」
「難しいですね。まだ午後6時ですよ。本日のパーククローズは午後9時です。時間がまだありすぎます。大方、混む事を嫌って早めの夕食にしたのでしょう。上級者の周り方ですよ、全く」
「なるほどね。あとさ、気がついた事があるんだが」
「なんでしょう」
「ここって、おれたちがスプラッタマウンテンのクイックパスを取りに行く前に乗ったライドだろ? ヨーホーヨーホー酒が飲めるぞ、ってヤツ」
「それ、なんか別の歌が混じってません?」
「うろ覚えだ、突っ込まないでくれ」
「ふん、もっと覚悟を持ってライドに乗って欲しいものですね。マリブの海賊たちの覚悟を少しは見習って下さい。いつ死ぬかわからないから、ああして陽気でいられるのですよ。修哉さんには危機感が足りなすぎます」
さすが舞。こんな時にでも的確に鋭く刺して来る。もはやこれは一種の才能だ。短い付き合い、というか知り合ってまだ1日と経っていないが、こういう時は無視が一番だとおれはすでに気がついていた。突っ込むと長いのだ、舞は。
案の定、黙ってたら舞が話を進めてくれた。
「で、気づいた事って何です?」
「おれらがこのライドに乗ってる時、ひょっとしてヤツらはさ、このレストランでメシ食ってたんじゃねーのか? 時間的に見てそうだと思うんだが」
「……なるほど。そうかも知れませんね」
「なんで気づかないんだよ。舞こそ、覚悟が足りてないんじゃねーのか?」
「そんなの、」
と、舞は一旦言葉を区切った。さてどんな言い訳が出てくるのか、ある意味楽しみではあるのだが。
「ヨーホーしてたからに決まってるじゃないですか。修哉さんこそ、ヨーホーしまくってたでしょう。人のこと言える立場ですか」
アトラクションが暗いから。またはレストランからライドまでの距離が遠いから。なんとでも言い訳できるのに、まさか『ヨーホーしてたから』とはな!
それは言い訳でもなんでもない。ただの事実だ。言い訳しないと言う点では、海賊くらい潔いのかも知れないが。いや、海賊は意地汚いから潔くはないか、なんて考えていた時だ。
「……あのさ、そこのおふたりさん。そこに立たれるとほんまに邪魔やねんけど」
振り返ると、そこには2人組の女の子がいた。ヤツらが座っていたと思われるその隣席、そこに座って食事を摂っている。どうやらおれたちのせいで、肝心のライドの風景が見えないらしい。
「これはすみませんでした。すぐに退きますので」
「あれ? そこせっかく空いたのに、座らへんの?」
「私たちは食事しに来た訳ではないんです。それに、先に待っている方がいらっしゃるようなので」
ここグリーンバイユーレストランは、フルサービスの店らしい。キャストさんが案内してくれるタイプの店のようで、おれたちは無理を言って通してもらったのだ。適当な嘘をついて無理矢理入った、が正しい説明なのだが。
「ふうん、じゃあここに何しに来たん?」
「お姉ちゃん、そんなキツい言い方よくないよ。それケンカ売ってるみたいじゃん。きっと困ってるよ、この人達」
と、2人組の片割れが諌めた。1人はナチュラルな関西弁なのに、もう1人は標準語。何となく顔が似ている上に、お姉ちゃんという呼称。すごく姉妹っぽいが、少し年が離れているようにも見える。深まる謎、である。
「あのなぁ、ウチは普通に『何してんの?』ってこの人らに訊いただけやん! 普通の世間話やん! 全ッ然、キツイ言い方ちゃうわ! ケンカ売るつもりならもっとキツぅ言うてるわ!」
「それが怖いって言ってんじゃん……」
おれは今も関西在住なので耳が慣れてるから、別に怖いとは思わないのだが。だけどこの女の子には、不思議な凄味みたいなものを感じた。とりあえず、敬意を払っておいて損はなさそうだ。
「視界を遮ってすまない、探しものをしてたんだ。ここにはいないってわかったから、もう行くよ。悪かった、邪魔してしまって」
「探し物なのに『いない』なんておもろい表現やん。まさか人なん? その探しモノって」
鋭いな、この関西弁の女の子。思わず舞と目を合わせてしまう。この女の子達はヤツらの隣の席にいた。ってことは、見てたんじゃないのか、ヤツら2人を。訊こうと思ったら、舞が先に口を開いていた。
「そうなんです。実は私たち、人探しをしてまして。少し前まで、この席に座っていたと思われる男女2人組なのですけど、見かけませんでしたか? こんな2人組を」
スマホの画像を見せると、標準語の方が答えた。つまり恐らく妹ちゃんの方。いや勝手に姉妹扱いしてるけど。
「あ、この2人組だったら、確かついさっきまでいましたよ。ね、お姉ちゃん。10分くらい前かなぁ」
「え、まじで?」
思わず食いついてしまう。姉と思われる、関西弁の女の子が続けた。
「あー、確かにこんな顔しとったな。おったわ、こんな奴ら。ってこの画像、ウチら見切れてるやん、まぁええけど」
よく見てみると、確かにこの女の子達の着ている服が見切れていた。辛うじて顔は写ってないが。てことは、本当にアイツらがいたということで間違いないだろう。
「よく覚えてますよ。夢の王国で人目も憚らず、お互いにフォークで『あーん』とかやってたから、そのままミスってほっぺた貫かないかなぁ、後ろから背中押してやろうかなぁ、って思ってました」
「……あんたの方がよっぽど怖いわ!」
「え? こんなの普通じゃん! あ、でもあなたたちのお友達だったらごめんなさい、悪く言っちゃった」
「いえ、友達でもなんでもありませんのでご心配はいりません。その2人、ここを出る前に、これからどこへ行くとか言ってませんでしたか?」
「えっと、確か……なんか女の方が体調よくないらしくて、『早めにホテルに戻ろうか』って男が言ってた気がします。女の方は、曖昧な返事でしたけどね」
「ありがとう、参考になったよ」
「まぁ、事情はよう知らんけど。人探し頑張ってな」
「頑張って下さいね」
姉の方は手をひらひらさせて、妹の方は笑顔でそう言ってくれた。本当にありがたい情報だ。
「貴重な情報、ありがとうございます」
お礼を言って、おれたち2人は踵を返した。ヤツらが今、ここディスティニーランドにいるのは間違いない。それが第三者からの証言で確定したのだ。わかっていたけど、目撃証言はかなりありがたい。
グリーンバイユーレストランを後にして考える。
さてこれからどうしたものか、と。
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