第4話



「……と言うわけで、スプラッタマウンテンに到着した訳だが」


「それ、誰に報告してるんです?」


「いやこれは何て言うか、あれだ。そう、儀式みたいなもんだ。自分にだよ、報告してんのは」


「修哉さん、寂しい人生でしたね……」


「寂しいっていうな! あと勝手に過去形にすんな! まだこれからなんだよ、おれの人生は!」


 そんなこんなで、おれたちはアドベンチャーアイランドというエリアに位置する、スプラッタマウンテンの麓、つまり入口まで足を進めてきた。言うまでもなくディスティニーランドが誇る三大マウンテンのひとつだ。


 ここは〝可愛くて、ゆるーい地獄〟をコンセプトにした水系のライドで、温泉かと見紛う適温の血の池地獄で、楽しく愉快に過ごしている動物の幽霊たちと一緒に遊ぶ、というなんだかよくわからんアトラクション。テーマ曲の、なんだっけ。ジッタールタナントカが有名なヤツだ、確か。いや詳しくは知らんけど。

 このスプラッタマウンテン、女の子への人気は何故か絶大で、常に長蛇の列、まさに地獄の待ち時間を体験できること請け合いのライドである、とは舞の言である。あと、わりとマジで濡れるから注意とのこと。


「ところでさ。元カレのwireに動きはあんのか? そういや、元カレの今カノのwireは知らないのか」


「ヤツのwire更新はまだですし、私は例の新しい女のwireアカウントをまだ特定できていません。あの、修哉さん。その関係で、さっきから思っていたことがあるのですが」


「なんの関係だ?」


「元カレとか元カレの今カノとか、非常にわかりにくいです。ですので呼称の変更を求めます」


「って言っても、おれはおま……け程度の男だから、未だにターゲットの本名すら知らないけどな!」


 あっぶねー! またお前って言いそうになった! 次お前って言ったらリーチだしな。どんな仕打ちが待ってるか想像に難くない。ていうかおまけ程度の男ってなんだよ、全然誤魔化せてねーぞおれ。


「意味がわかりませんが、今のは〝おまけ〟でセーフにしてあげましょう。3文字目、子音のkが無ければリーチでしたね」


 クスクスと笑う舞を見て、だらりと汗が頬を伝う。ほんと気をつけよう、すごく気をつけよう。なぜ舞がとても楽しげなのか、本当に謎ではあるが。


「そう言えば、ターゲットの名前をまだ教えてなかったですね。もういっそのこと、コードネームで呼びましょうか。その方がなんか、雰囲気出ますし」


「構わんが、わかりやすいのにしてくれよ。あと、言ってて恥ずかしくないやつな」


「お任せください」


 ふふん、と鼻を鳴らす舞。そして無駄に自信ありげな表情で、加えてピシリと人差し指を立てながらこう言った。


「お待たせしました。それでは発表します。でけでけでけでけ……」


 その口で言うドラムロールいる?


「ででん。元カレは豚野郎、女はクソビッチ。これで行きましょう」


「待てぃ! おれを蔑んだ蔑称と同じじゃねーか! なんか嫌だからやめてくれ! 豚野郎と呼ぶたびに、おれが呼ばれてると錯覚する!」


「それが主な狙いです」


「狙うなよ! 仲間だろ?」


「冗談はさておき、何にしましょうか。女にだらしないヤツだから、ゲス野郎とかカス野郎とか二股野郎とか候補はキリがないですが、どれもこの王国には相応しくない呼称ばかりですし」


 珍しく舞からまともな意見が出てきた。ていうか元カレ、そんなクズ野郎なの……? 色々と想像しちまうじゃねーか。でもとりあえず今は黙っておこう。深く突っ込むのは後にした方が良さそうだ。


「なんです、その顔は?」


「いや、珍しくまともな意見が出たなと思って」


「珍しく、は余計です。それより修哉さんこそ、なにかまともな案はないのですか。ほら、無能ではないというところを示すまたとないチャンスですよ。今のところ、ゲームでいう村人以下の存在ですし。あ、それじゃ村人に失礼か」


 辛辣ゥ! ゲームの村人以下かよ! おれは毎回同じセリフばかり言ってる訳じゃねーぞ。くそっ、なんとかせめて一太刀くらいは返したい。


「それじゃ、せっかくだしこの王国にちなんだコードネームにしようぜ。たとえば男は、そんなクズ野郎だから野獣だろ、だから〝ビースト〟。女は男を奪うような悪女だから〝クイーン〟。これでどうよ」


「ふうん、なるほど。有名な野獣の英語読みと、イビルクイーンのクイーンですか。まぁ、意外と悪くはないですね。それにこの王国で発言しても特に問題はなさそうです。驚きました、詳しいじゃないですか」


「モチーフになった物語はな。おれ、こう見えて結構な読書家なんだよ、実は」


 舞はすんなりとおれの意見を受け入れた。なんか違和感を感じるのは、いじられ慣れてしまったからだろうか。それはそれでマズイ気がするのだが。

 舞はよし、と頷いて言った。


「採用しましょう。たった今から、呼称については男を〝ビースト〟女を〝クイーン〟とします。さて呼称が決まったところで、次なる問題なのですが」


「なんか他に問題あったっけ」


「大アリですよ、アホなのですか修哉さん。ここスプラッタマウンテンのスタンバイのQラインに、この2人が今もいるかどうか。まずこれが問題です。そしてその次。ここのクイックパスを取得したのかどうかも重要です」


「……ちょっと待ってくれ。何言ってんのかまったくわからんぞ」


 はぁ、と舞はため息をひとつ吐いた。すげぇ頭にくるが、ここは我慢だ我慢。


「それではちょっと、いえ随分と頭の残念な修哉さんにも、わかるように説明してあげましょう。いいですか、今の問題は例の2人、つまりビーストとクイーンが、このライドに乗るために列に並んでいるのか、それとも並んでないかです」


「いやさらにわからなくなったんだが。その2人は、普通に考えて列に並んでんじゃないのか?」


「わからないんですよ。ここのクイックパス、通称QPを取って別のライドにスタンバイしているのか、それとも別のライドのQPを取ってここのスタンバイのQラインに並んでいるのか。それは確定できません」


「あのな、おれはディスティニー初心者だぞ? マニアしかわからん用語で説明すんな。これだからマニアは、って嫌われる原因なんだぞ、それ」


「あーもう、ほんっとダメダメですね修哉さんは!」


 珍しく感情をむき出しにして、舞は懇切丁寧にイチから説明してくれた。なんだかんだ言って、こいつ実はすっごく優しい人間なんじゃないのだろうか、と思う。舞いわく、こういうことになっているらしい。


 人気アトラクションは、当然長蛇の列ができる。たくさんのライドに乗りたいと思ったら、長い列に並ばなければならないのだが、ここでクイックパスというシステムを使えば、その待ち時間を大幅に短縮できるらしいのだ。

 通称QPと呼ばれるこのクイックパスは、通常の列とは違い、より早く進む列に並べるという言わば特急券のようなものらしい。しかし一度発券すると、次のQPの使用権利が復活するまでに相当の時間を要するようだ。


 そこで、さっき言った待ち時間が長い通常の列をスタンバイと呼び、通常はこちらで並びつつ、絶対に早く乗りたい! ってライドにQPを使い、時間をうまく節約することがこの王国での基本的な立ち回りらしいのだ。

 しかしQPには、一度使うと、次の使用権利が復活するまで時間を要すること以外に、もうひとつ制約がある。それが、QPには予め決められた時間指定があるということだ。


 混雑を分散するため、発券したQPには、『何時から何時の間までしか使えない』という制約がつく。この時間を過ぎるとQPは、その効力を失ってしまう事になる。

 ここまで説明を受けて、何となくわかってきた。つまり今の問題は、ビーストとクイーン、この2人が今、スプラッタマウンテンにスタンバイで並んでいるのか、それともここのQPを取り、指定時間まで別の場所にいるのかと言うことだ。

 ちなみに、スタンバイの列だろうがクイックパスの列だろうが、この王国では待ち列のことを『Qライン』と呼ぶようだ。


「なるほどわかったぞ。もしかしたら、スプラッタマウンテンのQPを取った後、指定時間まで別のアトラクションに並んでいる可能性も捨てきれないってことだな」


「そういうことです。そして、たとえスタンバイで2人が並んでいたとしても、私たちが今からスタンバイで並ぶのは意味がない。何故だかわかりますか?」


「そらそうだろ。同じ列に並んでるんじゃ、こっちが進んでもあっちも同じだけ進む。これじゃ絶対に追いつけない」


「そういうことです。つまりヤツらに追いつくためには、あっちがスタンバイで並んでいるときに、こっちはQPを使って追いかけなければならない。そういうことです」


「スタンバイとQPってさ、最終的にはひとつの列になるのか?」


「ライドに乗る直前で、列は一緒になります。といっても、同じライドに乗る必要はありません。だって、私たちは例の2人がそこに居る状況を確認すればいいだけですし」


「確認して、どうするんだ」


「あとは料理するだけです。向こうの方がわずかに乗るのが早いなら、途中でキャストさんに適当な理由を話して列から離脱し、2人がライドを降りる所で待ち伏せすればいいだけのこと。簡単でしょう?」


「いや料理て……」


「これは逆の状況でも言えるんですよ。効率は悪いですが、こっちがスタンバイで並んでいる時、向こうがQPを使って私たちを追い抜いたら。また適当な理由を言って外に出て待ち伏せすればいいんです」


「目視できるくらい、2つの列は近いのか?」


「ロープで仕切ってあるだけで、基本的には隣り合わせの列になってますから。だから大丈夫です。どうです、完璧なプランでしょう?」


 ふふん。またもや例の不敵な笑顔で舞は笑った。ものすごくサディスティックな笑み。もうなんか、怖いの通り越して美しさすら感じるぜ。


「しかしながら。残念なことに、私たちは今のところどのアトラクションのQPも持っていません。このプランに必要不可欠なものはQPです。となると、私たちの取るべき行動は?」


「別のアトラクションのQPを取りに行く。今ここで取ってもしかたない。だって、あの2人が仮にここのQPを取っていたとして、今からおれたちが取れるQPは、指定される時間帯が違うからだろ」


「飲み込みが早いですね。良い傾向です。それでは早速移動しましょう」


「それじゃ、どのアトラクションのパスを取る?」


 その時だった。舞のスマホから、澄んだ鈴の音が鳴ったのは。

 すぐさま舞はスマホを取り出して確認する。そしてそのままおれに見せてくれた。ヤツのwireのタイムライン、その最新。


『やっぱTDLって最高ーッ!』


 添付されている写真は、2人の人物の画像だった。舞の元カレ……ビーストが笑顔ではにかみながら、隣に立つ女の子の肩を抱いている。なるほどこいつがクイーンか。

 クイーンはこの王国でしか使えないであろうネコミミ付きの大きな帽子を被っていて、さらにここのキャラクタ、マッキーを模したデカすぎるサングラスを掛けているので詳細な顔貌まではわからない。

 それでもクイーンの本日の着衣はわかった。白いワンピースに淡い水色のカーディガン。お嬢様然とした装いだ。これは大きな収穫。しかし顔がよく見えないのに可愛いと感じてしまうのに腹が立った。ビーストは確かに女ウケしそうな顔立ちをしている。あぁ、腹立つぜ。


「これ、たった今のタイムラインか?」


「そうです、たった今。投稿時刻は午前11時30分。今から約1分前です。写っている影の具合から見ても、この時刻で間違いないでしょう」


 今度の写真の背景。これは初心者のおれでも余裕でわかる。だって入口にそのアトラクションの名前を冠した看板が写ってるからな。

 銀河をテーマにした室内型コースター。その名もスペシウム・マウンテンだ。入口を背景に、例の2人が幸せそうに写っている。やっぱクソ腹立つなオイ。


「行きますよ、修哉さん!」


 言うが早いか、走り出す舞。それをおれは追いかける。舞の後ろ姿は、こう言ってはアレかも知れないがとても楽しそうに見えた。復讐をするって言ってるのにすごく前向きな奴。本当に、舞は不思議な奴だ、って走るの早いなおい!


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